社食や社宅…年々減少する「法定外福利費」問題 社員への投資コストはムダ?

都内一等地でマンション住まい(イメージ)(C)日刊ゲンダイ

就職活動で重視するのは?

2022年8月2日、創業32年目にして株式上場したIT企業がある。企業向けのクラウドシステムサービス会社「日本ビジネスシステムズ(通称JBS)」だ。虎ノ門ヒルズに本社を構え、売上高1128億円(2023年9月期)、社員数2500人の大企業ながら、BtoBのため、知名度は低い。同社の牧田幸弘社長が役員の反対を押し切ってつくった名物社員食堂「ルーシーズ・カフェ&ダイニング(通称ルーシーズ)」は、同業他社や大手企業の関係者が視察に来るほどの注目を集めている。牧田氏はその社員食堂のほか、社宅に都内一等地のマンションを借り上げるなど「人的資本経営」へのこだわりが半端ない。新刊「なぜ最先端のクラウド企業は、日本一の社員食堂をつくったのか?」(発売:講談社)から、「社員への投資コスト」について考えてみる。(以下、本文を一部再編集しています)

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昨今の就職活動では、給与以外に働きがいや福利厚生を重視して勤め先を選ぶ人が増え ています。リクルート就職みらい研究所が行った「就職プロセス調査2022年卒」では、 年収よりも「自らの成長が期待できるか」「希望する地域で働けるか」「福利厚生(住宅手 当等)や手当が充実しているか」を重視する人が多いという結果が出ています。

■新入社員の社宅は神宮前、麻布十番など一等地のマンション

JBSの福利厚生のうち、社員食堂と並ぶ目玉が「社宅」です。とにかく「いい場所にある」と評判なのです。社宅といっても一軒家ではなく、全てマンションです。ほとんどが一棟借りか一棟買いした物件です。その数は 19棟576戸(2024年3月現在)にも上ります。 間取りは、1LDKや2LDKが多く、基本的には一人暮らしや、DINKSなどの2人暮らし向けです。物件の一覧表を見ると、所在地は神宮前、麻布十番、東麻布、神山町、白金台、湯島、 江戸川橋、五反田といった山手線内の一等地が目につきます。いずれも、有名・人気スポットで、通勤や日常生活に非常に便利です。

これらのマンションの一室に、JBSの社員は割安料金で住むことができます。なかなかの厚遇ぶりですが、ポイントは主に若手社員向けの社宅だということです。その理由について牧田氏は、「我社の新卒社員の半分近くが東京都外の出身者です。初任給で都心に部屋を借りようと思ったら相当な家賃になります。しかし遠くから毎日通うのは大変です。経営者として、通勤の不便を忘れて、仕事に集中してほしいと思うのは当然」と語っています。 麻布十番に住んで、虎ノ門のオフィスに通う--。まるで平成のトレンディードラマのようです。それらを若い頃に見て憧れた世代の親御さんにとっては、羨ましくもあり、安心かつ誇らしいのではないでしょうか。

最新の高性能パソコンは若手社員優先に支給

社宅に限らず、JBSは、「若手ファースト」をコンセプトに掲げています。例えば、最新の高性能パソコンは若い社員から優先的に支給されます。かつて行われていた社員旅行でも、若手社員ほど眺望の良い部屋があてがわれたそうです。なんとも羨ましい話です。

その理由について牧田氏は、「若い人ほど吸収力が高い。だから最新の高性能なパソコン をどんどん使って、どんどん仕事を覚えて欲しい。眺望の良い部屋は、若いうちにたくさん感動させてあげたかったからです。感動は必ず仕事に良い影響を与えますから」と答えています。

■法定外福利費は年々減少傾向に

「人的資本経営」には不可欠な福利厚生。一般的に、企業はどれくらいの福利厚生費をかけているのでしょうか。2020年 12月に日本経済団体連合会が発表した「第 64回福利厚生費調査結果報告」によると、2019年度の従業員一人当たりの福利厚生費の総額は平均で1カ月 10万8517円。そのうち法定福利費は同8万4392円、法定外福利費は同2万4125円でした。

福利厚生費には、法定で定められた「法定福利費」と企業が自由に定められる「法定外福利費」の2つがあります。法定福利費は社会保険など法律で定められているもの、法定外福利費は通勤費や住宅手当、健康診断費や慶弔費、各種レクリエーションなど です。社員食堂や社宅は後者に当たります。推移を見ると、法定福利費は2003年度に7万円台を超え、 13年度には8万円台を超えるなど、一貫して上昇傾向にあります。しかし、法定外福利費は抑制傾向にあります。つまり、社員に対する衣食住のサポートは年々手薄になっているのです。 福利厚生をどれくらい手厚くするべきかは意見が分かれるところでしょう。社員のエンゲージメントやウェルビーイングといったことが取り沙汰される昨今、無視するわけにはいきません。しかし先立つものがないというのが経営者の本音でしょう。しっかりと業績に跳ね返ってくると分かれば決断もしやすいでしょうが、それを裏付けるデータは今のところ見当たりません。

牧田氏は反論します。「正直なところ、費用対効果が計算できるならやろうという発想自体が問題ではないでしょうか。本当の費用対効果は何年も先に出るものですし、社員への投資には、コストで 計算できない価値が私はあると思います」
社員への投資はコストではない――。

いま、「人的資本経営」という言葉がビジネスの現場ではホットワードになっています。人材を「資本」=財産と捉え、その価値を最大限に引き出すことが中長期的には企業価値向上につながるという考え方です。会社選びの基準も変わってきています。

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