カンヌ&オスカー受賞監督・濱口竜介が最新作『悪は存在しない』をじっくり語る!「2023年ベスト映画」や石橋英子との共作秘話も

松崎健夫 小林麗菜 濱口竜介

名実ともに日本映画界を牽引する監督の一人、濱口竜介の最新作『悪は存在しない』が2024年4月26日(金)より全国順次公開。本作は、2023年9月に開催された第80回ヴェネチア国際映画祭授賞式で銀獅子賞(審査員大賞)を受賞している。

カンヌ国際映画祭で4冠、アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』から3年。そんな濱口監督が『悪は存在しない』の日本公開に先立ち、小林麗菜が司会を務めるCS映画専門チャンネル ムービープラスの番組「映画館へ行こう 4月号」に登場。映画評論家・松崎健夫氏をゲストに迎えて本作の知られざる制作秘話、そして過去作から通底する撮影術を語ってくれた。

「石橋英子さんとの共同作業はすごく幸福なもの」

小林:映画を拝見しました! 静かな中に美しさもあって、最後まで目が離せない展開に心奪われました。

松崎:アカデミー賞などを獲ったあとに、どういう映画を作るのか? と思っていましたが、すごいものを作ってきたな……というのが僕の感想です。

濱口:ありがとうございます。

小林:『ドライブ・マイ・カー』を経て、本作『悪は存在しない』を作られた経緯ですとか、作品に込めた想いを聞かせてください。

濱口:2021年の終わりくらいに、『ドライブ・マイ・カー』でも音楽を担当してくれた音楽家の石橋英子さんが、海外のプロモーターから“映像と一緒にライブツアーが出来ないか?”と打診されたようで、(そのライブ映像制作の)白羽の矢が自分に立ったんです。『ドライブ・マイ・カー』でも、石橋さんとの共同作業はすごく幸福なものでした。音楽はどれも素晴らしいし、その音楽をつけると、映画のステージをひとつ上げてもらっているような感じがあったので。

石橋さんの音楽に合わせて映像を作るっていうのは、今まで自分が体験したことがないようなところに連れていってもらえるんじゃないかなと思ってはじめたんですが、ライブ用の映像というのは作ったことがなかったので、最初は“抽象的な映像を求めているのか?”とか、腹の探り合いみたいな期間がそこそこあって。でもどうやら全然、いかにも音楽的な映像は求めてはいなくて、自分(※濱口監督)がふだん作っているようなものを作ってくれればいい、と。石橋さんが信頼してくださっている、ということもあったんだと思います。

松崎:監督が作った映像に合わせて石橋さんが音楽を付ける、ということですか?

濱口:そうですね、結果的に『GIFT』というタイトルの映像になったんですが、それを観ながら石橋さんが演奏をする、っていうことですね(※)。

(※ライブ用の映像『GIFT』制作過程で、その撮影素材を用いた長編映画『悪は存在しない』が完成した)

松崎:なるほど。本作はグランピング場を都会の理屈で地方に誘致する、という話になっていますが、濱口さんのこれまでの作品も、地方都市を舞台にしていることが多いという印象があります。なにか理由があるんでしょうか?

濱口:自分も大学から15年くらい東京に住んでいて、2011年の東日本大震災をきっかけに仙台に引っ越して2年くらいドキュメンタリーを作るんですが、そのとき恥ずかしながら、今まで見ていたのは“東京のローカルニュース”だったんだ、と理解するんです。東京にしかほとんど関係のないものを全国放送で見せられているな、ということを仙台に住んでいて思ったんですよね。とくに被災後だったということもあるかもしれませんが。

自分たちとはかかわりのない話、まあ自分も東京から来た人間だったんですが、おそらく東北の人たちから見たら「これは自分たちとは関係のない話だけど、なんか重要そうにやってるな」みたいなことが当時たくさんあったと思うんです。そういう視点、そういう気持ちを忘れずにおきたいな、ということはそれから先も思ってはいます。

「フレームを通して見えた“得体のしれなさ”がキャスティングの理由」

小林:本作も本当に魅力的なキャスト陣だと思いました。でも、実はもう俳優はされていない方や演技未経験という方など、いろんなジャンルの方々が集まっているなと思ったんですが、起用の理由は?

