言葉で語らない物語。クラシック音楽の「形式」とは【榎政則の音楽のドアをノックしよう♪】

小説や、ミュージカルや、演劇など、言葉を使う芸術にはえてして物語があります。物語はおおよそ「起承転結」という構成をとります。 これは洋の東西を問わず、人の興味を惹くための手法として広く用いられています。

言葉はそれだけ具体的に物語を進める力を持ちます。翻って音楽の場合はどうでしょうか。音楽は言葉のように具体的な情景描写をすることは困難です。例えばトライアングル一つで、「起承転結を表現してください」と言われたら、静かに叩いたり、激しく叩いたり、といった対比を付けることでなんとか表現しようとする人が大半でしょう。しかし、それで「物語として興味深い」と感じさせるのは、容易ではありません。

楽器だけで演奏される音楽は、常に「物語を表現するのが難しい」という問題を内包しています。それを解決するために作られてきた「形式」の話をしましょう。

音楽の形式とは

音楽において、形式とはどのようなものなのでしょうか。 例えば、A-B-Aという形式があります。 これは曲全体を3つの部分に分け、始まりと終わり(A)が同じ音楽で、中間(B)が異なる音楽になっているようなものです。 AとBは聞いてはっきりと分かるくらいキャラクターが異なる必要があります。 例えばAが勇壮な音楽だったら、Bは抒情的な音楽にしたり、Aが悲痛な音楽だったら、Bが救われるような音楽にしたりします。

同じような曲想で10分間聞くとなるとかなり長く感じますが、A-B-Aがそれぞれ3分程度であれば、聞きやすく、また物語性も感じることでしょう。

では実際に様々な音楽の形式を見ていきたいと思います。

二部形式

二部形式は最も基本的な形で、A-A’という形を取ります。 AとA’はキャラクターがそこまで異ならないか、または異なっていたとしても同じ旋律を使用している、など分かりやすい共通点が必要です。 A-Bのように、前半と後半を全く違う音楽にしてしまうと、曲全体の統一感が無くなってしまい、まるで二曲のように聞こえるからです。(もちろん、そのような形式の音楽もあります)

この形式は古くから用いられており、様々な派生が存在します。

A-A’-A 例えば、A-A’-Aというのは二部形式の派生形です。 A-(A’-A)と考えると、共通点のある音楽が2つ並んでいるように見えるからですね。

他に、ソナタ形式という有名な形式があり、これも二部形式の派生形ですが、これは後ほど紹介します。

三部形式

三部形式も非常によく用いられる形式で、A-B-Aという形をとります。上で解説した形ですね。A-A’-A型の二部形式との違いは、中間部(A’やB)が、対比されているかどうかで決定します。

二部形式か三部形式かで迷うことはないくらいはっきりと対比されるのが三部形式の特徴です。

三部形式のほうが二部形式より、キャラクターの幅は広がりますが、一貫性を持たせるのが難しいため、バラバラの3曲のように聞こえてしまうこともあります。

三部形式も二部形式同様、派生した形があります。

アリア・ダ・カーポ形式 これは、歌曲に使われる形式で、Aの部分で状況を歌った後、Bの部分で感情をより高めるように歌い、またAに戻ってくるというのが典型的なパターンです。 2回目のAは、歌う人によっては即興的に旋律をきらびやかにアレンジすることがあります。

スケルツォ・トリオ形式 スケルツォとは、極めて高速な3拍子で、1小節を1拍のように感じるような曲想です。 スケルツォを演奏し終えると、比較的ゆるやかで落ち着いたトリオという部分が始まります。 その後、また急速なスケルツォに戻って演奏が終わります。

複合三部形式 3部形式はA-B-Aそれぞれが独立した音楽のように聞こえるため、それぞれの部分にも形式が必要な場合があります。

たとえば、それぞれを二部形式にした、 A-A’-A-B-B’-B-A-A’-A という形は、複合三部形式と呼ばれます。 このような形にすることで、飽きさせることなく長大な曲を書くことができます。

