不思議な魅力を持つ障がい者アート。その価値をもっと知ってもらって、障がい者の生きがいや収入のアップにつなげていこうという会社を1人の女性が立ち上げました。企業や地域全体をまきこんで障がい者アートに光を当てる、これまでの福祉制度にとらわれない取り組みです。
障がい者アートのイベント、仕掛けたのは?
鮮やかな色彩や規則的に並んだ模様。障がい者が描いたアート作品です。
絵を見た子ども
「(Q何に見える?)宝石!うす黄緑でここら辺に光が入ってるみたいにきれいだったから」
何が描かれている?あなたが作者だったらタイトルは何?参加者は思い思いに自分の考えを発表します。
男性
「暗いタイトルかもしれないですけどあとの祭りっていうタイトルを考えました。ヨーヨーすくいの水槽みたいなので」
東京工芸大学名誉教授・ソーシャルデザイナー 福島治さん
「あー、これが水槽!」
アートとの対話、参加者どうしの対話を通して観察力や想像力を研ぎ澄ませます。「脳が脱皮する美術館」。イベントを仕掛けたのは田布施町の松村瞳さんです。障がい者のアート作品を地域とつなぐ「七福アート」という会社を立ち上げました。
障がい者アートと社会をつなぎたい
松村さんは岩手県出身。高校を卒業後、東京で美容師やカラーコーディネーターとして働きました。山口県に来てから10数年、県東部の福祉作業所で創作活動の支援員として働く中、障がいの特性ゆえに生まれる自由な発想の作品のすばらしさに気付きました。
しかしアートは評価を得にくく、収入にもつながりにくいことにもどかしさを感じていました。何か所かの事業所を経るうち、「自分が障がい者のアートと社会とつなぐ役割を担おう」と思い至り、独立を決めました。
七福アート 松村瞳さん
「これから先の未来をどう築いていくか考えたときに一つの中の事業所の中、福祉の世界だけでは、もうこの先は何か行き詰まっていく、特に創作活動やアート表現活動においてはそこの垣根をなくしていきたいなっていう思いがあります」
会社設立にあわせて周南市で開いたスタートアップイベントには、障がい者家族や福祉関係者だけでなく、企業や行政、大学からも参加者が集まりました。
松村さん
「未来を創りたい、そんな思いから施設を退職し、独自に切り開く決意をいたしました。できるかできないかわからないけどとにかく挑戦、42歳の大冒険です」
障がい者家族・久米慶典さん
「松村さんが今作ろうとしている障がい者の文化芸術のプラットホーム、これが山口にできるってことはすごく大きな意義があるんじゃないかと思うんです。もっともっともっともっと、埋もれているような才能や作品がこれによってでてくるんじゃないかなと思います」
先駆者との出会い
松村さんは去年、県が主催する起業塾を受講しました。そのなかで出会ったのが東京工芸大学名誉教授でソーシャルデザイナーの福島治さんです。
東京工芸大学名誉教授・ソーシャルデザイナー 福島治さん
「アートを通しながらちゃんと人と人との心がつながるっていうことをたくさんぼくは経験してきました。ですので単なる絵ではなくとても大切なコミュニケーション手段なんですね」
福島さんは障がいのある人の個性を活かしながら、革新的なサービスや商品を創り、社会への参加や収入支援などの事業を展開しています。県内でもこれにならった取り組みで、障がい者や家族、支援員、企業や地域、社会全体にも福をもたらす。それが七福アートです。
アートレンタル「自由な発想を社内に」
松村さんは3月、周南市の企業を訪ねました。港湾荷役や運送業務を営む周南市の「京瀧」。オフィスと応接室には、大阪の障がい者が描いた絵が飾られていました。アートレンタルです。七福アートに登録した作家の作品から、1年分を選んでもらって3か月ごとに掛けかえます。企業にとっては手軽に始められることや、絵が変わることで社内の雰囲気も変わるというメリットもあります。
京瀧 京瀧崇久社長
「無機質なものしかない部屋だったんですけれども、ものすごく自由な発想で固定概念にとらわれない絵がそこにあるっていうだけですごく気持ちが和らぐっていうか。みんな心が余裕が生まれました」
思いがけない気づきもありました。
京瀧 北嶋雪子さん
「お花がかわいいとか犬がかわいいとか、あれ、違うかわいいだねっていう感じで、ちょっとしたほほえましい瞬間があったりして。仕事の話しかしていなかった人ともあ、こういう感じ方されるんだなっていうことを知れてちょっと近づけた感じがしたので」
松村さん
「作家さんご本人にその思いが届いてすっごく喜んでくださってるそうです」
京瀧社長は障がい者の支援になると同時に、社員が多角的な考え方や手法を編み出す上で、有効な手段になり得ると考えています。
京瀧社長
「本当に自由だなって思うだけでたぶん脳って柔らかくなってくると思うので、やっぱり今世の中っていろんなルールに縛られてるじゃないですか。ルールに縛られないものを会社に置いておく、リベラルアーツを日常の風景の中で示していけるいい手段だなとも思ってます」
アーティストの発掘活動も
福祉作業所利用者の女性
「私の飼っているネコの『メバル』です」
