格闘技で対戦相手を死傷させても“罪に問われない”ワケ ボクシング史上最悪の“耳かみ事件”も無罪?

格闘技では傷害罪が成立するケースもある(siva_ontherock / PIXTA)

骨と骨、肉と肉をぶつかり合わせる格闘技。昨年12月、プロボクシングの日本バンタム級タイトルマッチ戦で、試合後に挑戦者だった選手が亡くなった。

時には対戦相手を死傷させるケースもある格闘技だが、相手選手を死傷させても殺人罪、傷害罪に問われることはないという。それはなぜなのか。

格闘技での死傷、相手選手が罪に問われないワケ

後世に語り継がれる名試合だった。冒頭で紹介した昨年12月のタイトルマッチ戦で、挑戦者は王者に果敢に挑み、タイトルを奪おうとするところまで追い詰めた。接戦の末、挑戦者は判定負けを喫したが、「スゲー試合」「マジで感動した」とファンから称賛の声を浴びた。しかし、身体へのダメージは大きく、試合後に右硬膜下血腫で緊急手術。意識が戻らないまま、およそ一か月後に亡くなった。

事故を受けて日本ボクシングコミッション(JCB)は3月、弁護士を長とする7人でつくる事故検証委員会を設置。今月15日には、同委員会から事故に至った検証と、再発防止策の提言などの報告書が提出された。これに対しJBCは「できるだけ早く具体的な再発防止策などに取り組んでまいります」とコメントした。

死亡事故こそ多くはないものの、選手同士が激しく接触する格闘技では、相手選手を死傷させてしまうケースは起こりうる。しかしそんな時でも、対戦相手だった選手が罪に問われることはない。

その理由について、空手とボクシングそれぞれの神奈川県大会で優勝、井上尚弥選手(大橋ジム)と共に練習の経験もある益子大悟弁護士はこう説明する。

「刑法では『法令又は正当な業務による行為は罰しない』(35条)と規定されています。ボクシング等の格闘技は社会的に正当なスポーツとして認められており、ルールに従って行われる限りにおいては、同条の『正当な業務による行為』にあたると考えられます。

そのため、試合や練習で、仮に相手を負傷させたとしても、違法性が阻却(そきゃく:退けること)され、犯罪が成立しないことになります」

傷害罪が成立するケースも…

しかし、「ルールに従わない反則行為により相手選手を死傷させた場合」は、「殺人罪や傷害罪等が成立する可能性がある」と益子弁護士は続ける。

たとえば、ボクシングでは後頭部を殴打することが、レスリングでは故意に相手に頭突きを入れることがそれぞれ反則行為と定められている。また、打撃技と組み技のすべての要素を取り入れオープンフィンガーグローブ(指先が開いたグローブ)で戦う「総合格闘技」では目を突く行為(サミング)が反則だ。

このような反則行為によって、意図的(故意)に相手にけがを負わせた場合は、「ルールに従わず相手にケガを負わせた」と見なされ、傷害罪が成立し得るという。

益子弁護士は、故意に相手を負傷させた例として、「ボクシング史上最悪の事件」とも語られる試合を挙げる。

1997年6月に米・ラスベガスで行われたWBA世界ヘビー級タイトルマッチ戦。マイク・タイソン選手が王者イベンダー・ホリフィールド選手に挑戦した試合の3ラウンド目、相手の体をホールドし攻撃を止める「クリンチ」の姿勢になった際、タイソン選手がホリフィールド選手の右耳を約2センチ食いちぎったのだ。試合は同ラウンド終了時点で中止となり、タイソン選手は反則負けとなった。

「仮にあの事件が日本で起こった場合は、明白な反則行為になり傷害罪が成立する可能性が高いと思います」(同弁護士)

ちなみに、監督やコーチなどが試合前、または試合中に反則行為を選手に指示し、実際に選手が反則行為で対戦相手を負傷させた場合については、「コーチらについても共犯(正犯・教唆犯等)として犯罪が成立する可能性が高いと思います」(益子弁護士)という。

故意でなければ「賠償金や慰謝料を支払う必要ない」

反則行為などの結果、相手を死傷させてしまえば、刑事責任だけではなく民事上の責任も問われ賠償金や慰謝料などを支払うことになる。しかし、あくまで「ルールに従った正当な行為」内での死傷事故であれば、相手選手が民事責任に問われることもない。

「お気持ちとして、死傷させてしまった相手(家族・遺族)にお見舞いやお香典を渡すことはあり得ると思いますが、法的に賠償金や慰謝料を支払う必要はありません。

私自身がもし格闘技中にケガをしてしまったとしても、ボクシングなどの格闘技は相手を負傷させることが予定されたスポーツなので、相手が反則行為さえしていなければ、致し方ないことだと思います」(益子弁護士)

© 弁護士JP株式会社