小説『葬送のフリーレン』で描かれる真相 断頭台のアウラはフリーレンと再戦するまで何をしていたのか?

フェルンはハイターに救われてから、どのような修行をしていたのだろう。シュタルクはアイゼンのところを逃げ出したあと、村の人たちにどのように受け入れられていったのだろう。アニメ映画にもなったライトノベル『夏へのトンネル、さよならの出口』でデビューした作家の八目迷が書いた『小説 葬送のフリーレン ~前奏~』(小学館)にはそんな、山田鐘人原作でアベツカサ作画による漫画では触れられていない登場人物たちの日常がつづられ、物語の世界をいっそう味わい深いものにしてくれる。

『葬送のフリーレン』の第2回キャラクター人気投票で、勇者ヒンメルに次ぐ堂々の2位を獲得したのが「断頭台のアウラ」だ。原作の漫画からもTVアニメからも退場して久しいにも関わらず、フリーレンを相手にした戦いぶりから浮かぶ強い存在感が未だに消えずにいるようだ。

もしも時間が巻き戻せるなら、服従の天秤を取り出しフリーレンに勝負をしかけたところで、「やめるんだアウラ!」と叫んでレギュラーメンバーに引き入れたいと思っている人も、少なからずいるだろう。美しくて冷酷で高慢だけど絶対ではなかったキャラクター性に惚れ込んで、命脈を保たせるような二次創作も作られたほどだ。

そんな「断頭台のアウラ」への思いをさらに強くしてくれる小説が、『小説 葬送のフリーレン ~前奏~』に「第4話 放浪する天秤」として収録されている。読めばアウラという魔族への思い入れがさらに深まって、カムバックを叫びたくなる気持ちがさらに強まるだろう。

「放浪する天秤」で語られるのは、勇者ヒンメルがハイターやアイゼン、そしてフリーレンとともに魔王城を目指して進んでいた頃のこと。グラナト伯爵領に滞在していたヒンメル一行を相手に不死の軍勢を連れて挑んだアウラは、原作のとおりに敗北してしばらく雌伏の時を過ごすことになる。小説にはその時のヒンメルの戦いぶりが描かれて、さすがは魔王を倒した勇者といった強さを見せてくれる。

気になるのはその後。ヒンメルが魔王を倒して凱旋し、半世紀が過ぎて没してからさらに28年が経ってフリーレンと再戦するまで、アウラはいったい何をしていたのか。フリーレンがフェルンやシュタルクとともにグラナト伯爵領を再訪した時、アウラは配下のリュグナーやリーニエ、ドラートを使って、街への侵入を妨げている防護結界を解除しようと画策していた。

アウラは28年前に復活していたとのことだが、それでもヒンメルに敗れてから半世紀ほどの動向が分からない。小説には放浪していたアウラの苦労ぶりと、その途中で経験したある出会いに関するエピソードが描かれ、キャラクターとしての厚みと深みを増してくれる。よく頑張って再戦までたどり着いたと応援してあげたくなるが、結果は誰もが知るとおり。改めてもったいないキャラクターだったとの思いを募らせてくれる小説だ。

フェルンの修業時代が描かれているのは「第1話 やすらぎの日々」。崖の上にある一番岩を撃ち抜けるようになれば一人前と言われてから、日々の鍛錬に勤しみ続けたり、食事の時にブロッコリーを除けるハイターを叱ったりする姿は、フリーレンと同行するようになってからのフェルンと変わらない。三つ子の魂百までという言葉が思い浮かぶ。

ただ、風邪で寝込んだハイターのために薬草を取って来ようとして道に迷って、心配をかけてしまったと悩むフェルンに、ハイターはハイターでフェルンから生きる活力をもらっていると明かす関係は、フリーレンとの間にはないものだ。ハイターと街に行った時、赤いリボンを買ってもらって嬉しがるフェルンの感情も、シュタルクから何かをプレゼントされた時とは少し違う。フリーレンとシュタルクほどには語られていない、フェルンとハイターの絆を確かめられる小説だ。

「第2話 英雄になった日」でも、修行中にケンカをしてアイゼンのところを飛び出したシュタルクに対して、アイゼンが何を思っていたかが分かる。決して見放したわけではなかったとは。無骨なアイゼンの優しさに触れられる。「第3話 二人なら」では、フリーレンやフェルンといっしょに一級魔法使い試験に臨んだラヴィーネとカンネが、まだ魔法学校に通っていた頃からお互いを大切に感じていたことと、そして意外とも言える力を秘めていたことが改めて示される。当時からカンネの髪の毛をラヴィーネが掴んで引っ張っていたことも。

そして「第5話 葬送」。タイトルにも使われている“葬送”という言葉に呼応するように、フリーレンと同じ馬車に乗っている師匠のフランメやヒンメル、ハイターが次々に去って行くという寂しいシーンが登場する。誰よりも長く生きるエルフならではの離別を表したものだが、一方でそんなフリーレンに新しい出会いが訪れることも示唆される。たとえどれだけの仲間を見送っても、新しい出会いが待っていることを感じたからこそ、落ち込むことも虚ろになることもなく歩み続けられる。フリーレンという存在を通して、人の思いや営みが繋がっていることを感じられる小説だ。

今回はフリーレンをはじめフェルン、シュタルク、アウラ、ラヴィーネにカンネといったところが登場し、一部フランメについても語られたが、『葬送のフリーレン』にはまだまだ登場するキャラクターがいて、世界も広がっている。小説版がこれからも刊行されるとするなら、一級魔法使い試験に登場した魔法使いたちのそれまでを知りたいし、魔族ではアウラに並ぶ人気を持つ「黄金のマハト」についてももっと知りたい気がする。

何より『葬送のフリーレン』という作品を通して、太い柱とも流れる水脈ともなっている勇者ヒンメルのそれまでも、それからもまだ語られていない。原作の漫画でも語られていないことだけに、小説という形でスピンオフのように綴られることはないかもしれないが、せめて老いぼれてしまった姿でも、多くから慕われていたヒンメルの日々がどのようなものだったのかは、読んでみたいものだ。

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