マウンティングを制するものは人生を制す? 異色の自己啓発本『人生が整うマウンティング大全』誕生の背景

“マウンティング”という言葉に対し、あなたはどのようなイメージを抱くだろうか。「上司が学歴のマウントをとってきた」と言った具合に、おそらくネガティブなイメージをもつ人が大半なのではないだろうか。

ところが、『人生が整うマウンティング大全』(技術評論社/刊)は、このマウンティングをポジティブな意味で捉え、仕事、さらには人生にも大いに役立てるべきだと説く、異色の自己啓発本である。この本の執筆を手掛けたマウンティングポリスさんに、マウントがもつ意味、そしてなぜ現代にマウントが重要なのか、話を聞いてみた。(山内貴範)

■マウンティングを役立てる

――ポリスさんはなぜマウンティングに注目されたのでしょうか。

ポリス:ビジネスパーソンはいろいろなスキルを学ぶべき――とする風潮の中で、何が重要なのかと考えていった結果、“マウンティング欲求”こそが、これからの時代を生き抜く重要な要素であるという奇天烈な結論に至りました。この考えをSNSのアカウントを通じて世間に問うてみたところ、比較的感触が悪くなかったのです。

――とはいえ、マウンティングに否定的な考えの方もいらっしゃったのでは。

ポリス:もちろんそうした声も少なからずあったのですが、肯定的な見方の人も少なからずいたんですよ。しかも、肯定的な人の属性を見ると、社会的な地位の高い人、知的エリート層の方が多い。世界を動かしている方にとってはマウンティングは重要なのではないかと思ったのです。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』という本を読むと、エリートはマウンティング欲求を理解していることがわかる。マウンティングを通じてコミュケーションを有利に進めたり、事業の中で顧客が買いたくなる体験を設計できているのではないか、という考えをもちました。

――こうした研究をもとに、今回の本が生まれたわけですね。

ポリス:そうですね。お茶の水女子大学でマウンティングを研究した論文が、2022年3月にバズったんです。それを見て、編集者の傳さんに企画書を送りました。これまでの研究実績を見てもらって、書籍化がトントン拍子に進みました。

■マウンティングにはどんなものがある?

――本の中身は、ポリスさんの実体験に基づいて書かれた部分も多いのでしょうか。

ポリス:SNSを参考にしたものが結構多いですね。友人のフェイスブックなど、私が日々SNSでマウンティングの生のデータを拾い集め続けたところ、気づけば2017年から約3万の事例が集まりました。このデータベースをもとに、マウンティングについて調べ上げたのです。

――約3万は凄いですね。集めてみて、傾向のようなものはありましたか。

ポリス:SNS社会によって、人々のマウンティング欲求は顕在化しているんだなと。そして、一見するとマウンティングに見えないマウンティングが増えているな、ということがわかりました。人間の根源的な欲求として、何かしら自慢したいという想いはありますが、自慢しすぎて嫌われてしまうと、コミュニティから外れてしまうわけです。嫌われるか、好かれるか、そのギリギリの絶妙なラインを狙ったマウンティングが増えていると感じます。

――印象深い事例にはどんなものがあるのでしょう。

ポリス:例えば、現在ビットコインが上がっているからこそ使える、「昔はビットコインが理解されていなかったから辛かった」というマウンティングがあります。俺は時代に先駆けすぎていた、だからあの頃はつらかった、周りに理解されていなかった……と言いたいわけですね。編集者やインタビューを生業にする方は、こういった「辛かった」マウンティングを引き出す仕事が多いのではないでしょうか(笑)。

――おっしゃる通りです(笑)。

ポリス:他には、Clubhouseなどで芸能人と横に並んでいる自分の写真をSNSに載せる文化もあります。サッカー日本代表の本田さんとか、「有力者や権威と近い自分を示して自分の価値を誇示しようとする」マウンティングはいつの時代もありますよね。日々新しい文化が生まれていますが、マウンティング欲求という人間の根源的な欲求は健在だということです。

