「運動オンチ・40代主婦」人生を変えた「登山との出会い」経験ゼロからの体験レポ

左奥から赤岳、中央の低いピークは中岳、右は阿弥陀岳(撮影:兎山 花)

登山歴9年、50代、アルプス縦走やテント泊、雪山など一年を通して年40回ほど登山を楽しんでいるが、10年前までの筆者はごく平凡な主婦だった。夢や趣味もなく惰性で毎日を過ごしていたが、「登山」と出会い、生きがいをもち、自分軸で生きられるようになった。そんな筆者の「登山デビュー話」を公開する。

この記事を読めば、登山に興味がある、趣味を見つけたい、生きがいのある人生を送りたいと思っているあなたも、きっと新しい自分に挑戦したくなるはずである。

■運動オンチ40代の平凡な主婦が、なぜ登山をはじめたのか?

40代のころは運動嫌いだった。移動は車、階段は使わずエレベーターを利用。子育てと家事と仕事に追われる毎日で週末をダラダラと過ごす。生きがいのない生活に焦りを感じつつも、特別やりたいこともなく、惰性で毎日を送っていた。

2014年の1月、学生時代の友人に会うため、電車で大阪に向かった。久しぶりに訪れた大阪駅は、お正月ムードで熱気があり、キラキラと輝いていた。気分が高揚していたのか、長いエスカレーターの列を避けて階段を昇る人波の後に続いた。颯爽と階段を昇るはずが、途中で失速してしまう。重い体を引きずりながら、なんとか長い階段を昇る。冬なのに階段の昇りで汗をかき、自身の体力の衰えを痛感した。ふと振り返ると、ショーウインドウに無理してオシャレしたヨボヨボのおばさんが映っている。10年前の筆者だ。

見て見ぬフリをしていた現実を目にして愕然とする。このままでは体力が衰え、老ける一方だと感じ、体を動かそうと決意した。

これがきっかけとなり、登山をはじめることになるのだが、筆者が目指した八ヶ岳への道のりは果てしなく遠かった。

■登山経験ゼロの主婦が登ろうとしたのは「八ヶ岳」

自分を変えたい、若返りたいと思いスイミングやゴルフ、テニスなどに挑戦してみたが、運動オンチでうまくできないから楽しくない。何をやっても長続きしない自分自身に腹が立ち、ますます自己嫌悪に陥った。

しかしそんな筆者に転機が訪れた。

ある日、人気バンド「チェッカーズ」の元ボーカルである藤井フミヤが山に登るテレビ番組を見た。登山に興味があったわけではなく、昔好きだったミュージシャンが出演するというので番組を見ていた。

50代になった彼が挑戦したのは、長野県と山梨県にまたがる八ヶ岳。八ヶ岳とは、標高2,899mの「赤岳」を主峰とした山々の総称で、正式には「八ヶ岳連峰」と呼ばれる。

懐かしい当時のヒット曲とともにテレビに映し出されたのは、必死に山に登っている藤井フミヤの姿だった。中学生のころ、筆者にとって大きな存在だった人が八ヶ岳の大自然の中ではとても小さく見えた。「私も八ヶ岳に登りたい」と思った筆者は、テレビ画面に映し出された八ヶ岳の詳細ルートを当時使用していたガラケーで撮っていたのだ。

【北八ヶ岳ルート】
麦草峠〜白駒池〜高見石(たかみいし)小屋〜中山〜黒百合ヒュッテ〜東天狗岳〜西天狗岳〜根石岳(ねいしだけ)〜本沢温泉〜稲子湯(いなごゆ)

■藤井フミヤの登山番組を見る → 登山学校入学 → 山岳会入会

八ヶ岳に登るため、筆者はまず山岳連盟主催の初心者対象の登山学校に入学し、登山の基礎を勉強した。人一倍体力がない筆者は、みんなについていくだけで精一杯。しかし、新しい友達ができたことは何よりもうれしかった。

全9回のカリキュラムを終え、どうしようかと悩んでいるとき、登山学校で仲よくなった友人から山岳会に誘われた。山岳会なんてハードルが高すぎる。しかし、一人では八ヶ岳どころか、どの山にも登れない。このまま何も行動しなければ、また中途半端に終わってしまうと自分に言い聞かせ、足手まといになるのは承知のうえで、山岳会に入会した。

■体力が向上し、登山が楽しくて仕方がないと思っていた矢先、新たな難関が立ち塞がる

三重県八鬼山(やきやま)の登山道にて

山登りに必要な体力は山登りでつけられることを知ってからは、可能な限り山岳会の活動に参加した。1年が経過すると、筆者の体力は、階段で息を切らしていたころとは比べものにならないほどに向上していた。

しかし、現実はそれほど甘くはない。新たな難関が筆者の前に立ち塞がる。ある日の下山中に突然、膝に激痛が走った。痛みに耐えながらなんとか下山する。それからというもの、下山のたびに膝が痛み、メンバーから後れをとるようになった。整形外科でレントゲン検査してもらうが異常なし、接骨院や整体にも通ってみたが治らず、原因不明。そんな状態が1年以上続き、これ以上メンバーに迷惑をかけるわけにいかないと思い、腹をくくった。

登山の帰り、「痛むのであれば、辞めるしかないよね」と言われるのを覚悟して、治らない膝の悩みをリーダーに打ち明けた。しかし、リーダーの返事は予想外だった。

「膝の痛みね、みんななるよ」

「え? みんな?」

「着地の際、膝の向きをこまめに変えたり、登山道を端から端までいっぱいに使ってジグザグに下りたら、痛みがマシになるよ。どうしても痛かったらサポートするし、ゆるい林道を歩くときは後ろ向きで下山するのもありだよ」と。不思議なもので、しばらくすると膝は痛まなくなった。

■夢だった「八ヶ岳」に登頂

山岳会に入って4年目の2018年1月、チャンスがやってくる。八ヶ岳登山の計画が浮上したのだ。それも雪山。ピッケルとアイゼンを使用した登山は経験済みだった。このチャンスを逃したら、いつ次の機会がやってくるかわからない、今しかない。思い切ってエントリーし、夢だった八ヶ岳の「天狗岳」に登頂した。

初めての八ヶ岳は氷点下10℃以下、「寒い」以外の言葉が出てこない。意外なことに一度経験すると、さらにチャンスに恵まれ、今日まで13回八ヶ岳に登った。周りからは「また八ヶ岳に行くの? 好きだね」とよく言われる。それもそのはず、筆者の住む関西から八ヶ岳までは車で約5時間もかかるのだから。

■まずは一歩踏み出すこと

あのとき、登山を始めていたからこそ今の自分がある。生きがいとなる趣味を見つけ、人生いくつになっても挑戦できることを知った。実に、私のまわりには60歳から登山を始める人もたくさんいるのだ。

もちろん何かを始めるにはお金もかかる。しかし、健康的な生活と生きがいのある人生と引き換えに、今まで登山に費やした費用を利息つけて返してくれると言われてもお断りだ。仲間と一緒に新しい山に挑戦している今が、とても楽しいからだ。

一見無理に思えるようなことでも、行動したからこそ生きがいを得た今がある。ぜひあなたも、やりたいことがあるなら一歩踏み出してほしい。きっと新しい世界が開けるはずだ。

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