「みそ汁が薄い」イヤミな義母と“言いなり夫”にもう限界…孤立無援な妻が「ひそかに家でやってたこと」

成美は慣れ親しんだ道を車で走っている。助手席には娘の里香。しかしいつもは左に曲がる交差点を右に曲がる。左に行けば、ショッピングモールなどがある街に行けるが、今日の目的は駅だ。

里香は今年、大学を卒業し、東京で就職することが決まった。今日が引っ越しの日となる。

「それじゃ、行ってくるね」

「何かあったらいつでも連絡するのよ」

大きなスーツケースを引きながら晴れやかな表情で新幹線に乗る里香を見送った。新幹線が発車したあとも、成美はしばらく駅のホームでたたずんでいた。

夫と義母と3人きりの生活に

寂しさとある種の達成感に浸りながら、家に帰る。しかし家が近づくと、その気持ちは陰鬱(いんうつ)な感情に押しつぶされる。

年季の入った固い玄関がより一層重く感じる。玄関を開けると、同居している義母の留子が床に掃除機をかけていた。

「遅かったね」

駅から家までの帰り道、どこにも寄らずに車を走らせた。何も遅くない。

「そこはさっき掃除しましたよ」

それに、家を出る前に文句を言われないよう掃除は終えていたはずだ。

「掃除ができてたら、私もやらないわよ。こんなこと」

「あら、そうですか。すいません」

胃の奥からせりあがる不満をのみ込んで、成美は居間へと向かった。

いつものことだった。留子は一緒に住むようになった22年前から何かにつけて、成美に厳しく当たってくる。わざと見せつけるように玄関前を掃除しているなんて本当に性格が悪い。腹立たしく思いながらもなんとかやって来られたのは、娘の里香がいたからというのが大きいように思う。

しかし家のなかで唯一成美の味方だった里香はもういない。

里香がいなくなっても、この人との生活はまだ続くのだ。

義母の言いなりになる夫

成美は夕食の準備をしながら、ふと昔のことを思い出していた。

成美は大学を卒業しているが、就職をしたことがなかったのだ。大学時代に現在の夫である吉道と出会い、交際を始め、4年生のときに妊娠が発覚し、そのまま結婚をした。吉道は国立大学を卒業していて、一流企業への入社が決まっていた。

成美には別に仕事をしたいという気持ちはなかったので、そのまま結婚をすることに何も抵抗はなかった。むしろラッキーくらいに思っていた。

結婚後は吉道の実家で暮らすことになったのだが、これが間違いだった。

夕食を並べて、22年ぶりに3人だけで食事をする。みそ汁を飲んだ留子はいきなり顔をしかめた。

「なによこれ、全然味がしないじゃない」

留子の反応にため息をつく。

「この前は味が濃いって言ってたじゃないですか。なのに今度は薄い、ですか?」

「あのね、もっと普通の味付けはできないの? どうしてこうも極端なのかしら? あんたのせいで食事の楽しみがなくなっているの、気付いてくれない?」

「私はお義母(かあ)さんの指示通りに作っているんですよ。それなのに、どうして文句を言われないといけないんですか?」

留子は気配を消すように黙って食事を続ける吉道を見た。

「吉道はどう? 薄くない?」

「あ、ああ、そうだね。ちょっと薄いよね。母さんの口にこれじゃ合わないよ」

これも慣れた反応だ。

ちなみに前回は薄いの部分を濃いに変えてしゃべっていた。

「でも昨日は濃いって言ってたんだよ?」

「いや、まあ、だから、ちょっと、薄くしすぎたのかも……」

一緒に生活をするようになって留子はとにかく成美を敵対視するようにいびってきた。

それはある程度は想定済みで、姑とはこういうものだと覚悟していた。驚いたのは吉道がマザコンで、何でもかんでも留子の言いなりになっていたことだった。

家では常に2対1の構図だった。里香が大きくなってからは味方になってくれていたが、その里香もいなくなった。

これからこんなくだらないことが続くと思うと、暗たんとした気持ちになった。

「仕事」への誘い

成美にとって唯一の安息の時間は親友である陽子といるときだ。

陽子とは大学で知り合い、一緒にデザインの勉強をしていた。陽子は卒業後、東京のデザイン事務所に勤め、結婚もしている。だから成美と違って、服もオシャレだし、身につけている小物も嫌みがなく、カッコいい。

