トキワ荘に集った漫画家のように夢を語り合った画家の卵たちの未来を分けた戦争 南種子出身の戦没画学生らをモデルにした映画製作計画が進む

「戦後80年の節目に戦没画学生の姿を描きたい」と語る五藤利弘監督=鹿児島市の南日本新聞会館

 来年の戦後80年に向けて、太平洋戦争で戦死した画学生・日高安典さん=鹿児島県南種子町出身=をモデルにした映画製作の計画が進んでいる。映画「おかあさんの被爆ピアノ」を手がけた五藤利弘(東京)が脚本・監督を務め、今年10月から県内などで撮影に入る予定という。

 日高さんは1918年、種子島に生まれ、旧制鹿屋中学校を卒業後、東京美術学校(現・東京芸大)の油画科に進んだ。当時画学生たちが集ったアトリエ村で暮らし、後に文化勲章を受章した洋画家・野見山暁治さん(故人)らと腕を磨いた。しかし、招集され出征、45年4月にフィリピン・ルソン島で戦死した。日高さんが描いた作品は、戦没画学生慰霊美術館「無言館」(長野県上田市)に飾られている。

 五藤監督が無言館館主の窪島誠一郎さんら関係者と交流する中で、映画化を決めた。映画では広島県竹原市出身の戦没画学生・手島守之輔さんも取り上げる。

 今年10月から撮影を開始し、来年完成させたい意向。「アトリエ村には漫画家のトキワ荘のような趣があったようだ。その楽しさと夢を奪われた人がいる一方、生き残った人は名を残している」と五藤監督。「残酷さ、悲しみを繰り返さないため、映画として刻みたい」という。

 映画の賛助者も募っている。「戦没画学生映画をつくる会」=090(1556)4278、メールto-go-to@qg7.so-net.ne.jp

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