故山田太一原作のイギリス映画『異人たち』で描かれる孤独と痛み

4月19日に日本で公開される『異人たち』は、昨年11月、89歳で亡くなられた山田太一氏による小説『異人たちとの夏』をイギリスで映画化した作品で、各国で多数の映画賞を受賞している。そのなかでも本国イギリスでは、インディペンデント映画賞で作品賞・監督賞・脚本賞・助演俳優賞・撮影賞・編集賞・音楽監修賞の7冠をさらったほか、ロンドンLGBTQA+映画祭ベスト・オブ・ザ・イヤーの1本ともなった。

世代や文化が違ってもコネクトできる

『異人たちとの夏』で山本周五郎賞を受賞するなど、優れた小説家でもあった山田太一氏は、数々の名作ドラマを生み出した脚本家として知られる。

自身の小説を自ら脚色した『岸辺のアルバム』(1977年)は、家庭のなかに潜む秘密を描き、良妻賢母としか思えない八千草薫と、これまた誠実そのものにしか見えない竹脇無我が、不倫をする役を演じ、それまでのTVにはない辛口ホームドラマとなった。

落ちこぼれ学生たちを主人公にした『ふぞろいの林檎たち』は、等身大の若者ドラマだった。手塚理美、石原真理子、中島唱子、中井貴一、時任三郎、柳沢慎吾が演じるメインキャラクターの誰かに、視聴者は自分を重ねることができた。林檎世代だった筆者も例外ではない。

「自分は石原真理子」と周囲をドン引かせ、「いや、美しさじゃなく、地に足のつかないところが……」と手繰り寄せたのは懐かしい思い出だ。1983年から1997年まで続編が連なる人気シリーズとなったドラマで、石原演じる晴江は玉の輿婚、離婚を経てホスピススタッフになる成長を見せたが、自分はたいした成長もせず、イギリスで映画のことなど書く暮らしも早四半世紀(遠い目)。

筆者のことなどどうでもいい。山田太一氏である。

本作のヨーロッパプレミアが開催された昨年10月のロンドン映画祭で、脚本も手掛けたアンドリュー・ヘイ監督は、当時ご存命だった山田氏について「お会いしたこともない、日本の80代の方です」と、距離的な遠さ、文化や世代の違いに言及しながら、「それでもコネクトできるのです。奇妙な魔法が起こるのです」と語っている。

▲アンドリュー・ヘイ監督 Photo by John Phillips / Getty Images for BFI

ヘイ監督のパーソナルな映画

ヘイ監督の『異人たち』では、両親との再会と、ある出会いが心揺さぶる原作のエッセンスはそのままに、舞台を少し前の日本から現代のイギリスに移した以外にも、大きな変更を加えている。男女の出会いを男同士の出会いにしたのだ。

1987年に発表、出版された原作小説では、妻子と別れた脚本家である主人公が、子どもの頃に交通事故死した両親と不思議な再会を果たす頃、同じマンションの住人である女性と知り合う。翌1988年には、大林宜彦監督により同タイトルで映画化され、風間杜夫と名取裕子が主人公と相手役で好演している。

▲Photo by Parisa Taghizadeh, Courtesy of Searchlight Pictures. © 2023 20th Century Studios All Rights Reserved.

本作では主人公をアンドリュー・スコット(写真左)、相手役をポール・メスカル(同右)が演じる。

ヘイ監督の名を一躍知らしめた『WEEKEND ウィークエンド』(2011年)も、男同士の出会いを描いていた。出会って一夜をともにし、翌朝それぞれの生活に戻っていく、いわばゲイワンナイトスタンドを描いただけの映画だが、出会いと別れを一日に凝縮してみせた秀作だった。

自身もゲイであり、現在は同性婚しているヘイ監督は、当初、LGBT映画の旗手と見られたが、その活躍はすぐにLGBT映画の範囲を超えた。

『WEEKEND』の次作『さざなみ』(2015年)では、結婚45周年を迎える老夫婦を描き、夫婦を演じたトム・コートニーとシャーロット・ランプリングに、それぞれベルリン映画祭最優秀男優賞、同最優秀女優賞をもたらした。