濱口:主演の大美賀均(おおみか ひとし)さんは監督もやられているんですが、もともとは自分の『偶然と想像』(2021年)という作品に制作部として来られていて、その後も何度か小さな撮影などに参加していただきました。今回も、制作に先立って実際の撮影現場でシナハン(※シナリオ執筆前の取材)をしたんですが、そのとき大美賀さんにドライバーをしてもらっていたんです。

そのときカメラマンの北川(喜雄)さんも一緒に回ってもらって相談していて、そこでスタンドイン(※立ち位置確認)をしてくれていたのも大美賀さんでした。そうすると、普段コミュニケーションしているときとはけっこう違うというか、とくに無表情だと本当に考えが読めないような顔をされていて、実は衣装のコートとかも彼の私物なんですけど(笑)、全体的に“得体のしれない感じ”というのが、フレームを通すと見えてきて。それで「この人は良いんじゃないか?」と思いまして、お願いしました。

あと彼自身も監督としてすごくいい映画を撮っていて、それも(出演を)頼んだ理由の一つです。彼も「演じる側の気持ちを知っておきたい」という気持ちがあったようで、受けてもらった、という感じですね。そうやって一人ひとり、“この人だったらこの役がいけるかも”、“物語に説得力を与えてくれるかも”という発想が積み重なって、このキャスティングになっているかもしれないですね。

小林:背景を知ると、より面白いですね!

「演者の中で何が起こっているか。自分には分からないぶん、驚けたらOK」

小林:劇中、集会のシーンがありますが、あの不穏さが印象に残っています。撮影ではどのように演出されたんですか?

濱口:実際“ああいうこと”があったらしいっていうのをリサーチの段階で聞いていて、それを基にして書いてはいます。ああいう場面なので、先ほど言ったような<都会の論理>と<住民側の論理>みたいなものが対立する場所であって、必然的に不穏にはなるところではあるんですよね。ただそれが実際、単純に住民側が反対しているとか責め立てているということではなかったそうですし、映画としてもそうしたくはなかった。じりじり、じりじりと何かが発展しているような、そういう場面にしたいというのは脚本の時点から思っていましたし、実際みなさん“やりすぎない”というか(笑)、絶妙な感じで演じてくれたなと思っています。

松崎:あのシーンはカットを割っていらっしゃるじゃないですか。だから“この画とこの画をモンタージュで組み合わせれば何かが生まれる”という可能性は編集の段階、カットを割る段階であると思うんです。一方で僕が印象的だったのは、薪を割るシーン。長回しワンショットで映していて、あれは薪を割るスキルを見せるシーンにもなっていますが、後半に“奇跡的なこと”が起こりますよね。でも長回しだから、最初からプランを立てないとあの奇跡は起こらない気がするんですが、どこまで意図的なところだったんでしょうか?

濱口:でも基本的には演出されているというか、脚本上ああいう流れになっていて、それを皆さんがよく演じていただいて、とくに大美賀さんは連続して薪を割らなきゃいけないので本当に大変だったと思います。あのキャラクターのモデルになった方のところに行って2~3日くらい、薪割りの修行もされたんだと思います。気がついたらすごく上手くなっていて。

松崎:(笑)。本当のスキルを見せていただいたわけですね。

濱口:だから思っていたよりもワンショットで撮れることになりましたし、高橋という役を演じた小坂竜士さんもすごく……これはぜひ観ていただきたいんですが、本当に見事にやっていただいたなと。それらは全部、演技として組み立てられたものですし、皆さんのお力、という感じです。

松崎:それはどこまでサジェストするんでしょうか? タイミングとか……

濱口:タイミングを意識してしまうと動きが硬くなるので、お任せですね。流れは決まっているんですが、皆さん思うようにやって頂いたという感じです。

松崎:先ほどの「無表情な感じに何かが……」ということで(大美賀さんを)起用されたということとも繋がるんですが、本作に限らず濱口監督の演出される役者さんは、感情を抑えているように見えるんです。とくに今回は演技慣れしていない方がいらっしゃるということもあるかもしれませんが、だけれども“表情がないのに感情が見える”というのが、いつも不思議でした。しかも国際映画祭で評価されているということは、外国の方が観ても同じように感情が読み取れるということじゃないですか。それはどうしたら出来るのかなと。

濱口:「(台本を)無感情で何度も読む」というのがベースにあって、ただ、それが身体に染み付くようになるまで読む。でも本番にいくときには、なにか感じたことがあったら出していただいて構いませんとは言っていますが、余計なことはする必要はない、感じていないのに“フリ”をする必要はない、ということも言っています。結果的に“何か”を感じたときだけ声に抑揚が加わったり、表情に微妙な変化が起きるとか、そういうことはあるんだと思います。

