「物価の優等生」 卵の安さの裏にある鶏たちの苦しみ 畜産動物の飼育環境の現状【杉本彩のEva通信】

写真を拡大 認定NPO法人アニマルライツセンター提供
写真を拡大 認定NPO法人アニマルライツセンター提供

「アニマルウェルフェア」 の必要性とその取り組みが、最近ようやくテレビのニュース・情報番組でも取り上げられるようになった。これまで専門雑誌などで特集されることはあっても、この言葉は少し前までほとんど知られていなかった。日本語では 「動物福祉」 と訳される 「アニマルウェルフェア」 とは、1960年代に家畜の福祉の向上を目的に欧州から広がった考え方だ。動物は感受性ある生き物なので、動物本来の自然な行動が制限されないよう、飼育者は動物のストレスや苦痛を最小限に抑えるよう努め、生まれてから死ぬまで動物らしく快適に生きられる環境と、飼育方法を目指す畜産の在り方だ。畜産から始まったこの考え方は、現在では人間の管理下にあるすべての動物に対して実現しなければならないと、欧米を中心に世界中に広がり法整備も進んでいる。このコラムでもペット流通のテーマでは、アニマルウェルフェアについて度々言及してきたが、今回は畜産動物の福祉について考えてみたい。

ペット流通よりも、はるかに多くの消費者と関係の深い畜産動物であるが、日本のアニマルウェルフェアは世界から大きく遅れをとっている。その理由を考える前に、まずは 「アニ マルウェルフェア」 の理念となっている「5つの自由」 について知ってほしい。

1.    飢餓と渇きからの自由 2.    苦痛、傷害又は疾病からの自由  3.    恐怖及び苦悩からの自由  4.    不快さからの自由  5.    正常な行動ができる自由 

この 「5つの自由」 は、家畜が健康的で快適に暮らせているか、客観的に判断するための国際的指標として浸透している。牛、豚、鶏など、畜産動物のストレスや疾病を減らすことは、結果として生産性の向上や安全な畜産物の生産に直結する。そして、それを食する人間の健康にも大きく影響することを、消費者は知るべきだと思う。けれど、多くの消費者はそれを知らず、安さだけを求めて、生産性や効率性を最優先した 「工場式畜産」 により大量生産された畜産物を、何の疑問も抱かずに受け入れてきた。

鶏たちの苦しみ

日本でアニマルウェルフェアが進まない理由の一つに、消費者のニーズが高まっていないことがある。その責任の一端はメディアにもあるのではないだろうか。たとえば、鶏卵を 「物価の優等生」 と称し、卵は安くて当たり前、少しでも値段が上がろうものなら、困った問題のように報じる。何十年もそんな安価で販売され続けている卵の背景には、鶏の地獄のような苦痛があるのだ。

NPO法人アニマルライツセンターのレポートによると、現在多くの養鶏場で、バタリーケージという金網のケージに鶏がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。日本最大手の養鶏場の飼育面積は、ipadよりも小さい1羽あたり約285cm2程度で、お隣り韓国の規制の約3分の1程度だ。そのような過密な飼育環境で450日~650日置かれると、羽は抜け落ち地肌が見え鶏冠も白くなり見るからに不健康で痛々しい姿になる。

もちろんその環境では、羽を広げて日光を浴びたり、歩いて餌をついばんだり、砂浴びしたり、止まり木に止まったり、鶏本来の行動欲求はまったく満たされず、ひたすら卵を産むだけの道具のように扱われている。そこには命への敬意も感謝も何も存在しない。

人体にも影響

また、動物の抗菌性物質の使用について農林水産省が対策を公表している。抗菌剤の不適切な使用によって、細菌を殺したり生育を止めたりする効果がなくなる上、薬剤耐性を獲得した薬剤耐性菌は抗菌剤が効かず、病気が治らない・治りにくい状況を引き起こすというものだ。そして薬剤耐性菌が食品などを介して人に感染した場合、人の病気の治療に使う抗菌剤が、十分に効かなくなる可能性もあるのだ。(引用:農林水産省HP「動物に使用する抗菌性物質について」)

