外回りは午前3件・午後3件がマスト 元社員が語る学生就職人気の「キーエンス」の人材育成力とは

キーエンスのブース(C)提供写真

高収益・高給で知られ、就職活動中の学生にとって注目企業としても知られるキーエンス。その人気の秘密を同社で営業マンを務め、現在では大学受験専門のオンライン塾の経営兼講師を務める名川祐人氏が解説する。キーエンスの強みは「人材育成力」にあるという。新入社員を”即戦力化”する人材育成法を語った。

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私はキーエンスに6年いましたが、最初の2~3年で恐らく他社のベテラン営業マンと渡り合えるぐらいの営業力は身に付いていたと感じます。それは決して自分がすごいのではなく、圧倒的なスピードで育成をしてもらったからです。

最近キーエンス出身の方々の書籍などが発売され、会社組織の秀逸な仕組みや生産性の高さは世の中の知るところとなりましたが、それらを支える営業マンの育成風土が非常に優れている点にも言及したいところです。現在の私の仕事である大学受験指導にもかなり応用できるものがあります。

キーエンスでは1年目から自分1人だけの営業担当エリアが与えられます。そのエリアから売上を生むことができるかどうかは自分にかかっており、チームの目標達成に貢献できるかどうかのプレッシャーはありますが、早期から当事者意識を強く持つことができる環境があります。

ただ、そこで新入社員にすべて任せて放置することはありません。例えば外回りに行く前日の夜には、上司に営業プランを提出します。客先をどのようなスケジュールで訪問するのか、そしてそこでどのような提案をする予定なのか、細かく報告します。

それに紐づき、実際の営業シーンを想定して、上司に顧客の役をやってもらいロープレを実施します。私のチームは先輩社員が6人いましたが、その方々が交代で面倒を見てくれるのです。外回りは大体週3回ほどでしたので、1日おきに上司にロープレ指導をしてもらっていたことになります。

訪問予定の顧客の業種・職種・役職に合わせたトーク、商品提案なのか情報取得なのかという目的に合わせたトーク、商品のPR手法や工夫など、実際の客先を想定した営業ロープレを高頻度で実施してもらうことで、どんどん自分の中に知識と経験が積みあがっていきます。

外回りから帰ってきてからも、結果報告の1on1も実施してもらえるので、うまくいかなかったことの原因分析や、他にどのような選択肢があり得たのかなど、本当に様々なことを教えてもらいました。年次が上がるにつれて頻度は減っていきますが、それでも学び合いの風土が常にあったように感じます。

ちなみに私がいたときは、外回りは午前3件・午後3件がマスト。それ未満しかアポがなければ1外出あたりの効率が悪いとされ、外出はNGでした。1カ月で100人ぐらいの顧客と面談していたと思います。ロープレや実戦を合わせた日々の営業「量」と、丁寧に指導してもらえる育成の高い「質」が掛け合わされば、若手営業マンの成長スピードが速いのは必然と言えます。

他社で営業職に就いている学生時代の友人などと話す機会は多々ありましたが、キーエンス以上に1日の営業訪問件数が多い会社はありませんでしたし、キーエンス以上に高頻度でロープレ指導などの教育を受けている会社もありませんでした。

この新入社員をすぐに即戦力化する「量×質」の最大化は受験勉強においても必須です。

私は現在オンライン専門で大学受験指導をしています。オンライン学習というと、自宅で集中しづらいとか、講師とのコミュニケーションが希薄で効果が出ないという印象を持つ方もいるかもしれません。

しかし私の塾、Studyコーデでは週3回の授業日には、動画や参考書で勉強をしてきた生徒と夜に必ずオンライン面談を実施するルールになっています。その日の重要事項や、問題の解法を生徒の言葉で説明させたり、次回の確認テストに向けた学習プランを発表させたうえで改善アドバイスをしたりしています。講師は社会人のプロのみで、生徒1人に講師1名を専属でつけて対話指導のクオリティを維持しています。それほど高頻度にプロ講師と面談があること、つまり「量×質」を高く保つ仕組みがあることで、生徒の成長は確実かつ高速なものとなると考えています。

人を育てることには時間と費用の膨大なコストがかかります。それはビジネススキルでも学業でも恐らく共通しています。

学習塾で言えば、AIツールや大学生アルバイトを活用したり、面談頻度を週1回などに下げたりすれば、人件費を削減して経営面の安定は図れるかもしれません。

しかし、本気で生徒を高みに導くのであれば「量×質」の最大化にこだわることがやはり重要なのではないかと、私はキーエンスでの経験から感じて今の塾をつくっています。

ハイレベルな営業の先輩に高頻度で稽古をつけてもらっていたように、社会人プロ講師が高頻度で本質的なコミュニケーションをとることで生徒の成績を上げています。

私のキーエンス時代の上司は「部下の成長が、自分の価値に直結する」と言葉にするぐらい責任感を持って育成に取り組んでくださる方で、その姿勢に私も大きな影響を受けました。

受験指導でも、生徒のパフォーマンスの高低は、講師のパフォーマンスの高低を反映したものだと考えて取り組むようにしています。

優秀な人材を育てることに、簡単な近道などありません。上司、先輩、先生などと呼ばれる立場にある周囲の人間が、知識やスキルを丁寧に伝承して浸透させることが肝要です。キーエンスにはそれを当たり前に日々実行する風土があるのだと思います。

▽名川 祐人(ながわ・ゆうと) 1985年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、株式会社キーエンスの営業職を経て大学受験業界へ。オンライン大学受験塾「Studyコーデ」や高2までの英語塾「OUTCOME」を設立し、オンラインを中心に全国の受験生を指導している。

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