「雄太さんがやってきた6年間は本当に凄かった」。“NBA引退”の渡邊雄太が八村塁に感謝「彼自身が望む限り、いけるとこまでやってほしい」<DUNKSHOOT>

日本のNBAファンにとって、2019年から今季までの5シーズンは、実に贅沢な時間だった。渡邊雄太と八村塁の活躍によって、アジアではオーストラリアを除いて唯一、複数の自国プレーヤーがリーグに在籍するという状態が続いていたのだ。

そもそも日本人にとってNBAは目標にすらならない雲の上の存在だった。リーグ創設から50年以上にわたって誰1人として一度もコートに足を踏み入れることができず、2004年に田臥勇太(当時24歳/現・宇都宮ブレックス)がようやく歴史の扉を開いた。

その田臥も4試合に出場しただけで夢を絶たれ、その後は再び空白の時間が続いたなか、2018年に2人目の日本人NBAプレーヤーとなったのが渡邊だった。さらに翌19年には八村が初のドラフト1巡目指名を受け、NBAに2人の日本人が在籍することに。以降は両名とも紆余曲折がありながらも、世界最高峰の舞台で実績を積み上げてきた。

4月20日に発表された渡邊の“NBA引退”によって2人のランは終わりを迎えたが、翌21日の会見で、渡邊は八村とのNBAでの最後のやり取りを明かした。

渡邊の所属するメンフィス・グリズリーズと、八村のロサンゼルス・レイカーズの直接対決が行なわれた3月27日、渡邊のもとに八村から連絡があったという。

「僕はチームに帯同してなくて、(メンタル面の不調で)それまでも帯同していないっていうのは彼もわかってくれていて。その日は彼から『雄太さん、大丈夫ですか』と連絡をくれて。そこで、『今こういう状況で、来シーズンはもうNBAにいないと思う』という話をした時に、珍しく塁が僕のことを褒めてくれました」
渡邊は以前から、3学年下の八村のことを「ライバルというより、仲のいい友人」と評していた。NBAで5シーズン以上を戦った唯一の日本人として、よき戦友といったところなのだろう。

「彼がいてくれたから僕も頑張ってこれた部分もありますし、同じ日本人として彼の活躍を毎日間近で見ることが僕の刺激になっていて、モチベーションになっていたのは間違いない。そんな彼から改めて『雄太さんがやってきた6年間は本当に凄かった』っていうことを言ってもらえると、すごい嬉しかったです」

最後に、今後もNBAで戦い続ける八村にエールを送った。

「彼は彼でいろいろと苦労して、今はレイカーズでしっかりとした立場を見つけて活躍している。僕は同じ日本人として、日本代表のチームメイトとして、彼のことをすごく応援しています。これからおそらく10年とか、その先も(NBAで)プレーしていくんじゃないかなと思うので、彼自身がそれを望むんだったら、いけるとこまでやってほしいなと思います」

日本バスケ界にとって“奇跡のような5年間”に感謝しつつ、今後も新たな日本人選手の出現に期待したい。

構成●ダンクシュート編集部

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