大学時代に成美が憧れていた女性の姿を陽子はしていた。

家事に追われ、楽な格好ばかりを選んでいた成美とはいで立ちからして大きな開きがある。それでも会えば、いつまでたっても気のあう友人同士。時間が合うときにたまにこうして食事をしながら、お互いの愚痴を話していた。

「娘ちゃんがいなくなったら、これからが大変ね」

「うん、そう。昨日もまた味付けのことで文句言われたわ。今度は薄いだって」

「毎回、舌がひっくり返ってるんじゃないの?」

陽子の発言に成美は笑った。

「旦那も使い物にならないから、我慢するしかないわ」

「……成美さ、仕事、したくない?」

「え、仕事?」

「成美が良ければだけど、私が紹介するよ」

陽子の話を聞いて、心が、どくんと跳ねる。心が熱くなる。こんなのは久しぶりだった。

取りあえずその場では考えてみると言って、決断は先送りにした。しかし、成美の中では確実に、やりたいという感情が芽生えていた。

娘を悪く言うのは許せない

家に帰ると、不機嫌な留子がリビングでテレビを見ていた。行き場がないので取りあえず成美もそこに座る。

「……里香は連絡してくるのかい?」

「ええ。始めたばかりだから大変って愚痴ってましたよ」

留子は鼻を鳴らす。

「まだ働き出して、少ししかたってないのに。そんなんで続くのかね」

「大丈夫ですよ。あの子、根性はあるんで」

「女のくせに仕事をするなんて。私はそんな風に育ててほしくはなかったよ」

普段なら聞き流す。だが里香を悪く言われると我慢ができない。

「じゃあお義母(かあ)さんは私みたいに専業主婦になってほしかったんですね?」

「あんたみたいに? ふざけんじゃないよ。吉道の稼ぎに寄生しているだけじゃないか。ちょっとは金を稼いでみたらどうだ?」

「じゃあ、私も働きますね。良い仕事が見つかりそうなんです。それで給料を家に入れれば、喜んでくれますか?」

留子は成美をにらみ付ける。

「なめんじゃない。まともな家事もできずに、何が仕事だ。あんたはまずいっぱしの家事を身につけるところからやらないとダメなんだよ」

留子は2人いるんじゃないかと思いたくなるほど、ころころと言い分を変える。分かっている。この人に何の信念もない。ただ息子を奪った成美を否定したいだけなのだ。

その日の夜、吉道から働きたいって聞いたけどと話しかけられた。留子から何か聞いたのだろう。成美はわざとらしく肩をすくめてみる。

「でもまずはちゃんと家事をやれってさ」

「まあ、母さんの言うことも、一理はあるだろ。それに合わせてくれてればいいから」

思わずため息を吐きたくなる。これも22年間変わらなかった。そしてこれかも変わることはないのだろう。

「じゃあ私の意見はもう一生、聞いてくれないってことね」

「と、とにかくさ、仲良くやってくれよ。俺だって忙しいんだからさ」

そう言うと吉道はベッドに入ってしまった。

吉道が何かをしてくれたことなんて一度もなかった。それはもう変わらない。だったら、自分でやるしかない。

成美は寝ている吉道に鋭い視線を向けた。

●次々と暴言を吐く義母に言いなりな夫……。我慢の限界に達した成美の考えている「行動」とは? 後編【「22年間、全否定されていた…」義母とマザコン夫から逃れるための「間違いない方法」にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。 マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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