「吉備路の歴史遺産」魅力発信事業 ~ こうもり塚古墳や備中国分尼寺跡などの本質的価値を探求しその魅力を伝える

岡山県古代吉備文化財センターなどによって2020年度(令和2年度)に開始された、「吉備路の歴史遺産」魅力発信事業が順調に成果をあげています。

史跡こうもり塚古墳の発掘調査はすでに完了し、新たに多くの真実が判明しました。遺物の再調査もおこなわれ、こうもり塚古墳が持つ本質的価値が徐々に解き明かされています。

さらに2023年度からは史跡備中国分尼寺跡(しせきびっちゅうこくぶんにじあと)の発掘調査が始まりました。魅力発信の試みも始まっています。

4年間の成果と今後の計画を、「吉備路の歴史遺産」魅力発信事業を担当している、松尾佳子(まつお よしこ)さんと平野友梨(ひらの ゆうり)さんに聞きました。

岡山県古代吉備文化財センターとは

岡山県古代吉備文化財センターは、岡山市北区西花尻(にしはなじり)にあります。

沿革

1981年(昭和56年)に、岡山県新総合福祉計画のなかで埋蔵文化財センター構想が示されました。

岡山県新総合福祉計画の基本計画のなかで、「文化」の「重要施策」のひとつである「文化財の保護保存」の項目に、「埋蔵文化財については、埋蔵文化財調査センターを設置し、資料の調査研究、保存、及び展示等を行う」旨が記載されたのです。

3年後の1984年、岡山県教育委員会の下で岡山県古代吉備文化財センターが開所しました。

2024年4月現在は、総務課、調査第1課~3課の体制で、37名が活動しています。

業務内容

遺物洗浄作業

業務内容は次の4点です。

  • 調査研究:分布・確認・発掘の調査、出土品の復元、報告書の刊行
  • 保存収蔵:収蔵管理、保存処理
  • 普及啓発:展示、貸出、啓発資料の刊行、ホームページ
  • 指導支援:調査技術研修会、発掘調査指導

展示

西花尻の岡山県古代吉備文化財センターには展示スペースがあり、常設展示されています。

そのほかに、年2回の企画展示や、都度のテーマ展示もおこなわれます。

イベント

津島遺跡やよいまつり(岡山県古代吉備文化財センター提供)

多くのイベントもおこなっています。

  • 各種の講座、報告会、講演会:年間を通して計画されています。
  • 津島遺跡やよいまつり:毎年の定例行事となりました。
  • 夏休みの体験学習:子どもに好評です。

そして、発掘調査をおこなっている現地での説明会は、もっともホットな情報であふれます。

デジタル図書館

センターホームページ内のデジタル図書館には、これまでに発行された発掘調査の報告書をはじめとして、各種のパンフレットや学習資材などが数多く所蔵されており、自由にダウンロードできます。

「吉備路の歴史遺産」魅力発信事業の概要

こうもり塚古墳周辺上空写真(岡山県古代吉備文化財センター提供画像に名称記載)

岡山県教育委員会の文化財課や岡山県古代吉備文化財センターが中心となって、2020年から取り組んでいる「吉備路の歴史遺産」魅力発信事業を紹介しましょう。

岡山県文化財保存活用大綱

新晴れの国おかやま生き活きプランおかやま文化振興ビジョンと方向性をあわせるものとして、2019年11月に岡山県文化財保存活用大綱が制定されました。そのなかに以下の表現があります。

こうもり塚古墳及び備中国分尼寺跡は、「吉備路風土記の丘」内にあり、県内有数の観光地である「吉備路」の中核でもあることから、周辺の大規模古墳等を含む吉備路全体のさらなる魅力向上を見据え、早期に保存活用計画を策定し、「古代吉備」の豊かな文化遺産を体感できる場として、関係市と協力しながら調査、整備、活用を進める。

岡山県には、国指定の史跡が47か所あります。

「県が所有していたり、管理団体になっている史跡のなかでは、旧閑谷学校や津島遺跡などに比べて、吉備路の史跡は調査が進んでいませんでした」と、松尾さんが説明してくれました。

松尾さんは続けます。

「まず数年かけて調査作業をおこない、今後の活用の基本資料とします。こうもり塚古墳を先行させて、備中国分尼寺跡が追いかける中長期の計画なのです」

魅力発信事業は、こうして始まった岡山県の重要施策なのです。

史跡こうもり塚古墳保存活用総合調査

こうもり塚古墳は総社市上林(かんばやし)にあります。西の備中国分寺跡、東の備中国分尼寺跡を含む一帯は、吉備路の中心といって良いでしょう。

6世紀に築造された墳長100mほどの前方後円墳で、黒姫塚ともいわれ、古くからよく知られています。

横穴式石室は開口しており、早くに盗掘されています。それでも1967年(昭和42年)と1978年(昭和53年)におこなわれた石室内発掘調査によって、貴重な遺物が多数出土しました。