現在、人の健康への影響が考えられる観点から、少しずつだが、健康志向の高い人や、また動物福祉に対する意識の高い人のニーズが増えつつあり、最近ではアニマルウェルフェアを実現している希少な卵も市場に並ぶようになった。有精卵の放牧卵や、鶏舎の中で一羽につきに十分なスペースを設けた平飼い卵など、その飼育環境や餌、飼育方法によって、卵の質と価格が変わる。

同じ平飼いでも、過密飼育の平飼い卵なら価格は安くなるし、前述したバタリーケージの卵ならさらに安価になるわけだ。高い卵は当然だが、化学肥料やポストハーベスト農薬や遺伝子組換え作物などを使用しない有機飼料を与え、厳しい基準をクリアして育てた健康な鶏の卵なのだ。安い卵と高い卵には4倍程の価格の差があるが、どのように生産されているかその違いを知れば、当然の価格だと納得することができるはず。もちろん卵の味にも影響するだろう。

難航する議員立法

このように、畜産におけるアニマルウェルフェアは、私たちの健康と切り離せない問題であるにもかかわらず、長年前進しなかった。そのもう一つの理由は、立法する国会議員の多くが、アニマルウェルフェアの価値と必要性を理解していないことにあると思われる。長年共に議論を重ねてきた動物愛護議連の国会議員の方々は、その必要性を理解されているが、議員立法による法改正では、それ以外の方々にも理解していただく必要がある。そこで、動物愛護法改正の議論が始まると、畜産動物の福祉の向上についても要望書を持参し面談に伺う。現在、畜産動物においては、動物愛護法の中に1つもその条文はないのだ。人の健康にとっても利益となるアニマルウェルフェアについて、畜産業界の大きさからなのか、この問題に触れることをタブー視し極端に後ろ向きな発言になる議員もいる。

さらに、アニマルウェルフェア後進国であり続けている最大の理由はこれかもしれない。2021年に報道された、大手鶏卵生産業者と農林水産大臣による贈収賄事件である。業者が大臣にアニマルウェルフェアの国際基準に反対するよう働きかけた。設備投資を嫌い、現状のバタリーケージを維持したいという考えからだ。明らかに世界の流れに反しているし、未来を見据えていない業界の意識の低さも窺える。

当時このニュースを見た時、鶏の福祉も消費者の健康も顧みない業者と、国民の健康より自らの私欲を優先させた大臣に怒りが込み上げてきた。だからアニマルウェルフェアが進まなかったわけだ、と。しかし、報道では 「賄賂」 という問題にばかり視点が向けられて、その先にある本当の消費者の不利益には、私が知るかぎりどのメディアも触れることはなかった。そのためか世論の関心も高まらなかったのだ。

持つべき倫理観

しかし最近、メディアの変化と同じように、次期法改正に向けたロビイングでも、以前とは少し感触が違う。ある国会議員に面談の時間をいただいた際、畜産におけるアニマルウェルフェアについて思いがけず理解を示していただいた。議員はアニマルウェルフェアを考える議員連盟の会長をしておられるとのことで、これまでに議論を重ね理解を深めてこられたようだ。アニマルウェルフェアは、業者にとっても、消費者である国民にとっても、結果、不利益なことは何一つないし、動物を飼育管理するなら当然持つべき倫理観なのだ。

また近年、アニマルウェルフェアは、「ワンヘルス」 という観点からも軽視できないものとなっている。「ワンヘルス」 は、「人間の健康、家畜や野生動物の健康、そして環境の健康は密接に繋がっているため、それらは一体となって管理・改善されるべき」 という考え方である。国際的に 「ワンヘルス」 の認識は広がっていて、持続可能な社会の実現においても大切なのだ。

さらに、近年では海外の大企業がアニマルウェルフェアへの対応を表明したり、その取り組みが投資家からも注目されはじめ、ビジネスにおける海外との取引など、経済という観点からもいよいよアニマルウェルフェアは無視できないものとなっている。動物の健康、人の健康という理由だけではなかなか進まなかったアニマルウェルフェアだが、ビジネスという新たな可能性と価値を見出したことで、ようやく前進してくれるかもしれないと期待している。(Eva代表理事 杉本彩)

⇒「杉本彩のEva通信」をもっと読む

※Eva公式ホームページやYoutubeのEvaチャンネルでも、さまざまな動物の話題を紹介しています。

  × × ×

 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。

© 株式会社福井新聞社