井浦新「なんで今まで捨てようと思っていたんだろう」さまざまな役を演じ続けてつかんだ役との向き合い方

井浦新 撮影/三浦龍司

知的な雰囲気がありながら大人の色気も感じさせ、多面的な魅力を持つ井浦新は、日本の映画・ドラマに欠かせない俳優となっている。社会派作品から、エンタメ色の強い作品まで幅広く活躍する現在につながる「THE CHANGE」について聞いてみた。【第2回/全3回】

変わっていくから人間の価値がある

井浦新さんは(49)は、現在、放送されている『アンメット ある脳外科医の日記』(カンテレ・フジテレビ系)で主人公・川内ミヤビの保護者的な存在の脳外科教授を演じ、大河ドラマ『光る君へ』(NHK)では絶対的な権力を持つ藤原道隆を演じている。売れっ子俳優の宿命で、さまざまな役を同時にこなしているのだが、気持ちの切り替えはうまくできているのだろうか?

井浦「ちゃんとできています。基本的に変える、変わるってことが僕は大好きなんです。変わること自体は怖いこともありますが、変わることで救われたり開かれたり、新しい景色に出会えたりとかたくさんあるので、僕は変わることが好きです」

変わることに対して肯定的な井浦さん。しかし、役を作るときは役に入って自分を変える、ということはしていないようだ。

井浦「新しい作品に取り組むとき、前の役を落としたり払ったりって、あんまりしないんです。前の状態をそのままにして、栄養にしちゃうタイプなんです。食べちゃうんです」

栄養にする、食べちゃう……その真意とは?

役を引き剥がすことがストレスに

井浦「俳優さんによって役へのアプローチって違うし、人それぞれだと思うんですが。若い頃はまったく違うことをどんどんやりたかったので、その役が終わったらそれを無理やり引き剥がして、新しい役を作っていたんです。今まで演じてきた役とまったく違う、新しいことにチャレンジしていく楽しさを、20代や30代の頃はすごく意識してやっていたんです」

井浦新 撮影/三浦龍司

新しいことに挑む楽しさ。しかし、そこには同時につらさもあったようだ。

井浦「毎回、引き剥がすことは、だいぶストレスがかかってくるんです。役を落としてまっさらな新しい器に戻って、そこにまた入れていくという、その繰り返しが、実は僕にはあんまり向いていなかったんです。

それでも新しい仕事が次々ときますから。そのペースを繰り返していると、ふと“なんで今まで捨てようと思っていたんだろう”と、疑問に思ったんです。捨てるんじゃなくて、それを食べて消化していけば前の役の濃い要素が体に残って、新しい表現を模索していくときの栄養になるんじゃないかと。そこから全然、違うなにかが生まれてくる。自分と役との向き合い方がだんだんと構築されていったんです」

役を捨てずに、自らの糧とするのが井浦流なのだ。

栄養にすることで違うなにかが生まれてくる

自分をまっさらにせず、それまでにあるものに足して役を作っていくアプローチに変えて、ストレスも減ったようだ。

井浦「無理に変わろうとするとエネルギーも使いますし、精神的にもあまりよくないように思います。負担が大きいと体に悪い影響が出ることも。だから僕は変わるのではなく、全部を栄養にしていくんです。

井浦新 撮影/三浦龍司

台本としっかり向き合っていれば、新しい表現は見つかりますから。無理に捨てて新しいものを引っ張り出してくるのは、限界があると思うんです。今までのものを栄養にした状態で新しい作品と向き合えば、自分の内側からしみだしてくるものがあるんです。それがその都度、新しい自分の個性になればいいなと、信じながらやっています」

無理に変わろうとはせず、それまでの自分を保ちながら役に向かう。そこに新しいなにかが生まれ、変わっていく。井浦さんが演じる役は、間違いなく井浦さんでありながら、毎回、新鮮さを感じるのは独特なアプローチによるものかもしれない。『アンメット』『光る君へ』で、どんな演技を見せてくれるのか、注目したい。

(ヘアメイク:近藤あかね、スタイリスト:椎名倉平)

井浦新(いうら・あらた)
1974年東京都生まれ。1998年、映画「ワンダフルライフ」に初主演。以降、映画を中⼼にドラマ、ナレーションなど幅広く活動。アパレルブランド〈ELNEST CREATIVE ACTIVITY〉ディレクター。サステナブル・コスメブランド〈Kruhi〉のファウンダー。映画館を応援する「MINI THEATER PARK」の活動もしている。
『アンメット ある脳外科医の日記』(カンテレ・フジテレビ系)では、主人公・川内ミヤビの主治医で脳外科教授の大迫紘一を演じる。

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