『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』が持つ“衝撃”の意味 長い時間を経て結ばれた点と点

『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』がついに公開2周目に突入。オープニング興収が33億円超えというロケットスタートを記録した本作は、キャッチコピーにあるように“怪盗キッドの真実が明かされる”とのことだった。しかし映画の内容としては、新撰組の土方歳三にまつわる日本刀を巡る宝の争奪戦であり、江戸川コナンと服部平次、そして怪盗キッド(黒羽快斗)の3人が他の2つの勢力に対抗してタッグを組む三つ巴が印象的である。加えて、サブプロット(もはやメインと言ってもいいかもしれないが)として、服部と遠山和葉の恋愛模様が描かれるラブコメとしての側面も強い。

※本稿には『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』の結末を含むネタバレが記載されています。

そんなふうに本作のキャッチコピーを忘れてしまうほど強烈な映画体験を受けたからこそ、映画のエンドクレジットシーンで明かされたとある“真実”を受け止めるには時間がかかったことだろう。おそらく、『名探偵コナン 異次元の狙撃手』の「了解」以来の衝撃的な幕引き。もちろん、劇場はざわついた。隣に韓国人の女の子2人組が座っていたのだが、韓国語を完全に理解できない自分でも彼女たちが感嘆の声を漏らし、「とんでもないサプライズだわ」と言っていることは聞き取れた。そう、本作で明かされた怪盗キッドの真実は海外ファンにも衝撃を与えている。そんな本作の衝撃が、原作から長い時を経て紡がれた物語としてどれほど意味があることなのか考えていきたい。

怪盗キッドが工藤新一と瓜二つだった理由

さて、まずは先述のキッドこと快斗の秘密だが、それはコナン(工藤新一)と従兄弟関係にあったこと……新一の父・工藤優作と快斗の父・盗一が双子の兄弟だったことである。これまでも劇中の様々な場面でキッドが新一に瓜二つであることは取り上げられており、劇場版では『名探偵コナン 天空の難破船』や『名探偵コナン 紺青の拳』などで、毛利蘭も新一に変装するキッドに騙されてきた。

キッドはもともと青山剛昌による『まじっく快斗』の主人公であり、『名探偵コナン』よりも前に彼らの物語は存在していた。キッドこと黒羽快斗が8年前にマジックショーの最中に事故死した世界的なマジシャンである父・盗一の隠し部屋を見つけ、その正体が大泥棒・怪盗キッドだったことを知るところから始まる本作。しかし盗一は事故死でなく他殺であり、キッドはその死に関わる組織が求める“不老不死が得られる”伝説のビッグジュエルを求めているのだ。しかし、『100万ドルの五稜星』のラストでは盗一の死さえも嘘だった(実は生きている)ことが判明した。つまりこのサプライズは『名探偵コナン』に限らず『まじっく快斗』のプロットベースをひっくり返すほどなのである。とはいえ、作者・青山の口から随分前に少なからず「黒羽盗一は死んでいない」と語られていたため(参照:『名探偵コナン80+PLUS SDB』)、やはり「双子だった」の方が衝撃的である。

そこで振り返りたいのが、『名探偵コナン』のアニメ第472話、第473話の「工藤新一少年の冒険」。工藤新一が小学1年生だった頃、蘭と一緒に図書室に出るお化けの正体を突き止めようと夜の学校に忍び込むが、そこで出会った“変な帽子を被った”怪しい人物から挑戦され謎解きに挑む……というエピソードが回想録として描かれている。その怪しい人物こそ盗一であり、新一は“叔父”に会ったことがあるというわけだ。彼は新一に何者か問われた時に「君の兄弟だよ……いや君の弟というべきか……」と意味深な言葉を返していた。その意味が「名付け親が同じである」ということがわかった。「怪盗キッド」とは、新聞記者が彼の国際犯罪者番号「怪盗1412号」の数字の部分を殴り書きしたのを、「KID」と優作が呼んだことから生まれた名前なのだ(新一の方が先に優作に名付けられているため、キッドが“弟”となる)。しかし、今思えばあの「兄弟」というセリフは優作と自身の関係に対するダブルミーニングにもなっている。

思い返せばこの回では盗一が新一に謎解きを仕掛けるも、それは新一がすぐに優作に助けを求めると思ったうえで出題したものであり、最初から盗一と優作間のコミュニケーションだったのも興味深い。新一と快斗はこの事実を知らないだろう。知っている人物といえば、当事者の他に、優作の妻・有希子が考えられる。ただ『100万ドルの五稜星』のラストで優作は有希子に「物心がつかない頃に両親が離婚し、自分は母親に引き取られ、父に連れて行かれた双子の兄が……言わなかったか?」と伝えているように、夫婦の中では決して秘密ではなかったものの、有希子も初めて聞いたのか、聞いたことがあるけど忘れていたのか真意は不明である。

