3回目のデートで、終電を逃した28歳女。翌朝、彼が激しく後悔したワケ

東京には、それぞれその街を象徴するスポットがある。

洗練されたビルや流行の店、心癒やされる憩いの場から生み出される、街の魅力。

これは、そんな街に集う大人の男女のストーリー。

▶前回:元カレと曖昧な関係を続ける24歳女…。思いを断ち切るためにしたコトとは

Vol.10 『毎日そばにいたいと思える人/代官山T-SITE』悠(37歳)

「おお!アルノー。元気だった?」

「悠!元気だよー。日本で会えて嬉しい」

「アルノーが日本で就職するとはね。俺も嬉しいよ」

4月も下旬になり、新生活ムードもようやく落ち着いてきた東京。

昼前の代官山駅で、学生時代からの友人・ドイツ人のアルノーと落ち合った悠は、人目を憚らずに満面の笑みでハグを交わした。

音楽を愛するふたりの出会いは、19年前。毎年7月にベルギーで開催される世界最大のEDMイベント『Tomorrowland』の、初回開催での事だった。

意気投合して以来、メールや電話でちょくちょく音楽情報の交換をしたり、悠がヨーロッパを訪れる際に落ち合ったりする友人関係が続いている。

昨年夏のベルギーでの楽しい思い出をひとしきり振り返りながら、アルノーと悠は肩を並べて代官山T-SITEを歩く。

アルノーが日本での就職を決めた理由は、自身がフリーで楽曲を作ったりライブをプロデュースしていた縁で、憧れていた日本の音楽レーベルから声をかけてもらったことなのだそうだ。現在は来年のフェスに向けて、海外アーティストを日本へ招致するために奔走しているのだという。

