宇多田ヒカル初のオールタイムベストが首位 デビュー25周年、トップランナーであり続ける理由

CD Chart Focus

参考:https://www.oricon.co.jp/rank/ja/w/2024-04-22/

2024年4月22日付(4月16日発表)のオリコン週間アルバムランキングによると、宇多田ヒカルの『SCIENCE FICTION』が推定売上枚数171,882枚で1位を記録。その後、FRUITS ZIPPERの『NEW KAWAII』が27,503枚で2位、SF9の『ReStart SF9 BEST COLLECTION Vol.2』が19,555枚で3位と続いた。

今回取り上げたいのは1位の『SCIENCE FICTION』。本作は宇多田ヒカルのデビュー25周年を記念したベストアルバムで、25年間に制作された全作品の中から宇多田本人がセレクトした初のオールタイムベスト。全26曲のうち3曲はこのアルバムのために新たにレコーディングされ、さらに10曲は新たなミックスバージョンで収録されているのも嬉しいポイントだ。

YouTubeに公開されているインタビュー映像によれば、宇多田はこの作品を作ったことで「断絶されてた時期と今が繋がった」ような感覚になったという。いちリスナーとしても、本作を聴いているとタイムマシンに乗ったかのように当時の思い出が蘇ってきて、過去の記憶と一緒に楽しむことができた。宇多田のいる時代に生まれた世代としては、さまざまな意味で感慨深い一枚である。

それにしてもデビューから25年経った今でも数字がしっかりついてくる点には驚きだ。オリコンは前述した通りだが、Billboard JAPAN総合アルバムチャート「Hot Albums」でも1位を獲得。 そのほか、配信やストリーミングではiTunesの日本・台湾・香港・マカオなどの8つの国・地域で総合1位、J-POPチャートではUS・UK・スペイン・カナダ・オーストラリアなど23の国・地域で首位。全国的に各ラジオ局のチャート番組でも上位にランクインするなど、フィジカル/デジタル/ラジオといったあらゆる領域で目覚ましい結果を残している(※1)。

このように現在でも宇多田ヒカルがトップランナーでいられるのは、彼女が“常に変われる人”だからではないだろうか。世の中の動きに敏感で、新しいものを取り入れ続ける。そして自分の作品へと落とし込んでいける、唯一無二の才能の持ち主。だからこそ、今の時代に生きる人たちも彼女の音楽を求め、耳を傾けているのだと思う。

たとえば「Automatic」にしても、当時のR&B~コンテンポラリーなブラックミュージックを吸収したサウンドを放っている。しかも、それがあくまで自然に滲み出たものとしてアウトプットされていて、元から体に染み付いていた感覚も同時に受ける。もちろん米国育ちで幼い頃から培ったリズム感覚が備わっているのも大きいが、拠点をイギリス・ロンドンへと移した後も、「BADモード」や「Somewhere Near Marseilles -マルセイユ辺り-」といった現代的な意匠を取り入れた洗練されたサウンドに取り組み、その変幻自在な姿勢を見せてきた。こうした時代に合わせて変化できる力が多くの人々を惹きつける要素になっていると思う。しかし、だからと言って過度にトレンドに同調するわけでもない。新曲「何色でもない花」は、先述のインタビューで「簡単に言うとバッハとR&Bとトラップみたいな感じ」とコメントしているように、リズムやサウンドには彼女にしかできない斬新なオリジナリティがある。そうした独自のセンスを保ちながら、常にその時代の音にアンテナを張っているのが宇多田ヒカルだ。

“常に変われる人”という点では、今回新たにレコーディングし直したり、ミックスし直した楽曲を収録したことにもその姿勢が表れている。今の自分であればこう歌う/こういう音にする、というアップデート感覚がそうさせているのだろう。そもそもストリーミングサービスが定着し、それに伴ってプレイリスト機能が人気を集める昨今、ベスト盤というものの存在意義自体が問われているように思う。そうした中で、時代に合わせた新しい形に整えて再発表するということは非常に意義のある行為だ。今の耳/肌に馴染む音にして世に出すことは、時代的にも、そして彼女の信条としても必要なことだったのだろう。とりわけイギリスの気鋭プロデューサーA. G. Cookが参加した「光」は、原曲の美しさやエモーショナルな感覚はそのままに、今の音楽シーン特有のアンビエンスが施され、今作のタイトルのSF的なイメージにも繋がる秀逸な一曲となっている。

また、宇多田ヒカル作品と言えば、文学的な深い歌詞表現が魅力だが、その中にも確かに存在する一人の人間としての等身大の肌感覚を織り交ぜたフレーズは、現代の若い世代にも愛されるべきポイントだ。そうした意味でも、今こそ聴かれるべき一枚である。

※1:https://www.utadahikaru.jp/news/15xgc_86bd3d/

(文=荻原梓)

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