しかし、有希子は盗一との交流も深い。彼女に見事な変装術を教えたのは他でもない盗一だ。表向きには女優になりたての頃、彼女が女スパイの役作りとして彼に弟子入りしている。同じく盗一から変装術を学んだシャロン・ヴィンヤード(ベルモット)ほどの完成度ではないものの、有希子の変装は「黒鉄のミステリートレイン」編や「緋色の帰還」など物語の大切な局面で大いに活躍してきた。一方、盗一が幼き新一に残した「君は小説の冒頭のあらすじを読んだだけで全てを見通した気になっているんじゃないのかね? この世はもっと深くて……謎めいているのだよ」という言葉は、今日の新一(コナン)の推理における指針の礎に大きな影響を与えたはず。つまり、家族関係のある盗一が伝え残した技術や考えが、黒の組織に対する工藤家の対抗力になっていることそのものが、非常に意味深いのだ。

服部平次と遠山和葉の長い旅路

もちろん、キッドとコナンの新事実だけが『100万ドルの五稜星』における衝撃ではない。むしろ、本作は『名探偵コナン から紅の恋歌』に次ぐ平次と和葉のラブストーリーとしての側面がかなり強い。和葉は完全なヒロインとしての存在感を発揮していて、『紺青の拳』での園子よろしく普段以上にかわいさが際立っている。そんな彼女に惹かれる映画オリジナルキャラクター・福城聖の登場もあり、そんな時に限って私怨を持つ怪盗キッドを相手にする平次は心中穏やかではない。

平次とキッドの因縁はアニメ第983~第984話「キッドVS高明 狙われた唇」で、和葉がキッドに変装しているのに気づかず、平次がキスを迫ったことにある。あのとき、平次は自分と同じような恋愛境遇の新一が、アニメ第616~第621話「ホームズの黙示録」でロンドンのビックベンの前で蘭に告白、アニメ第927話~第928話「紅の修学旅行」で清水寺にてキスをしているため、自分も和葉との関係を進めなければと焦っていた。それゆえに、勇気を持ってキスを迫った相手がキッドだった事実が許せなかったのである。和葉も蘭から2人が付き合ったことは事前に聞いていたものの、彼女はいつも平次が好意的な言動を起こしても鈍感(すぎる)故に彼の気持ちに気づけていなかった。そもそも和葉の異常な鈍感さが平次の恋の難易度を上げていたにもかかわらず、『100万ドルの五稜星』はその難易度が身体的にも精神的にもグッと高まるので、もう目も当てられない。

バイクに乗りながらステンドグラスを割って屋根に飛び乗ったり、離陸する飛行機にしがみついたり、機体の羽の上でバトルを繰り広げるなど、やっていることは『バイオハザード2』や『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』、『ダイ・ハード2』なのだ。平次はもうハリウッドに行った方がいい。近年の劇場版『名探偵コナン』はアクションの規模や迫力がどんどんすごくなっていくが、本作はいつもの“名所爆発エンド”に頼らず(むしろそれをちゃんと阻止している)、武器を使う戦闘シーンを取り入れたことでキャラ個人の動きや魅力が引き立っている点が良かった。もちろん、カーチェイスの迫力、コナンのアガサアイテムの凄さなど従来の劇場版での“お馴染み”が忘れられていない点も大切だ。空中戦はキッドも登場した『天空の難破船』でもやっていたが、飛行船とプロペラ飛行機ではステージの広さが桁違いなうえ、キッドやコナンに比べ比較的“一般人”である平次だからヒヤヒヤする。

このように映画の盛り上がりに尽力し続けた平次だが、何が偉いって、最後にちゃんと“ようやく”和葉に告白をしたことなのだ。その言葉を聞いて和葉の目に涙がたまり、そこに挿入される主題歌(aiko「相思相愛」)。年甲斐なく、平次の頑張りに自分も感動して泣いてしまったわけだが、恐ろしいのはエンドクレジットシーンで彼の告白を和葉が聞こえてなかったことにされている点である。この衝撃に続いて先述の盗一の真相も発表されたのだから、本当に末恐ろしい作品だ。スタングレネードの影響で聞こえなかったし、そのせいで涙が止まらないという和葉の言葉が、本当は告白をちゃんと受け取った彼女の照れ隠しであることを心底願いたい。しかし『100万ドルの五稜星』がそのタイトル通り、この平次と和葉の今後の関係性、そして物語における盗一の役割などを描いていく上での“みちしるべ”になったことは間違いない。

(文=アナイス)

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