■マウントを取りに行ってみる

――あまりに“あるある”な事例ばかりで、頷きながら話を聞いてしまいました。

ポリス:でも、私は決して“マウンティング野郎”を貶めたいわけではないんです。というのも、マウンティング欲求を味方につければ、前向きで、希望のある考え方ができると思うんです。少なくとも、マウンティング自体はネガティブな感情ではありませんから、世の中、人々を前に進めることに繋がると思うんですよね。

――本の中で、ポリスさんは“マウンティングリテラシー”という概念を説いておられます。それを身に着けるためにはどうすればいいのでしょうか。

ポリス:そのためには、徹底的なインプットがまずは大切です。私の本でも、ある程度の事例を紹介しているので、率先して学び、自分から動いてマウンティングを取りに行ってほしいですね。自分が属している業界や職種、住んでいる地域などに特有のマウントもあると思いますから、自分の中でこれは、というマウンティングをやってみてはいかがでしょうか。

――本書を読んで、実践してみるべきマウンティングはどんなものがありますか。

ポリス:私は「達観」マウントが好きですね。資本主義社会から卒業して「世の中お金じゃないんだ」と言い、インドに行って僧侶になった……みたいな事例を見ると、若干マウント的な感じがするんですよね。あとは貰った名刺の数とか、サウナに通った回数などもいいかもしれないですね。

――「東大卒否定」マウントは使いやすいですよね。

ポリス:これはみなさん、使ったことがあると思うんですよ。東大という圧倒的な知的なものを否定し、自分が上だと言うわけです。東大出身者は一般的に頭がいいと言われているのに、自分からすると頭がいいとは思えないとか、仕事ができないとか。新入社員の面接を担当するようになったビジネスパーソンは、「この前面接した人は東大だったけど、大したことなかった」とか、言えますよね。もっとも、これがエレガントかどうかは、その人の使い方次第だとは思いますが。

■マウントフルネスで幸せに

――ポリスさんは、「日本経済にはマウントが足りない」とおっしゃっています。

ポリス:日本の家電製品はスペック的な部分ばかり追求した結果、グローバルな市場で勝てなくなりました。よく、機能ではなくユーザーエクスペリエンスが大事だと言われますが、私は“マウンティングエクスペリエンス”を大事にすべきだと思います。これは、人間の根源的な欲求であるマウンティングという俗っぽいものを、ユーザーエクスペリエンスに加えることを意味します。

――マウントを活かすと、経済はどう成長していくと考えますか。

ポリス:世界で一番のお金持ちはLVMHのベルナール・アルノーで、2位はテスラのイーロンマスク。両者ともマウンティングを好んでとっていますし、人々にマウンティング体験を与えてきた人たちです。彼らのようにマウンティングをコントロールできれば、確実に日本経済にとってプラスになると思います。あと、世界を席巻しているFacebookなどのSNSのように、マウンティング体験を適切に設計できれば、世界的なイノベーションが生まれる可能性が高まります。

――日本人は欧米人に対して、奥ゆかしすぎるイメージはありますよね。

ポリス:iPhoneはテクノロジーがサービスの普及を決定づけたのではなく、マウンティング体験から逆算して作られています。これが本質的な価値だと思います。今後、発展途上国などの国もどんどん豊かになっていくと思いますが、今後の消費を牽引していくのはマウンティング消費だと思うんですよ。SDGsを筆頭に、「環境にやさしい」などの世界的なマウンティングトレンドは現在、欧米が創り出しています。そういうトレンドを日本から生み出していければいいのです。

――閉塞感がある日本で、それが可能でしょうか。

ポリス:困ったことに、マウンティングデザイナーが日本には少ないんですよね。スマホ一台で世界に繋がり、テクノロジーが進化して便利になっても、我々は幸せになっていない感じがします。むしろこれで苦しんでいる人が多い気がします。マインドフルネスが盛んに叫ばれていますが、あまり社会が幸せになっているとは言い難い。ひょっとすると、マウントフルネスの方が幸せになるのではないかと思っています。

(文=山内貴範)

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