「好きな惣菜発表ドラゴン」なぜブームに? 二次創作の輪を広げる独特なボカロ文化

元はインターネットにおけるアンダーグラウンドカルチャーの一端に過ぎなかった、VOCALOIDという音楽ジャンル。だがここ十数年の社会変化でネットそのものがすっかり一般化し、重ねて稀代の才能を持つクリエイターを多数輩出したことで、VOCALOID自体もずいぶんポピュラーな音楽となっている。

さらに各種SNSとの相乗効果で、一躍カルチャーシーンの中でトレンドを巻き起こすVOCALOID曲(以下、ボカロ曲)もここ数年で多数登場している。昨年は「強風オールバック」「人マニア」がその最たる例だったが、2024年にその筆頭となりつつあるのが、現在進行形で注目を集める「好きな惣菜発表ドラゴン」だろう。

今作を作ったのが、以前からX(旧Twitter)を中心にネット上で多彩な創作活動を行い、2022年にはボカロPとしても活動を始めたンバヂ。その後、2023年夏開催の楽曲投稿祭『The VOCALOID Collection』(以下、『ボカコレ』)ネタ曲投稿祭部門への参加のため、同年8月に発表されたのが該当の曲となる。

デビュー2年以内のルーキーかつ『ボカコレ』参加も2度目という活動期間が浅いながら、本曲は部門ランキング第4位でフィニッシュ。この頃からシーン内ではその名が広まり始めていたが、投稿から約7カ月後の2024年3月、多くの著名人が次々話題に挙げたことで知名度が一気に拡大。楽曲が突如、ネットで大きなブームを巻き起こすこととなる。

この流行の発生には様々な要因が絡んでいる。「好きな惣菜を発表する」という誰も傷つけないハッピーサイクルな作風もそうだが、最たる理由は誰もが真似できる簡素で汎用的なフォーマットである点だろう。トレンドにおける本曲の利用のされ方は「好きな○○発表ドラゴン」として、楽曲の形式に各々が自分の好きなものを当てはめて主張するものが大半となる。

歌詞やサウンド、そして音楽と共に流れる映像のドラゴンのイラストに至るまで、その仕様は全体的にシンプルかつ素朴だ。それは、自分でもこの楽曲を用いて紹介しようと思った時に、全クリエイターにとって制作のハードルが非常に低いということ。この誰でもできそうな作風が、爆発的な類似作品の増加に繋がった大きな一因であるのは間違いない。

重ねて、VOCALOIDという音楽ジャンルが孕む根本的な性質も、このムーブメントには大きく起因する。VOCALOIDの音楽的特異性、それはずばり楽曲の二次創作における敷居の低さである。

他の音楽ジャンルにはないVOCALOIDシーンの傾向のひとつとして、作り手であるクリエイターは、自身の楽曲を二次利用した創作物に比較的寛容な傾向が強いと言えるだろう。他者を傷つける悪意のあるもの、あるいは公序良俗に反するものなどには当然厳しいが、そうでなければ自分の曲は原則自由に使ってもらっていい、という姿勢を示すクリエイターも多い。シーンの一大イベント『ボカコレ』も、投稿祭においてリミックス専門の部門を設置。かつ投稿参加を促進するべく、楽曲のStemデータを公式で無料配布する形式が常設されている。

「好きな惣菜発表ドラゴン」の作者・ンバヂも楽曲の二次利用に対し、非常に肯定的な発信をしている。他者の二次創作作品の拡散にも協力的であったり、あるいは続編として原曲をセルフリメイクした「みんなのコメント参考ドラゴン」を投稿したりと、積極的にムーブメントを促進する動きを見せている。

実は「好きな惣菜発表ドラゴン」以外にも、直近のVOCALOIDシーンでは、楽曲の二次利用に寛容な空気の中で生まれた小さなブームが散見される。2024年序盤に「人マニア」の人気独走に歯止めをかけた吉田夜世の「オーバーライド」も、楽曲とアニメ・ゲームの音声素材を加工してかけ合わせたMAD動画がブームの火付け役だ。

作者の吉田も、楽曲の二次利用にはMAD動画を含めて肯定的な姿勢をSNSで度々示しており、YouTubeには「2次創作tips」とコメントを残し、二次創作する際に役に立つ情報を公開している。だが、曲自体の二次利用というハードルは低い一方、曲とかけ合わせる音声素材についての二次利用の許諾も必要なため、この点については留意しておく必要がある。

さらに「人マニア」「イガク」をはじめとしたヒット曲を連発し、今シーンで熱い注目を集める原口沙輔。直近では「ミニ偏」を、原口本人を含め大勢のクリエイターがリミックスし合うムーブメントも、局所的ながらSNSで繰り広げられている。

この光景こそが、ある意味シーンにおける楽曲の位置づけを端的に表していると言っていいだろう。ミュージシャンが楽器を持ち寄りセッションで曲のカバーを楽しむように、彼らもネット上で非対面のまま(場合によっては作者本人までもが登場し)楽曲をいい意味で“オモチャ”にして自由なクリエイティブを楽しみ、かつ作者自身もそれを肯定し喜んでいる場面も多いのだ。

従来の音楽シーンでは様々な事情により、原則プライベートな場で行われるものだったクリエイターたちの既存曲を使った“遊び”。それを大衆の目につく公の場で行っても問題や弊害は一切発生せず、むしろ作者自身もその活動自体を推奨している。これは楽曲における権利の一存が大きく個人に帰属する、シーンの特性ならではの現象と言えるだろう。そして、その現象の発生はVOCALOIDというジャンルの奇特な一面であり、今後時代の中で変化する可能性すらある、音楽に対するそもそもの価値観と言えるのではないだろうか。

近年のAI生成問題やネットカルチャーの活性化などで、著作権ないしは創作物の二次利用にまつわる認識には少しずつ変革が起きている。その中で今回取り上げた「好きな惣菜発表ドラゴン」のムーブメントのように、作者も含めて楽曲をアレンジし合う土壌が育っているVOCALOIDシーンの音楽特性は、今後確かな強みともなり得るはずだ。同時に新たな文化やカルチャーの誕生は、得てしてこのような場所から萌芽していくのかもしれない。

(文=曽我美なつめ)

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