新NISAで始める「オールカントリー積立」物価高にあえぐ37歳男性の「投資に踏み切れたきっかけ」とは?

<前編のあらすじ>

神塚直樹(37歳)は、新NISAのスタートをきっかけに、投資信託の積立投資を始めようと決意していた。ところが、日一日と株価が値上がりし、気が付くと日経平均株価が4万円の大台を超えていた。「株価が高過ぎる」と意識してしまった神塚は、投資に踏み出す勇気を失くしてしまいそうになっていた。その神塚の背中を押したのは……。

投資に踏み切ることができた理由は?

「人生最初の投資が失敗してもいいのか?」――神塚は自問自答した。株価は歴史的な高値にある。しかも、「全世界株式」で組み入れ比率が60%超を占めるアメリカと、組み入れ比率が第2位で5%超の日本という、いわば、投資先の2トップが史上最高値を更新する高値にある。「アメリカと日本を合わせると、ポートフォリオの70%近くを占める。そこが過去最高値なのに、そこで買いに入って本当にいいのか? 日本株は34年ぶりの高値。ここがピークだったら、また、長い期間の低迷を経験することになりかねない」――神塚の気持ちは乱れた。

今日買って、また、高値を更新したら、そこで利益になるから売ればいい。けど、今日買って明日売るような投資を考えていない。これから10年、20年と長期で積立投資をして大きな資産をつくることが目的だ。だから、明日値上がりすることを求めていない。ただ、値下がりしてしまったらどうしよう。そもそも株式を購入し、株主になるということに実感がわかない。株主や資産家という言葉と現実には大きな隔たりがある。自分は株主になるような資格があるのだろうか? ――と、神塚の思いは「新NISAで積立投資を始めよう」と決意したとこから、どんどん離れていった。

今回のところは、投資を見送ろうかと積立投資を諦めかけていた時、日経平均株価が1日で1000円以上も値下がりした。4万円を超えていた株価があっという間に3万8000円台に下落した。この急落を見て、神塚が考えたのは、「チャンスだ」ということだった。4万円を一度クリアした株価は、再び4万円を超えていく可能性が十分にあると思えた。そうであれば3万8000円の株価は、十二分に収益チャンスがある。そう思って、最後の「ポチッと」ができた。

投資を始めて変化した日常

後になって、神塚は、自身が購入した「全世界株式(オール・カントリー)」のインデックスファンドで、わずか5%しか投資比率がない日本株が多少値上がりしようが、全体に与える影響は小さいと思った。にもかかわらず、投資を開始するかどうかを迷っていた時には、日本株の行方が全てのように思えていた。人間の心の動きは、なかなか理性的には動かないもののようだ。神塚は、その後の数日間は、基準価額の値動きをチェックしていたが、そもそも、今すぐに換金することはなく、10年、20年先を考えて投資しているものだ。今日、明日の価格が上がったり下がったりすることが、投資成果に大きな影響があるとも思われなかった。そう思って、基準価額をチェックすることを止めて数日すると、ふっと肩の力が抜けて楽になった。これからは自動的に毎月3万円が口座から引かれて、インデックスファンドの購入が続いていく。

そして、投資を始めることに対して身構えるような気持ちがなくなると、自分自身が株主となったことの実感がジワジワとやってきた。投資先の上位組み入れ銘柄は、マイクロソフト、アップル、エヌビディア、アマゾン、メタ・プラットフォームズなど、世界の一流企業ばかりだ。中小企業に勤めている自分とは、消費者としての立場以外で関わり合いになる機会はなかったが、今では、小なりとはいえ株主になった。この気分は悪いものではない。優秀な経営者が世界の市場を相手に大きく稼いで、業績を上げて株高に貢献してくれる。そういうグローバル経済に投資を通じてつながっていることが、くすぐったいような、誇らしいような気持ちにしてくれる。

神塚にとって、グローバル経済につながっているような気持ちは満足感をもたらしてくれた。それが、豊かさの象徴のように思えたのだ。この思いがけない心境の変化によって、神塚は投資を始めたことが良かったと思えた。むしろ、なぜ、今まで投資していなかったのかと後悔するような気持ちになった。社会人になってからの年月を無駄にしていたようにすら感じられた。それでも良いと思った。遅ればせながらでも投資を始めたのだから。これから、毎月のように投資資産が増えていくことが楽しみだった。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

風間 浩/ライター/記者

かつて、兜倶楽部等の金融記者クラブに所属し、日本のバブルとバブルの崩壊、銀行窓販の開始(日本版金融ビッグバン)など金融市場と金融機関を取材してきた一介の記者。 1980年代から現在に至るまで約40年にわたって金融市場の変化とともに国内金融機関や金融サービスの変化を取材し続けている。

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