全盲の柔道家「右手で相手を読む」飛躍の裏には「恩師」との出会い、目指すはパラリンピック・パリ大会

一瞬の判断が、勝敗を分ける世界。3月、トルコで開催された視覚障害者柔道の国際大会に、1人の女性が日本代表として出場しました。見えない相手を右手の感覚で捉え、得意の投げ技へ。パラリンピックを目指す全盲の柔道家に迫りました。

名古屋を訪れたのは、静岡県伊豆市に住む、土屋美奈子選手。両目は、光も感じない状態です。 「『名古屋介護系柔道部』というチームがあって、その練習に参加するために名古屋に来ました」(土屋美奈子選手) 慣れた様子でタクシーに乗り、練習場所へ向かいます。 伊豆の自宅から約4時間をかけ、名古屋に通う理由は―― 「『介護系柔道部』なので誘導とか介助歩行の技術を持つ人が多いのが理由の1つ。安全に見てもらえるのが一番大きい」(土屋選手)

パラ柔道と一般の柔道の違いとは――

視覚障害者の「パラ柔道」は、一般の柔道とどう違うのか。実際に、濱田隼アナウンサーが体験させていただきました。 「組み合った状態からスタートしていきます」(名古屋介護系柔道部 竹上勝さん) 選手が組み合った状態から始まるため、序盤から激しい技の掛け合いになる、パラ柔道。 「一本」や「技あり」など基本的なルールは同じですが、試合中に選手同士の手が離れたら、仕切り直しとなります。 Q.相手との距離はどのように測る?(濱田アナ) 「相手の襟を右手で持って、鎖骨の下に私は右手をくっつけておきたい。相手の身長もそうなんですけど、濱田アナが上体をひねった時に、どういう体勢になっているのかというのが分かるので」(土屋選手) Q.ちなみに私の身長もなんとなく分かっている?(濱田アナ) 「なんとなく」(土屋選手) Q.どのぐらいだと思います?(濱田アナ) 「180cmちかい」(土屋選手) 「179cmです」(濱田アナ) Q.右手の親指あたりに神経を集中させている?(濱田アナ) 「そうですね。指を全部くっつけている。試合中は体幹がずれないようにしています」(土屋選手)

「『何もできない、生きていけない』と思う人に『そうじゃないよ』と伝えられるポジションに」

続いて、濱田アナが、アイマスクをつけてみると―― 「一気に距離が詰まることによる『怖さ』。見えていると近づいたときに、距離をとって対応できるが、見えていないと何もできない。畳との距離が分からないので、いつ床が近づいてくるのか分からないので、受け身を取るのが難しいです」(濱田アナ) Q.土屋選手が怖さを払拭するまでにどのくらいかかった?(濱田アナ) 「正直10年以上はかかっていると思います」(土屋選手) Q.パラアスリートとしての思いは?(濱田アナ) 「視覚障害で全く見えないと『何もできない、生きていけない』と思う人もいる。『そうじゃないよ』と伝えられるポジションにいるのかなと思っています」(土屋選手)

飛躍の裏には「恩師」との出会い

低体重で生まれ、幼少期に、両目の視力を失った土屋選手。歌うことが大好きで、中学校ではバンドのボーカルを担当していました。 柔道と出会ったのは、高校生の時。 「『腹筋を鍛えたら声の出し方が変わるよ』と聞いていたので」(土屋選手) 大好きなバンド活動のために、と始めた柔道でしたが、盲学校の大会で負けたことが悔しく、本格的に取り組むようになっていきました。 次第に頭角を現し、2008年の北京や2021年の東京パラリンピックにも出場。 飛躍の裏には「恩師」との出会いがありました。 「相手の動きを見えるようにするための組み方を一番最初に教えていただいた。人間性も含めて、180度変わった期間でした」(土屋選手)

「本人が『なりたい』と思わなかったら強くならない」

埼玉県川越市。2度のパラリンピックで金メダルを獲得した牛窪多喜男さんの道場を土屋選手が訪ねたのは2016年でした。 「『4年後には東京大会が迫っている。東京のパラリンピックにぜひ出たい』だから『出るために教えてもらえないか』と」(パラ柔道 金メダリスト 牛窪多喜男さん) 牛窪さんがまず求めたのは、何でも自分で決めることです。 「土屋選手はものを決められない。トレーニングで使うバーベルを握る位置には、その人の好きな位置があるのに、それを『どこを持てばいい?』と聞いてきた。私が決めるんじゃなくて、本人が決めなきゃいけないが、分からなかった」(牛窪さん) 自分の意思を持ち、周囲にはっきりと伝えることで練習への取り組み方も変わっていったといいます。 「土屋さんは来た時とまるで変わりました。よく変わりました。はっきりものが言えるようになりました。強くなるには、ならせるのではなくて、本人が『なりたい』と思わなかったら強くならない」(牛窪さん)

相手の情報を「手の感覚」で読み取る

稽古の中で牛窪さんが伝えたのは、相手の情報を「手の感覚」で読み取ること。 「この手首の使い方をしっかり特にできるだけ鎖骨に当てるように。相手が内股に来るとか背負ってくるとか、この手の感覚でつかめるようになる。手をしっかり相手に当ててないと分からない。目で判断できないんだから」(牛窪さん) 牛窪さんの指導を受け、東京パラリンピックに出場した土屋選手。同じ道場で練習する選手たちは―― 「技のキレがすごいと思います」(道場で練習する中学生) 「全盲の選手は組んだ感覚だけが頼りになるので、本当すごいと思います。尊敬する選手」(弱視の柔道選手) 3月のトルコ大会の結果は5位。 5月、ジョージアで行われる世界大会でパラリンピック・パリ大会の切符をかけて戦います。 「期待していますから、元気にやってきてください」(牛窪さん)

つかの間のリラックスタイム

定期的に名古屋に来て練習している土屋選手。実は、楽しみもあるんです。 大須商店街を一緒に歩いているのは、パラ柔道の西村淳未選手。 練習のあとは、おいしいご飯で「癒しのひととき」。 Q.どんな話をしますか? 「柔道のことだったり、今どんな練習してるのとか。プライベートもありますけど…」(西村淳未選手) 「恋バナよくしてる(笑)」(土屋選手) つかの間のリラックスタイムの後は、再び「選手の顔」に。 パリへの道をつかみ取るため、5月のジョージア大会へ、並々ならぬ決意で挑みます。 「パリの出場権獲得のためには、まだ“首の皮1枚”ある感じ。やることを全部やって、埼玉に来るとか、名古屋に行くとか、そこで練習して、やることを全部やって5月のジョージア大会に臨みたい」(土屋選手)

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