【社説】医師の残業規制 地域医療との両立目指せ

医師の過酷な長時間労働が医療体制を支える現状はいびつだ。やりがいや使命感に依存した仕組みを変えるきっかけにしたい。

病院などで働く勤務医の残業時間を規制する「医師の働き方改革」が今月始まった。

2019年に施行された働き方改革関連法に基づく措置で、医療現場への配慮から5年間猶予されていた。もう先延ばしはできない。

過重労働は心と体をむしばむ。勤務医に対する調査で、死や自殺について週に数回以上考える人が20代で14%に上った。神戸市で26歳の医師が自殺し、労災と認定された事例は記憶に新しい。

疲労の蓄積で集中力が下がれば、医療ミスや質の低下につながりかねない。

新たな規制は、時間外・休日労働の上限を原則年960時間と設定した。過労死ラインの月80時間が毎月続くレベルで、一般労働者の規定を大きく上回る。厚生労働省の22年調査では勤務医の2割が超えている。

さらに救急医療やへき地医療を担う医師、研修医らは特例として年1860時間まで認める。福岡県では26の医療機関が指定された。

夜間や休日に待機する宿日直は「軽度」などと認められれば、労働時間に含めなくてよい。実態と懸け離れた運用が懸念される。若手医師の自己研さんと労働時間の線引きも曖昧なままだ。

こうした「改革」で働き方が根本的に改善するとは思えない。罰則付きとはいえ、現状の追認ではないか。

規制が厳しくならなかったのは、地域医療への影響を抑えるためだ。

産科をはじめ夜間や休日の対応は、大学病院などからの医師派遣で成り立っている。労働時間の制限で派遣されなくなれば現状維持は難しい。日本医師会の調査で、3割の医療機関が救急医療の縮小や撤退を懸念している。

実際に福岡県飯塚市と周辺市町では、休日・夜間の小児科診療の受け入れ先と時間を変更した。重症者以外は24時間体制でなくなったが、開業医の協力で影響を最小限にとどめようとしている。

こうした模索が各地で増えそうだ。医師の健康と地域医療の充実は両立させなければならない。自治体と医師会が連携し、地域事情に合った仕組みを整えてもらいたい。

医療現場の工夫も必要になる。医師の役割を分担するタスクシフトは不可欠だ。研修を受けた特定看護師や事務作業を補助する医療クラークは増員したい。複数の医師で患者を担当すれば交代勤務がしやすい。情報通信技術による効率化は急ぐべきだ。

残業規制の強化によって、サービス残業が増えることがあってはならない。医療機関は肝に銘じてほしい。

救急車を呼ぶ前に相談電話を利用するなど受診する側も理解を深め、社会全体で医療の質を確保したい。

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