ソナタ形式

ウィーン古典派の筆頭であるハイドンは、それ以降200年ほどの音楽の形式の大枠を定めた偉大な作曲家です。その功績の一つにソナタ形式を完成させたことにあります。

ソナタ形式は長大な曲を書くのに適しており、またその物語性から、多くの作曲家がソナタ形式を用いた大作を作曲してきました。

現代でも、ソナタとタイトルを冠する曲は、大作であることが多いです。そんなソナタ形式は二部形式から発展したものです。

形式の大枠は次のようなものになります。

提示部 - 展開部 - 再現部

これは、二部形式のA-A’-Aと対応します。

展開部は、提示部の旋律を使いまわしたり、転調したり、とより発展的に扱います。提示部のキャラクターを引き継ぐため、二部形式的です。

提示部と再現部は、次のように細分化されます。

第一主題 - 推移部 - 第二主題 - 終結部

第一主題と第二主題はAとBのように対比される必要があります。

⇒ピアノの悩み:薬指と小指がうまく動かない!どう解消する?

また、第一主題と第二主題の間に、推移部と終結部があるように感じますが、実際の曲では、数分も続くような長大な推移部があったり、終結部で新たな音楽が始まったりと、作曲家のインスピレーション次第でかなり自由に扱われます。

提示部における大切なことは、曲全体に使うキャラクターを登場させ、その後の物語を予感させることにあります。

展開部はもっとも自由に扱われる部分で、これといったルールは特にありません。

展開部で大切なことは、提示部で登場したキャラクターをしっかり活躍させること、そして、音楽を劇的にすることです。

このような音楽の盛り上げのあとに再現部が訪れます。再現部とはその名の通り、提示部と同じような音楽です。

ソナタ形式の再現部は、聴く人に「帰ってきた」という印象をもたらします。それは「平穏を取り戻す」「高らかに凱旋する」「解決できなかった苦しみ」など、様々なことを象徴することができます。

ソナタ形式の音楽は短い曲で10分程度、長ければ30分かかり、中には1時間に達する曲もあります。言葉のない中でこれだけのストーリーを作ることができるというのは「形式」の持つ大きな魅力です。

形式と転調の密接な関係

形式に沿って作曲をしようとすると、はっきりとした「変化」を演出する必要が生まれます。この時に必要なのが「転調」です。

「転調」は、西洋クラシック音楽の特徴ともいえる技術で、同じ旋律を使いまわしていても、転調をすることで曲の中での印象をガラッと変えることができます。

そのため、多くの形式は、転調のルールも定められています。

⇒ピアノが上達する効果的な練習方法とは?何時間するべき?

また、調にはそれぞれ意味があります。白鍵だけの「ハ長調」には「無垢」「純粋」という意味が込められていることが多いです。

このようにして、調それぞれの意味や転調によって言葉のない音楽にもストーリーを作ることができます。

逆に調のない音楽や、転調できない楽器で、今回説明した西洋クラシック音楽の形式を持たせることは困難です。20世紀になると、西洋音楽にも世界中の音楽が取り入れられたり、調のない音楽も登場し、新たな発想による「形式」が必要になりました。

音楽は時間芸術と呼ばれることがあるように、全体のストーリーがとても大切です。

特に楽器を練習しているときは、難しい場所を部分的に集中して練習することが多いかと思いますが、一通り難しい部分を演奏できるようになったら、全体のストーリーの組み立てにも注目して音楽を作り上げてみましょう。(作曲家、即興演奏家・榎政則)

⇒Zoomでピアノレッスン、D刊・JURACA会員は無料

 榎政則(えのき・まさのり) 作曲家、即興演奏家。麻布高校を卒業後、東京藝大作曲科を経てフランスに留学。パリ国立高等音楽院音楽書法科修士課程を卒業後、鍵盤即興科修士課程を首席で卒業。2016年よりパリの主要文化施設であるシネマテーク・フランセーズなどで無声映画の伴奏員を務める。現在は日本でフォニム・ミュージックのピアノ講座の講師を務めるほか、作曲家・即興演奏家として幅広く活動。

© 株式会社福井新聞社