松村さんは県内の作業所を回って作家を発掘しています。生活支援が主な活動となる福祉作業所では、障がい者の創作活動は2の次になりがちです。周南市の「けあぽーときゃんぱす」では、障がい者が生活介護の一環として創作活動を楽しむだけでなく、作品として収入につなげるためにはどうしたらよいか模索していました。指で絵の具を載せていく人、丸や四角やドットを繰り返し描く人、モチーフや画法もさまざまです。
松村さん
「これぐらいの大きさのをくっつけて何枚も作ってそれを大きくひとつの作品にできるので」
支援員
「あー、おもしろいですね」
松村さんと福島さんは作業の様子を見て、能力の見いだし方や伸ばし方をアドバイスします。
福島さん
「その人の得意なこととか好きなことがそこの中に表れるとこれは彼しか作れない作品になります」
支援員
「彼の個性がばっちりこう出てるってことですよね」
新聞紙を丸め始めました。
福島さん
「丸めてやってるのがたぶん気持ちがいいっていう。人によってはそれずっと集めるとだんごの固まりになって作品になる場合もあるので」
その人が好きなことを自由にやってもらうことで、個性が出て多彩になる。枠にとらわれない支援です。
福島さん
「その人らしい楽しい時間を過ごすっていうことが、大事だと思うんですね。自分が楽しいこと、その時間が過ごせれば、それは自分の人生にとって豊かな時間になるので。アート活動が認められれば、それは支援員さんも嬉しいし本人にとっても嬉しい。外部のいろんな人がそこに応援団で参加して、そしてその可能性を社会の力で引き出すっていう、そういう時代に今なってるんじゃないかなと思います」
けあぽーときゃんぱすサービス管理責任者・髙本一朗さん
「かなり衝撃を受けたというか感動しましたね。どうしてもわれわれは枠にとらわれて見がちなので。もう全て受け入れる、開放するっていうのを職員でやっていきたいなときょうは強く思いました」
問題行動と捉えがちな行動もアートに
障がい者の特性をいかに個性として受け入れ、表現や作品にしていくか。障がい者とぶつかり合いながらも、ありのままを受け入れようと試行錯誤している施設もあります。光市の「福祉メイキングスタジオうみべ」。建物から2人の男性が出て行きます。利用者のOjiさんとオカピーさんです。
Ojiさん(49)
「あー気持ちええね、きょうは」
オカピーさん(53)
「うん、気持ちいい」
Ojiさん
「気温はいいね」
オカピーさん
「気温はいい、うん」
Ojiさんとオカピーさんはうみべに出勤すると毎日、施設周辺の室積地区に散歩に出ます。散歩中の2人の会話を記録しそれをSNSに投稿したところ評判になり、今では2人の散歩の動画を作るほどになりました。多くの施設では問題行動とされるであろうただの散歩が仕事になったのです。
Ojiさん
「きのうなんかも『あれ、よく会いますね』って声かけられたり、そういうことがあるとすごいうれしいですよね」
オカピーさんは絵も描きますが、当初は売れませんでした。しかし、散歩をはじめ彼の性格、個性といった背景も作品と一緒にアピールすると人気が出始めました。
オカピーさん
「散歩でイメージが沸いてきます。Ojiのおかげで助けられてるんで。こうやって仕事させてもらうのも達成感があるし」
2人の散歩の様子はデザイン化され、商品になっています。
福島さん
「人間本来散歩って幸せな時間であるべきってのを教えてくれていますね」
福祉メイキングスタジオうみべ代表 前﨑知樹さん
「そうなんですよ、僕たちもそれを意識してなかったけど、彼らがそういうふうにたくさんの人たちを笑顔にするんなら」
福島さん
「1人1人の個性をポジティブに」
前崎さん
「そうですね」
障がい者の誰もがアートに興味があるわけではありません。ここでは心地よいと感じる場所に、寝転がる人もいればしゃぼん玉を吹く人もいる。障がい者の強烈な個性をポジティブに捉えてその人なりの意思表示、表現方法として受け入れています。
前崎さん
「利用者、アーティストの背景を考えるっていう発想ですね、この発想がもっとたくさんのところに広がれば、きっと問題行動がアートに変わる時代がくるんじゃないかなって感じました」
制度の枠を超え地域全体で支える
従来の福祉の枠組みから離れ、施設や制度の壁を越えて地域全体で障がい者の創作活動を支える仕組みをつくる。さまざまな施設や障がい者がそれぞれの思いを抱える中、松村さんの起業に期待が寄せられています。
障がい者の家族
「本人が好きで描いてる絵なんですけれども、こういった形でみなさんの目にとまるとは、夢にも思ってなかったので」
別の家族
「障がいのある方々に光があたり、また人生が豊かで幸せなものになっていけたらいいなと本当に親としてありがたく思います」
松村さん
「本当にこれ感動するなっていう思い1本で、表現活動のファンとして携わることができてるってことで、企業や地域社会のみなさんが1人でも多く、障がいを持つ方々の可能性を知って、アーティストのファンが地域で増えていく、そして認めていただいた作者、アーティストたちがその地域で受け入れられて愛されて生きていく、そんな社会を夢見ています」
誰もが地域で生きがいを感じて、働くことができる。未来を豊かにするための挑戦です。