しかし、墳丘調査はおこなわれたことがなく、また、出土遺物の調査研究も不十分でした。

魅力発信事業はこうもり塚古墳の総合調査から始まります。

2020年度に測量調査、2021年度~2022年度に発掘調査を実施し、2020年度末に保存活用計画書、2022年度末に発掘調査報告書を刊行することとなりました。

史跡備中国分尼寺跡ほか保存活用総合調査

備中国分尼寺は、備中国分寺とともに奈良時代に建立された官寺(かんじ)です。

1971年、備中国分寺跡と備中国分尼寺跡の発掘調査がおこなわれました。しかし、備中国分尼寺跡では寺域内の調査はおこなわれたことがありません。

備中国分尼寺跡の総合調査は、2023年度から、発掘調査、過去調査資料の再整理、報告書作成、保存活用計画の策定と進められる予定です。

史跡こうもり塚古墳保存活用総合調査の進捗

こうもり塚古墳保存活用総合調査の進捗状況を紹介します。

古墳の調査

こうもり塚古墳周辺赤色立体図(岡山県古代吉備文化財センター提供)

まず、測量調査・発掘調査です。

測量調査は、こうもり塚古墳や備中国分尼寺跡を含む東西1.5km、南北2kmの範囲を航空レーザーでおこなわれました。

上の図は、測量データをもとに作成した地形図で、赤色立体図(せきしょくりったいず)と呼ばれます。急傾斜部は赤く、平坦部は白く表現されていて、こうもり塚古墳の起伏形状が一目瞭然です。

石室内三次元レーザー測量もおこなわれました。

発掘調査では、墳丘残存長96mが確認されました。墳丘構造も解明され、「上下二段、下段は地山削り出し、上段は盛土」が判明しています。

保存活用計画書

計画書の抜粋

予定通りに発行された保存活用計画書によると、「こうもり塚古墳を保存し、歴史を学ぶことで、郷土への愛着を育み、吉備路の魅力を将来へ継承する」ことが基本理念とされています。

こうもり塚古墳の本質的価値は、「大型前方後円墳に巨大な横穴式石室と豊富な副葬品 大和政権と強い結びつきを持ち、6世紀に活躍した吉備中枢の大首長の墓」と総括的に明示され、その保存が基本方針の最初に掲げられました。

松尾さんは以下のように話します。

「史跡や遺跡は、我々専門職が守っていく、保存していくものではないと思うのです。地域の人々に維持してもらうのが良いはずです。そのためには、その価値をわかってもらわないといけない。守るに値するものだと知ってもらわないといけない。だから、一所懸命調査するし、説明します」

現地説明会

2022年度こうもり塚古墳現地説明会のようす(岡山県古代吉備文化財センター提供)

調査の成果を紹介する最初の機会は、発掘現場での現地説明会です。

2021年度、2022年度に各1回おこなわれました。参加者はそれぞれ120名と109名で、狭い石室内はごった返したそうです。

講座やシンポジウム

講座やシンポジウムも精力的に開催されています。

2020年度には、「こうもり塚古墳の時代」と題した吉備の考古学講座が全3回開催されました。

調査最終年度の2022年度末には、シンポジウム「吉備最後の大型前方後円墳とその時代」で、総括的な紹介がされました。

ICT活用

ICTを活用した断面画像(岡山県古代吉備文化財センター提供画像から作成)

保存活用計画書に、「ICT(情報通信技術)を活用した効果的な情報伝達方法の検討」とあります。

赤色立体図以外の新しい技術を2、3紹介しましょう。
トレンチを掘って観測した地層の断面は、専門家によって観測され、詳細な断面図が描き起こされます。加えて今回は、何枚もの写真を加え合わせ、かつカメラ画像特有のひずみを補正した断面オルソ画像が作成されました。

格段に見やすい利用者の立場に立った技術といえます。

「古代吉備文化財センターは教育機関ですから、高校とコラボレーションできたことは、とても良かったです」

松尾さんが紹介してくれたのは、岡山県立岡山工業高等学校と連携して作成した、横穴式石室のVRデータです。

スマートフォンに映した左右の眼用の画像を、ゴーグルで見ることで立体化しています。

そのほかにも、こうもり塚古墳を紹介する360度動画をYouTubeで公開など、ICT活用が進んでいます。

発掘調査報告書

2022年度末に刊行された発掘調査報告書は、本文だけで200ページを超えます。

専門的な内容ですが、松尾さんが補足してくれました。

「これまでに発見された遺物は、いろいろなところで収蔵されています。県であったり、市であったり、あるいは個人のコレクターであったり。そうした遺物の情報を整理し、さらに最新の観察視点で見直した結果をまとめた成果はとても貴重です」

今後の活用の元情報となることでしょう。

2023年度から始まった、備中国分尼寺跡ほか保存活用総合調査を担当している松尾佳子さんと平野友梨さんに、その進捗を聞きました。

松尾さん、平野さんへのインタビュー

古代吉備文化財センターで、備中国分尼寺跡ほか保存活用総合調査を担当している松尾佳子(まつお よしこ)さんと平野友梨(ひらの ゆうり)さんに話を聞きました。

「史跡備中国分尼寺跡ほか保存活用総合調査」初年度の成果

初年度の総合調査成果を紹介します。

発掘調査の成果と現地説明会

備中国分尼寺跡周辺の赤色立体図と推定伽藍配置(岡山県古代吉備文化財センター提供)

