【なぜMLBで投手の故障が急増しているのか:前編】「最高レベルの才能が驚異的な勢いで失われている」米球界に広まる危機感〈SLUGGER〉

真の原因は一体どこにあるのか? 2024年、次から次にメジャーリーグの好投手たちの肘が壊れている。3月には昨年のサイ・ヤング賞受賞者、ゲリット・コール(ヤンキース)が離脱。トミー・ジョン(TJ)手術ではなく保存療法での回復を目指しているが、前半戦は絶望となった。開幕直後には、昨年マーリンズでデビューして快投を続け、次代のエースとの呼び声が高かったユーリー・ペレスがTJ手術を受けると発表された。

そして4月6日には、一度に3人の投手が倒れた。20年のサイ・ヤング賞受賞者で、今季も12イニング無失点と最高のスタートを切っていたシェーン・ビーバー(ガーディアンズ)。ヤンキースの開幕戦で勝利投手となった中継ぎのジョナサン・ロアイシガ。そしてスペンサー・ストライダー(ブレーブス)にも、右肘の内側側副靭帯(UCL)に損傷が発見された。彼は大学2年時にもTJ手術を受けており、5年間で2度目の大怪我。14日には残りのシーズン全休が決定した。

ストライダーの故障がもたらした衝撃はとりわけ大きい。メジャーに定着した22年に131.1回を投げ202奪三振という驚異的な値を記録。昨年も186.2回で281奪三振、平均13.5個は180回以上では史上4位だった(ちなみに史上1位は19年のコール、規定投球回以上での1位は20年のビーバーである)。

平均97.2マイルの4シームとスライダーの実質2球種で打者をなぎ倒す爽快なピッチングで、「メジャー最高の投手」との声も上がっていた。それほどの投手の雄姿が向こう1年以上も見られなくなるのは、ブレーブスに限らずMLB全体にとって大きな損失である。 ビーバーはTJ手術、ロアイシガもTJではないがやはり手術を受ける。TJを含む肘の手術で戦列を離れている一線級の投手には、他にもジェイコブ・デグロム(レンジャーズ)、サンディ・アルカンタラ(マーリンズ)、シェーン・マクラナハン(レイズ)らが挙げられる。

過去5年間のサイ・ヤング賞受賞者10人のうち、デグロム(19年)、ビーバー、ロビー・レイ(21年/現ジャイアンツ)、アルカンタラ(22年)、コールの5人が離脱中という異常事態。彼らは決して度を越して酷使されたわけではない。それでもなお、1年を棒に振るほどの重傷を避けられなかったのだ。

もはやUCLの断裂は、好成績の代償であるかのように思える。打者としては出場を続けている大谷翔平(ドジャース)も、UCLの部分損傷で昨年9月に手術を受け、今季は二刀流を封印中なのは周知の通り。ESPNのジェフ・パッサンは「ただでさえ先発投手の層は薄いのに、最高レベルの才能が驚異的な勢いで失われている」と慨嘆する。TJ手術を受けた投手は23年に28人、今年は4月13日までですでに10人。しかもこの中には大谷のように、TJ以外の手術を受けた投手は含まれていない。

このような状況で、昨年から導入されたピッチクロックとの関連に目が向けられている。望ましいテンポで投げられずフォームが崩れたり、筋肉に十分な回復時間が与えられないまま投げ続けることを強いられたりして、肘に悪影響が及んでいるのでは――との疑問が生じているのだ。 4月7日、MLB選手会はピッチクロックへの疑念を呈する声明を発表した。「我々が全会一致で反対し、かつ健康と安全に関する重大な懸念があるにもかかわらず、コミッショナー事務局はピッチクロックの時間を短縮した」。そうした切実な声に耳を貸さないMLBの姿勢を、トニー・クラーク事務局長は「野球とその最も価値のある資源、すなわち選手たちにとって前例のない脅威」と糾弾している。

大谷も翌8日、大谷も「短い時間で多くの仕事量をこなすというのは(身体への)負担自体は間違いなくかかっていると思う」と発言。自身の怪我との関連がどの程度あるか確証はないとしながらも「ピッチクロックは身体への負担自体は増えていると思います」と断言した。

こうした意見にMLBは「ピッチクロックによって故障が増えた証拠はない」と反論。根拠としてジョンズ・ホプキンス大学による研究を挙げ、故障との関連性は、選手会が声明で触れなかった球速や回転量の増加の方が高い、と主張した。 確かに、3月には元投手や医師など約100人に聞き取り調査を実施するなど、MLBがまったく予防策を講じていないわけでもない。だが、コールは「1年だけで影響がないと言い切れるわけがない」と研究結果を疑問視。「MLBは選手を大切にしようとしていない」と不快感を露わにした。

選手会とMLBが非難を応酬する事態に、前出のパッサンは「これほど複雑で困難な問題に対しては、すべての関係者が手を取り合って事に当たらねばならないのに」と協調性の欠如を嘆いている。

ピッチクロックは、ロブ・マンフレッド・コミッショナーのライフワークとも言うべき“時短”に絶大な効果があった。22年に平均3時間4分かかっていた試合時間は、昨年は2時間40分と24分も短くなった。そのおかげか、観客動員も前年より9.1%も増加し、積年の課題である若年層へのアピールにも成功した。

これに気を良くして、今季はさらなるピッチクロックの強化を図った。塁に走者がいる場合、昨年は20秒だったのを18秒に減らしたのである。しかし、前述の通り選手会の同意を得たものではなく、拙速の謗りは免れなかった。選手会の声明に対する反応の激しさは、時短という大目標に影響が及ぶことのないよう、意図的に目を背けているからのようにも思える。
【後編へ続く】

文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『メジャー・リーグ球団史』『プロ野球ドラフト総検証1965-』(いずれも言視舎)。

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