「ずっとラブコールを送っていた日本のレーベルに、ようやく声をかけてもらったんだ!彼女も一緒に日本へ来たよ」

「おお、美玲(メイリン)か。一緒に来たってことは…」

「いや、結婚はしてないよ。でも、彼女は僕にとって大切なパートナー。毎日一緒にいたいんだ」

「相変わらず仲がいいな。美玲にも会えるのを楽しみにしてるよ」

会話を弾ませながら蔦屋書店を通り過ぎようとした時、悠の背後からふいに声がかけられた。振り向くと、よくシェアオフィスで顔をあわせる仕事仲間だ。

「お!悠。今日は仕事オフなの?」

「おう、友人とランチの約束してるんだ。こいつ、アルノー。ゆっくり話して、夕方にはラウンジに戻るかな」

CGアーティストとして映像制作の分野で成功した悠は、フリーランスとして独立した10年前から、中目黒に住んでいる。

家からほど近いここ代官山T-SITEは、施設内のシェアラウンジを仕事場として利用することも多く、界隈でちょくちょく知り合いに会うのだった。

独立して仕事をしていたり、好きな時に休みをとって一人旅をしたりとひとり行動が主なためか、一匹狼のような雰囲気を持つ悠。

しかしどこにでもひとりで顔を出すので、友人は少ないようで多い。

男女問わず子どもから老人、外国人までもが自然と引き寄せられてくるのだ。

初対面の人が毎度驚くのは、その見た目と年齢のギャップである。

悠の中性的な顔立ち、きめの細かい肌、柔らかい髪の毛といった姿は一見して学生のようだが、実年齢は37歳だ。

男女隔てなく仲が良いがゆえに、どこか掴みどころのないムードを放つ悠だが、浮いた話がないわけではない。

今夜は広告代理店に勤める麗奈と3度目のデートだ。

麗奈は積極的なタイプなのか、悠がこのあたりに住んでいると伝えると、彼女の方から代官山でのデートを提案してきたのだった。

「悠くんのおすすめの店に行ってみたい」

そんな麗奈からのリクエストで、今夜は『BISTRO FAVORI』を予約している。

色鮮やかな食材を使って美しいプレゼンテーションをしてくれる、代官山らしいお洒落な一軒家のビストロだ。

女性からの評判がいいのはもちろん、テラス席もあり犬連れもOK。仕事場にしているシェアラウンジから徒歩30秒とあり、悠は何度か友人とこの店を訪れていた。

約束の時間を迎え、悠は麗奈とテーブルに着く。

ディナーは目にも楽しいたっぷり野菜のアミューズに始まり、四季折々の食材が並び、ほどよくカジュアルな雰囲気の中で悠と麗奈の会話は弾んだ。

「ねぇ悠くんって…私のこと、どう思ってる?」

「可愛いと思ってるよ。一緒にいて楽しいし」

食後のコーヒーのタイミングで突然出た麗奈の質問に、悠は臆することなくさらりと答える。

「嬉しいな。じゃあ、恋愛対象として見てくれてるってこと?」

「それは俺のセリフだよ。10個も年上なんだから」

「わたしは最初から恋愛対象として見てるよ。悠くんのこと」

仕事仲間との飲み会に居合わせた麗奈と、ふたりで会うのは3度目。確かに、そろそろ関係性が気になる頃だろう。

「もう少し飲みながら、ゆっくりしたい」という麗奈を連れて、悠は代官山T-SITE 2階の『Anjin』に向かった。

仕事場としてシェアラウンジへは来ていたが、夜に『Anjin』に来るのは久しぶりだ。

かつての深夜営業のイメージがあったが、今は22時クローズだと告げられてしまった。

「ラストオーダーまで時間もないし、今日は帰ろうか?駅まで送るよ」

「せっかくの土曜日、もう少し楽しみたいな。そうだ!一緒に映画観ようよ」

「じゃあ…飲み物でも買ってうちに行くか」

断る理由も見つからず部屋へ招待してみると、麗奈は嬉しそうな笑顔でうなずいた。

飲み物を買って目黒川のほとりをゆっくりと散歩し、部屋に着いたのは22時過ぎ。

それから準備をして映画を観て…いつしか終電の時間を迎えていたことに悠は気がつく。

タクシーを呼ぼうか、と声をかけようとしたが、麗奈は映画のエンドロールが流れても画面から目を離さず、帰り支度をする様子はなさそうだ。

「麗奈ちゃん。もう一本、映画観る?…それとも、休む?」

ここにいても良い、と許可を得たように感じたのか、麗奈は安堵の笑みを浮かべる。

「ありがとう。少ししたら、休もうかな」

悠は麗奈に部屋着を貸し、着替えたふたりはほどなくしてベッドへと向かった。

広いベッドにそれぞれ横になり、今日のディナーの感想など少しだけ話をして…甘えてきた麗奈の期待に、悠は応えたのだった。

翌朝。カーテン越しに朝日が昇っていく明るさを感じて、悠は目覚めた。

寝室はまだ、薄暗い。カーテンを開けようと起き上がったところで、隣にスヤスヤと寝ている麗奈の姿が目に入る。

― ああ、そうだ。昨夜は代官山でディナーをして、その後ここで映画を観て…。

回想しながら虚しさが滲んでくる。自分の心がヒヤリとしたのを取り繕うかのように、麗奈に毛布を掛け直し、悠はシャワールームへと向かった。

シャワーを浴びて身支度を整え、コーヒーを淹れていると麗奈が起きてくる。

「悠くん…おはよ」

「おはよう。シャワー良かったら使って。朝食用意しておくね」

そしてふたりは言葉少なに朝食を食べ、悠は麗奈を中目黒駅へ送って行った。

「悠くん、またね」

「うん。無事家に着いたら、連絡して。またね」

― こんな朝が、以前にもあったな。たしか6、7年前のことだ。

その頃はコロナの気配もなく、代官山の街には夜な夜な楽しそうな男女が行き交っていた。

共に夜を過ごした女性の名前は美緒。はっきりと覚えている。

悠が外国人の友人宅でホームパーティーを楽しんだ後、散歩がてら『Anjin』へ立ち寄ると、パーティーで目にした女性がいた。それが美緒だったのだ。

「あれ…さっき、パーティーにいましたよね?」

何冊も書籍をテーブルに載せてワクワクしていた美緒が、驚いた様子で顔を上げる。

「あ、…はい!一緒でしたね」

話を聞くと、美緒はフランスに縁があり、友人に声をかけられてパーティーに参加したらしい。

映画やデザインの話で盛り上がったふたりは「TSUTAYAに各々が一番好きな映画のDVDがあるか見に行こう」となった。

しかしいざ店内を歩き回ってみると、あれもいいこれもいいとおすすめし合う形となり、DVDはどんどん山積みになる。

「ねぇ、この中からどちらかが観ていない2本を選んで、今から一緒に観ようよ」

悠の誘いにうなずいた美緒が、まるで初めて夜更かしを許された子どものように楽しげだったことを覚えている。

― かわいい…。

美緒のことを好ましく思ったけれど、その夜、ふたりの間には何もなかった。

本当に、ただ映画を2本観ただけ。そして翌朝、ちょうど今朝と同じように美緒を駅まで送っていったのだった。

気楽にベッドを共にするよりもずっと、ただそばにいるだけの時間が愛おしい。

そんなふうに感じたのは、悠にとって初めてのことだった。

美緒ともっと一緒にいたい。

そう強く感じた悠は、DVDを返却に行くという口実で美緒を誘い、その後何度もT-SITEのTSUTAYAでレンタルと返却を繰り返ながら美緒との時間を過ごした。

けれど、その後の展開はあっさりとしていた。

フランス在住だった美緒が日本にいた理由は、仕事の出張だっただけ。3ヶ月の長期出張期間が終わると、美緒はパリへと舞い戻ってしまったのだ。

― あのまま彼女とずっと一緒にいられたら、どんな日々を送っていたんだろう。

正直に言って、女性に困ることはない。けれど、どれだけ好意を寄せられても、どうしても恋愛に熱量を注げない。

そのことには悠自身自覚があり、数少ない悩みでもあった。

じっくりと時を重ねることに幸せを感じることのできた美緒は、自分にとって奇跡的に相性の良い女性だったな、と今なお思う。

しかしそれは、麗奈のような女性の積極性を否定するものではない。

急ぎたくないのなら、自分自身が主導権を握ってペースを整えれば良かっただけの話だ。

先週、恋人と別れることを決めた咲に結婚について問われ、「毎日そばにいたいと思える人はいた」と言った。

昨日はアルノーと美玲の美しいパートナーシップに触れ、男女の関係性についても考えさせられた。

― 俺ももう一度、「毎日そばにいたいと思える人」に出会いたい。いや、…そんな関係性を自分の意思で築いていきたい。

麗奈と一夜を過ごし、少し残念な気持ちになってしまった今朝の自分、そしてこの数年間、女性に真っ当に向き合ってこなかった自分──。

悠はここ数日のうちに会った自分の気持ちにまっすぐな人たちを思い出し、恥ずかしいような不甲斐ないような心持ちがした。

すると、悠のスマホの着信音が静寂を破った。

着信は、麗奈からだ。

― まずは目の前の、素直に気持ちをぶつけてくれている女性に向き合おう。

じっくりと時を重ねることで、感じられる幸せがあるかもしれない。

美緒を失ってから気づいたあの幸せを、待ち続けるのではなく、自ら掴みにいくのだ。

これから麗奈と、どんな関係を築いていけるだろう。

淡い期待と緊張を胸に、悠は通話ボタンを押した。

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