──2023年度の発掘調査でわかったことを紹介してください。

松尾(敬称略)──

備中国分尼寺跡については、これまで寺域内の発掘調査がおこなわれていません。

それでも、赤色立体図や現地の地形などから、伽藍配置(がらんはいち)と呼ばれる建物の配置が、おおよそわかっています。

今年度(2023年度)の調査はそうした建物のなかから、南門、中門、講堂の基壇の位置や規模、構造を正確に把握することが目的でした。

中門掘立柱(ほったてばしら)構造であることがわかったのですが、これは全国的にも珍しいと思っています。南門や講堂では、新たに建立当時の礎石を確認でき、位置や規模をほぼ特定できました。

──現地説明会はいかがでしたか。

現地説明会には120人、その翌週1週間継続した現地公開には200人が参加いただきました。みなさんの関心の高さが伝わってきました。

パンフレットとYouTube

──魅力発信のために2024年1月に刊行したパンフレット「吉備路の歴史遺産2」は平野さんの力作とか。

平野──

考古学を知らない人でも楽しんでもらえるものにしたいと思い、キャッチーな絵やコメントを意識しながら、頑張って作りました。

同時に、ある程度専門的なことも知ってもらえるような情報を織り込んだつもりです。

紹介したハイキングコースでは、自分で歩いて感じたことも補足しました。

2020年度から毎年実施している吉備路ウォークなどでも使ってほしいです。

──YouTubeも配信しているとか。

平野──

お寺の遺跡では、瓦(かわら)が重要な遺物です。古代の瓦がどのように作られたのかを再現した動画をアップしています。

短編で見やすくしていますので、古代吉備文化財センターのYouTubeチャンネルをご覧ください。

講座

吉備の考古学講座(岡山県古代吉備文化財センター提供)

──2024年3月の考古学講座で、松尾さんは瓦をテーマに話をしていました。

松尾──

奈良時代は天皇中心の律令国家の時代とされます。しかし、最近の研究で地域ごとの多様性が明らかになってきました。

旧60余国のすべてに築造が命じられた国分尼寺の研究は、国と地域の関係にせまるテーマとなります。

瓦の文様や製作技法の研究もそのひとつなのです。

資料の整理など

遺物への「注記」作業

──収集した遺物の調査状況を教えてください。

松尾──

1971年の発掘調査で、備中国分寺跡から多くの遺物が出土しました。ほとんどが瓦で、その量はなんと4tです。

学術的には、国分寺と国分尼寺の建立タイミングというのが話題になります。一般的には国分寺が先に建てられたと考えられているのです。

今回の発掘調査で、備中国分尼寺跡からも4tほどの遺物が出土しました。

これらを比較調査することで、両寺の建立タイミングが解明できるかもしれません。

魅力発信事業の今後

──2024年度以降の計画をお聞かせください。

松尾──

まず、2024年度は金堂などの発掘調査を続けることになると思います。

保存活用計画は、調査の進捗を待って作成していくことになります。

発信したい吉備路の魅力

──あらためて吉備路の魅力を紹介ください。

松尾──

一般的には、埋蔵文化財はその名前のとおり埋蔵している(いた)ものですから、見えるものが少ないのです。

しかし、吉備路の歴史遺産はすべて目で見られます。

活用を含めた全体の計画についてはこれからですが、私は、吉備路に何か新しいものが必要だとは思いません。

ただ、散歩道を回遊する人たちが、「ここはこうだった」「ここにはこういうお寺があった」そのようなことがわかる工夫はしたいですね。

私たちが遺跡の価値づけを頑張って、それを地域のみなさんに知ってもらって保存していく。そのようになれば良いなと思っています。

今後の夢と目標

──最後におふたりの今後の夢や目標を聞かせてください。

平野──

昨年(2023年)の発掘調査が私の最初の現場となりました。

多くのかたに「楽しんでもらえるとうれしい」ということを肌感覚として味わいましたし、自分の努力が形になる楽しさも知りました。

保存活動をしていくなかで、魅力を知ってもらうことはとても大切だと思います。イラスト作成などの特技も生かしながら、ときには学術的な内容も踏まえた上で、ていねいに説明していくことを心掛けたいと思います。

松尾──

随分前ですが、大学での卒業論文は瓦がテーマでした。

就職後は古代の瓦が出土する遺跡を掘ったことがなく、20年ほど前にも、尼寺についての企画書を出したことがあります。

今回、備中国分尼寺跡の調査が決まって、その担当を拝命したときに受け取った資料のなかに、20年前の私の企画書が入っていたのです。

驚いたと同時に、身の引き締まる思いです。

備中国分尼寺跡の調査と活用。大変な重責ですが、最後までやり遂げたいと思っています。

おわりに

2024年度で5年目を迎える「吉備路の歴史遺産」魅力発信事業において、保存活用のための総合調査が進んでいます。

魅力発信事業は、総合調査の先に史跡の整備事業が続き、本格的な活用事業へと向かう長期間の事業です。

歴史遺産の価値保存に協力するとともに、新たな魅力の発見に期待したいと思います。

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