ヘイ作品のベースにあるのは孤独だ。だからこそ、『WEEKEND』の知り合っていく喜び、別れのせつなさは沁みた。『さざなみ』では、45年も夫と連れ添った妻なればこその、ある出来事に端を発した孤独があった。

その次の『荒野にて』(2017年)の主人公は、父を亡くし、別れた母を訪ねて、殺処分を免れた馬とともに旅する少年だった。

ヘイ監督は洗練された方法で感情を描き出す。その状況にいる人なら、そうするであろう動き、表情や言葉で無理なく感情を伝える。それはうまい俳優でないとできないことなのか、それともヘイ映画で演じる俳優がうまく見えるのか、あるいはその両方か、今作『異人たち』でも俳優がとても良い演技をしている。

前述のインディペンデント映画賞助演俳優賞を受賞したのは、相手役のメスカルだ。2020年のBBCドラマ『ふつうの人々』でブレイク、2022年の映画『aftersun / アフターサン』でも高評価を得て、大ヒット映画『グラディエーター』続編の主演に抜擢されている今最も期待される俳優だ。

両親役のジェイミー・ベルとクレア・フォイに、もちろん主演のスコットも、さまざまな俳優賞の受賞、ノミネートが続いている。

主人公が両親と再会する、子どもの頃に暮らした家は、ヘイ監督が両親の離婚時まで少年期を過ごした家だ。今は見ず知らずの人が住む家を訪ね、撮影場所とした。

原作と同じく主人公は脚本家だが、原作にない80年代をゲイの少年として過ごした脚本家としたのも、ヘイ監督自身と重なる。原作はあれど、ヘイ監督にとってかなりパーソナルな映画なのだ。

ゲイであることでいじめられ、両親に相談もできず、ある部分では孤立していった少年時代は、主人公にとっての傷、トラウマになっている。主人公は大人になった今でも、自分を認め、愛することができない。それが早くに両親を亡くしている主人公の孤独をさらに深める。

再会し、大人同士として向き合う親子が、お互いの痛みに触れるシーンが大きな見どころとなる。父親に「どうしてあのとき、お父さんは……」と問うシーンでは、父が子を傷づけてしまっていた悔恨が、母親とのシーンではその親心が涙を誘う。

父母あるいは、ほかの誰かに「どうしてあのとき……」と言いたいことは、誰の子ども時代にもある。皆が何かしらの傷を持ち、孤独を抱えている。ヘイ監督は、その傷、痛み、孤独を、主人公をゲイとしたことでくっきりと浮き立たせ、より深く、広く伝わる映画にしてみせた。

それでも監督は「孤独を問題とした映画ではありますが、孤独についてというより、そこから抜け出ることについてです。もちろん僕にとっても問題ですが、僕は今、それほど孤独ではありません。毎日ベッドをのたうち回ったりとかしてませんよ!」と、ロンドン映画祭観客に向け宣言し、笑わせた。

そういえば、原作では住人女性が初めて主人公宅を訪ねるとき、シャンパンの瓶を下げて「飲みきれないから」と誘うのだが、本作では「これ、日本のウィスキー」としている。

ヘイ監督なりの、原作者の故国であり、物語の舞台ともなっていた日本へのトリビュートだろう。実際、スコッチウィスキーを誇るイギリスでも、日本産ウィスキーの美味しさは知られていて、帰国時のお土産として所望されたりする。

ヘイ監督脚本のオリジナル部分が大きく、原作小説で、また大林監督による映画で、ストーリーを知っている方でも、新鮮に見られるはずだ。

怪談風味もあった大林映画のケレンミとは対照的に、夕暮れ時の薄闇、鏡や窓ガラスに反射する姿、懐かしのフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドやペット・ショップ・ボーイズのヒット曲など積み重ねていくことで、夢現の狭間のような雰囲気を醸し出していく本作は、まるで手触りが違う。

原作も読んでいないし、大林版も見ていない方は幸い、ぜひそのまま予備知識を入れず、結末に衝撃を受けてほしい。


▲映画『異人たち』

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