障がい者のリアル就活 “自閉症の弟”のために働く“自閉症の兄” 「両親が亡くなった後の弟が心配」【広島発】

長男が自閉症、頼りにしていた次男も自閉症だと診断され「正直、真っ暗になりました」と打ち明ける父親。いずれ親は老いて、いつか亡くなる。障害のある弟を支えるため就職活動に奮闘する障がい者の兄に密着した。

頼りにしていた次男も自閉症

週末を家族団らんで過ごす九内さん一家。庭のテラスで、父と母、そして成人を迎えた2人の息子がテーブルを囲んでいる。コーラで乾杯し、笑顔のある穏やかな時間が流れた。

しかし、それは日常の中で突然起こる。

「何やってんだよ!」

かんしゃくを起こし、こぶしを振り上げて暴れる弟・勇輝さん(19)。そのこぶしで兄・誠洋さん(21)を何度も殴る。あわてて父が止めに入り、母も悲痛な表情で何かを叫んでいる。

弟の勇輝さんには物を壊したり他人を傷つけるなどの「強度行動障がい」がある。

父・九内康夫さん(46):
一番しんどいのは勇くんだから。けがをしないように。僕らもけがをしたらいけないが、勇くんが一番けがをしたらいけない

勇輝さんは3歳の頃、発育が遅いことを保育士から告げられ、医療機関で自閉症があるとわかった。

そして、兄・誠洋さんにも障がいがある。「あれ」や「それ」など抽象的な言葉を理解するのが苦手で、2歳の頃、自閉症と診断されていた。

父・康夫さん:
長男に障がいがあると知ったとき、僕ら親亡き後は次男を頼りにしていたので…正直、真っ暗になりました

弟を守るのは自分しかいない

両親がいないこの日、弟の食事を準備をするのは兄・誠洋さんだった。汁物を碗に注ぎ、冷蔵庫から取り出したおかずを電子レンジで温める。

「勇輝、食べようか。いただきます」

兄・誠洋さんは広島市南区の「広島障害者職業能力開発校」に通い、障がい者が仕事をするために必要な専門知識を学んでいた。プログラミング技術をいかし民間企業の障がい者雇用枠へ就職を希望している。

国は従業員43.5人以上の民間企業に対し、2.3%以上の割合で障がい者を雇用するよう義務づけている。しかし広島県内に本社がある民間企業の障がい種別の雇用状況を見ると、身体障がい者が半数を占め、知的障がい者は約3割、精神障がい者の雇用は約2割にとどまっているのが現状だ。

誠洋さんには就職しなければならない理由がある。

兄・誠洋さん(21):
両親がいなくなった後の弟のことが心配です。自分が弟を支えながら生きていくのもかなり難しいわけですし、どうしたらいいんだろうな。2人分の生活費を稼ぐにはそれなりの賃金が必要になる。不安は大きいです

将来、両親が亡くなった後、障がいのある弟を守るのは自分しかいない。弟を支えたい気持ちが就職活動の原動力だった。10社以上の企業の採用試験を受けたが、届くのは不採用の知らせばかり…。

兄・誠洋さん:
精神障がい者には、かんしゃくがあったり手が出るといったイメージがあります。怖いと思われてしまう。精神障がい者というだけでマイナスイメージがつくのは、自分が当事者の立場だときついですね

民間企業の“障がい者雇用枠”は狭き門

何度、落とされても前に進むしかない。この日も誠洋さんは就職試験に向かうため慣れない手つきでネクタイを締めた。不安そうにため息をつく息子を明るく送り出す母・知子さん。

「大丈夫。話を聞いて、挨拶しっかりね」

母・知子さん(46):
2年前、今の学校に行き始めた時は障がい者雇用枠で一般企業に就職できると期待していたので、そうか…やっぱりできないかっていうのが正直な気持ちです。そういう葛藤が母の中にはあります

誠洋さんが試験を受けに向かったのは、就労継続支援A型と呼ばれる事業所「福祉キャリアセンター」。障がいのある人は働く機会を提供され、サポートを受けながら民間企業に就職を目指している。

利用者には最低賃金以上の給料が保障されているものの、親の思いは複雑だ。

父・康夫さん:
福祉キャリアセンターで働くことができても…

誠洋さん:
月に8~9万円の給料。暮らすには無理

父・康夫さん:
お前、もう22歳だろ。夢のある仕事、将来性のある職業に就いてもらいたい。心配なんよ

誠洋さんはうつむいてしまった。親の気持ちがわかるからこそ、時にそれがプレッシャーとなることもある。

「親はいつ亡くなるかわからない」

数日後、誠洋さんの元にA型事業所の選考結果が届いた。通知書を開く瞬間、家族にも緊張が走る。

誠洋さん:
採用内定!良かったぁ

父・康夫さん:
良かったね!首の皮一枚つながった

母・知子さん:
決定でいいんだね?行くんだね

誠洋さん:
そうだね。ここよりいい所はなかなか…

母・知子さん:
難しいか…

民間企業への希望は捨てきれないが、採用内定通知書にほっと胸をなで下ろす。そして、内緒で用意していたケーキが登場。ケーキの上にチョコレートで「就職おめでとう」のメッセージが添えられていた。

父・康夫さん:
必ず僕たちに老いがきて、いつ亡くなるかわからない。その時、勇輝にとってたった一人の兄である誠洋が支えになってもらいたい。でも今の兄の働き方では弟を支えることにはならないと思うので、それはずっと心配です

民間企業が雇用すべき障がい者の割合は4月から2.5%に引き上げられた。しかし、障がいの種類によってその割合が決められているわけではない。
職業能力開発校を卒業する日、修了証書を手に誠洋さんはこう言った。

誠洋さん:
やっぱり賃金面の不安が残ります

社会は精神障がいのある人をどう受け入れていくのか。寛容な社会に期待を抱きながら、この春、一人の若者が学び舎を巣立った。

(テレビ新広島)

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