2000年代より日本で注目されるようになった「物言う株主(別名:アクティビスト)」。投資手法が強圧的として世論や経済界から受け入れられず、利益をむさぼる「ハゲタカ」などと揶揄されることもあったが、日経新聞の上級論説委員兼編集委員である小平龍四郎氏は「いまやイメージは変わってきている」と語る。
みんなが「物言う株主」だ
アクティビストを「物言う株主」と呼ぶことに強い違和感を抱くようになった。最近の例を挙げれば、花王にブランドの絞り込みやマーケティングの強化を求めたオアシス・マネジメントを「アクティビスト」と呼ぶのは当然だが、「物言う株主」という日本語を当てはめてしまうと伝統的な資産運用会社や個人投資家を「物言わぬ株主」と決めつけることにもつながる。
しかし、今日、資産運用会社や個人もまた、それぞれのやり方で自らの意見を会社に伝え行動変容を迫る。その意味では「物言う株主」なのだ。「みんな物言う株主」。あるいは、株主はすべからく「物言う」のだから、あえて「物言う株主」という言葉を使うまでもない。そんな時代になった。
オアシスは4月8日の記者会見で自らのキャンペーン「より強い花王」を説明した後、「すべての株主に同じような要求をしていただきたい」と述べた。会見後、筆者は何人かのファンドマネジャーに意見をオアシスの提案について意見を求めたが、頭ごなしに否定する声は皆無だった。むしろ「傾聴に値する要素を含む」「丁寧につくり上げられた印象」「目先の株主還元ではなくトップライングロース(売上高の成長)を重視している点は支持できる」といった声が多かった。
資産運用会社のアクティビスト化も進んでいる
オアシスのようなアクティビスト・ファンドも伝統的な資産運用会社も企業価値の向上を求める点では同じ。ここ数年は特に運用会社が議決権行使や、エンゲージメントを通じて企業に株主としての意向を伝える機会が増えているため、アクティビストと運用会社の利害は方向としては一致しやすい。
例えばニッセイアセットマネジメントは来年6月以降、株価純資産倍率(PBR)1倍未満で改善策を示さない企業について、代表取締役の選任に反対する。同社以外にも、自己資本利益率(ROE)や社外取締役の比率などによって、取締役の選任に反対するという会社は増えている印象だ。
2~3年前までであれば、会社側が経営改革に乗り出す意向を表明すれば、とりあえず取締役の選任は承認された。しかし、昨年からは数字の結果次第で問答無用に反対票を投じる動きが見られる。資産運用会社のアクティビスト化だ。
現在の「物言う株主」は企業との「建設的な目的を持った対話」を元に行動
大和アセットマネジメントが顧客に提供している「Market Letter」は3月1日付で「『物言う株主』を再考する」と題して、「アクティビスト宣言」ともとれるメッセージを伝えている。引用してみよう。
「『物言う株主』のイメージと言えば、短期的な利益の追求を目的として、企業に対して敵対的な買収を仕掛けたり、巨額の株主還元を迫ったりする『アクティビスト』や『ハゲタカ』と呼ばれる強面な投資家を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、このイメージは過去のものとなりつつあります。」
「現在の『物言う株主』は、企業との『建設的な目的を持った対話(以下、エンゲージメント)』を前提に行動します。その意味では、『アクティビスト』だけが『物言う株主』ではありません。弊社のような一般的な『機関投資家』もエンゲージメントを日常的に行っており、『物言う株主』の一員と言えます。」
(注:下線は筆者)
生命保険会社も声をあげるようになった
保険契約の見返りに株式を保有し、物言わぬ安定株主の象徴とも見られがちな生命保険会社も声をあげつつある。
生命保険協会は2月8日、「スチュワードシップ活動ワーキング・グループによる共同エンゲージメントの実施」と題して、23年度に①株主還元の強化②ESG((環境・社会・企業統治)情報の開示充実③気候変動の情報開示充実の3テーマについて、投資先の対話を強化する方針を発表した。
損害保険会社も含め、保険会社の株式保有は政策保有株と見なされることが多く、問題視する向きが増えている。特に企業保険料の事前調整問題をきっかけに、金融庁は大手損保各社に不透明な政策保有株を売却するよう指導している。政策保有への逆風が強まるなか、投資しているからには株主らしく振る舞うことが強く求められるようにもなっている。投資先企業へのエンゲージメント強化、すなわち「物言う株主化」には、政策保有への批判をかわす目的もある。
個人もまた、物言わぬ株主ではありえない。もともと株主総会で質問に立つのは圧倒的に個人であり、それ以外にも企業に意見を伝える機会は増えつつある。
スーパー事業への外部資本導入を発表したセブン&アイ・ホールディングスは、昨年の株主総会で井阪隆一社長の選任賛成率が76%と落ち込んだ。株主総会に足を運んだ個人株主は「食品に特化するというのであれば食以外の事業は取っ払ってしまった方がよい」「経営陣を入れ替えてほしい」など、口々に経営を批判したという。(23年5月29日付日経MJ)
企業は“資本市場の言葉で経営を語れる”人材が求められている
この一例が示すものは、個人のアクティビスト化だ。
野村証券の23年の個人投資家調査によれば、株主総会で議決権を行使した個人のうち「全議案に賛成した」とする割合は61.8%と、22年調査の69.2%から低下した。
「個人投資家は保有先企業に対する高いロイヤルティは変わらないものの、保有先企業の企業経営や企業価値への関心が高まり、自らが議決権行使を行うことでそれらに積極的に関与していこうとする姿勢が強まってきているのではないかと推察される」(野村資本市場研究所の西山賢吾氏)。
アクティビストは言うに及ばず、資産運用会社、生保、そして個人。上場企業には資本市場の全方位から改革要求が来るようになった。それに対峙する企業に求められるのは、市場に対する説明責任だ。資本市場の言葉で経営を語り、監督できる人材が強く求められているゆえんである。
経営再建を進めるワコールホールディングスは資本コストを意識した経営を徹底するため、オムロンでCFOを務めた日戸興史氏を昨年、社外取締役に迎えた。日戸氏はROIC(投下資本利益率)の考え方をオムロンに根づかせたことで知られる、財務のプロ中のプロである。社外取締役というと、求められる人材は女性や外国人を思い浮かべがちだ。しかし、市場に訴求力をもった人物もこれまで以上に求められるのではないだろうか。