居合はせし人よ

 長崎の歌人、故竹山広さんに一首がある。〈居合はせし居合はせざりしことつひに天運にして居合はせし人よ〉。阪神大震災を詠んだという。その場にたまたま居合わせて、ある人は命を落とし、ある人は全てを失う▲歌人は長崎で被爆し、全身が焼けただれた兄を救護所まで運んだが、兄はそこで息絶える。無残な記憶と、震災のさまが重なったのかもしれない▲熊本地震から8年たった先日、この一首を思い浮かべていた。地震の日、阿蘇大橋のそばで車を運転していた22歳の男性が土砂に埋もれたが、捜索はやがて打ち切られる。父母は自力で探し続け、3カ月後に車の一部をとうとう見つけた▲息子をしのぶ両親の姿を16日のテレビで見て、災害の現場に〈居合はせし〉ことの無残さと理不尽を改めて思った、その翌日。愛媛県、高知県で震度6弱の地震が起き、県内でも最大で震度3を観測した▲「余震に注意」というニュースの呼びかけに、熊本地震では長崎でも揺れがあり、しばらくは余震を恐れたことを思い出した。いつの間にか遠い記憶になっている▲災害が起きても、人は「自分だけは大丈夫」と捉える心理が働きがちとされる。「居合わせてもおかしくない」と頭を切り替えることの大切さと難しさ。ともにかみしめ、自分の頬を軽くたたく。(徹)

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