『光る君へ』で注目の藤原氏とは、果たして何者なのか? 馳星周が迫る、古代史の謎

大河ドラマ『光る君へ』(NHK総合)で、改めて興味を持った人も、きっと多いことだろう。柄本佑が演じる「藤原道長」の代で、その栄華を極めることになる「藤原氏」とは、果たして何者なのだろうか。その一族は、どのように始まり、いかにして他の「貴族」を圧倒する存在になっていったのか。そこには、天皇を中心としたこの国の成り立ちとも深く関係する、大いなる「謎」があるという。

本作『北辰の門』(中央公論社)は、作家・馳星周が、そんな古代史の「謎」と大きく関わる藤原氏の系譜を描いた「古代史三部作」の完結編にあたる一作だ。『不夜城』(角川文庫)をはじめとするノワール小説で知られる作者が、初めて挑んだ歴史小説でもある『比ぶ者なき』(中公文庫)。それは、645年の「大化の改新」で知られる中大兄皇子(天智天皇)から「藤原」の姓を賜った「藤原氏」の始祖・中臣鎌足の息子であり、天皇に藤原氏の娘を嫁がせ、その息子を天皇にすることで権力を掌握する「システム」を構築した「藤原不比等」を主人公とした小説だった。続く『四神の旗』(中公文庫)では、「藤原武智麻呂」をはじめとする不比等の四人の息子たちが、それぞれの野心を胸に秘めながら、729年の「長屋王の変」に立ち向かう様を描いてみせた馳星周。その彼が、本作『北辰の門』で主人公に据えたのは、武智麻呂の次男である「藤原仲麻呂」――764年の「恵美押勝の乱」で後世に知られる人物だ。

物語は、仲麻呂の父・武智麻呂をはじめ、藤原氏の地位を盤石なものにした四兄弟が、次々と疫病に斃れ、藤原氏がその権勢を弱めた時代からスタートする。仲麻呂の兄であり藤原南家の氏上である「藤原豊成」は、中納言として政の中枢にいるが、かつて武智麻呂が就いていた左大臣の地位には「橘諸兄」が就いており、藤原氏はその後塵を拝している。その状況を良しとする兄・豊成のふがいなさが、仲麻呂は腹立たしい。「兄に任せていては、藤原氏の本当の力を取り戻すことはできない」。そんな野心をむき出しにする仲麻呂の後ろ盾となるのは、不比等の娘である「安宿媛(あすかべひめ)」――現在は、「聖武天皇(首皇子)」の皇后として政の実権を握る「光明皇后」だ。「藤原の一族を率いて行くべきは、大いなる野心を抱え、燃えたぎるような情熱を内に秘めた仲麻呂のような者であるべきだ」。

皇后にその才覚を認められた仲麻呂は、彼女の後ろ盾のもと公卿となり、橘諸兄の勢力を徐々にそぎ落としてゆく。かくして、皇后の娘である「阿倍内親王」を立太子させた仲麻呂は、彼女を「孝謙天皇」として即位させることに成功する。しかし、仲麻呂にとって彼女は、あくまでも「中継ぎ」に過ぎなかった。自身が養育してきた天智天皇の孫・大炒王を、その次の天皇とすることで、藤原氏の地位を盤石にすること。そう、仲麻呂の胸の内には、皇后にも明かすことのなかった、ある「野心」が存在するのだった。それは、政を「天皇」から切り離し、新たに「皇帝」の地位を設け、そこに自らが就くことだった。それによって藤原氏の地位は、後世にわたって揺るぎないものとなるだろう。

孝謙天皇に譲位を迫り、大炒王を「淳仁天皇」として即位させることに成功した仲麻呂は、天皇から「恵美押勝(えみのおしかつ)」の名を賜ることになる。けれども、それを頂点として、仲麻呂の周囲では、不穏な出来事が続くようになるのだった。まずは、最大の後ろ盾である光明皇后の死だ。そして、自らの腹心である石川年足の死。一方、淳仁天皇に譲位したあと、太上天皇となりながらも政からは遠ざけられ、ひとり孤独に打ち震える阿倍のもとには、「道鏡」なる僧が現れる。明治から戦前にかけての教育では、平将門、足利尊氏と並んで「日本三悪人」とされた人物だ。

けれども、本作における道鏡は、いわゆる「怪僧」的な立ち振る舞いをするわけではなかった。彼はあくまでも、阿倍の孤独を心身両面にわたって癒すのみ。むしろ、彼の登場によって――自らを深く愛する者を側に置くことによって覚醒する阿倍こそが、本作の肝なのだった。次第に聖武天皇の娘としての才覚を露わにしてゆく彼女は、道鏡の助言のもと、仲麻呂に退けられていた老軍師・吉備真備を太宰から呼び戻し、幼少期には淡い恋心を寄せながらも自らの存在を「捨て駒」として利用した仲麻呂を、徐々に追い込んでゆく。言わばそれは、ひとりの女性の「実存」を賭けた戦いなのだった。そして、形勢は逆転する。高邁な「理想」を内に秘めながら、人々の「情」を決して理解することのなかった仲麻呂は、阿倍の覚醒の理由が最後までわからない。不比等以来の傑物と言われた仲麻呂は、どこで道を踏み間違えたのか。高邁な理想を掲げる傑物が、その理想を実現させる過程で踏みにじった者たちから弾劾される物語。あるいは、ある女性の「実存」を賭けた戦いを、そうとは気づかず侮り続けてきた男性権力者の物語。そう考えると何やら本作は、まるで現代にも通じるような物語に思えてくるのだった。

ちなみに、藤原道長が「この世をば わが世とぞ思うふ 望月の かけたることも なしと思へば」と詠むのは、それから約250年後の話である。権謀術数渦巻く「藤原氏」の草創期は、かくもノワールで面白い(無論、草創期だけではないのだが……)。不比等をはじめ重複して登場する人物も多いことから、『比ぶ者なき』『四神の旗』『北辰の門』と三冊合わせて一気に読むことをおすすめしたい作品だ。

(文=麦倉正樹)

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