演者の皆さんの中で本当に何が起こっているのかということは自分にはわからないですが、カメラの後ろにいて「あれは何なんだろう……?」というか、フィクションのキャラクターだということは自分が誰よりも分かっているのに、“そういう人”にしか見えないというか、そう見えたらOKということですね。究極的に“何が起きているのか”ということは、本当にわからない。だけど自分が分からないぶん、驚けたらOKっていう感じですかね。

松崎:それは“現象”を待っている?

濱口:そうですね、言うなれば。

「フィクションのキャラクターを演じるというのは、本当に心許ないこと」

松崎:『ドライブ・マイ・カー』のブルーレイにはメイキング映像が入っていますよね。

濱口:はい、長大な(笑)。

松崎:濱口監督の現場を見ていて思っていたのは、基本的にモニターをご覧にならないじゃないですか。カメラのレンズの下辺りにいらっしゃるので、全スタッフのなかで一番役者に近い場所で演技を見ているという感じがしています。そうすると、例えばモニターで画角を確認することとは何が違うのかな? と。

濱口:基本的にカメラは良い位置、つまり顔が見える位置に置くわけですよね。顔が見える位置というのは逆に言えば、向こうからも見える位置なんです。そのときに、“見られている”という感覚が、モニター越しだとある程度“冷たく”伝わるんじゃないだろうか、ということは思っています。

フィクションのキャラクターを演じるというのは、本当に心許ないことだと思うんです。周りのスタッフは現実世界の住人なのに、自分だけセリフを言わなければいけない。これって単純に、けっこう恥ずかしいと思うんですよね。ただ、そのフィクションの側に立っていますよということ、それは事前に本読みをしながらも伝えていますし、自分がそれをすごく肯定的に見ている、関心を持っているということは、伝わったほうが演じやすいんじゃないかと思ってやっています。

あとは自分自身がモニターを見てしまうと、画のことが気になる。「あ、いま中心からズレたな」とか(笑)。でも、そんなこと本当にどうでもいいんですよね、観客にとっては。だからそういうことを気にしないように、できるかぎり肉眼で見るようにしています。

小林:へぇ~~!(感嘆)

松崎:それでいて映像が美しいというのが、両立しているのがすごいですよね。

濱口:でもそれは本当に撮影監督の、今回で言えば北川喜雄さんの力だと思います。すごく優秀な人だからこそ自分も目線を外していられるというか。

濱口監督の「2023年ベスト映画」は?

松崎:撮影の北川さんのお名前が出ましたが、編集の山崎梓さんも、監督とは東京藝術大学の先輩や同期だったりするわけじゃないですか。

濱口:はい、松崎さんも。

松崎:まあ僕は濱口監督の後輩にあたるわけですが(苦笑)。

濱口:歳上なんですけどね(笑)。

松崎:そういった仲間たちと作品を作るという人は、この映画界においてはプロフェッショナルになると少ないと思うんですが、十数年経っても一緒に仕事をするというのはとても素晴らしいことだなと思います。濱口監督はそのあたり、どのように選んでいらっしゃるのかなと。

濱口:やっぱり常に一緒に仕事できているわけではなくて、それぞれ別の仕事をしていたり別の現場に行っていて、何年かしてまた一緒に仕事をすることがあるんですが、お互い続けていないとそういうことも起こらないわけで。だからごくシンプルに(業界に)いてくれていて、「この作品だったら喜雄が合うかもしれないな」とか。そんなに距離が近いわけではないけれど、ずっと一緒の時代を生きているというか、仕事を続けてくれているという感覚があるので、プロジェクトに応じて「是非あの人にやってほしい」となったときに連絡する、という感じだと思うんですよね。そうやって別れてはまた一緒に仕事ができる、お互い別の現場でこういうことを学んできたんだなっていうことを同じ現場になったときに思える、それが一番嬉しいことですね。

小林:監督が作品を作る際に、一番大切にされていることは何でしょうか?

濱口:究極的にはやっぱり「楽しい」ということじゃないでしょうか。結局、自分ひとりで楽しくなるのはなかなか難しいので、ある程度は現場全体が楽しくなっていないといけないし、でも楽しいというのは単純に笑っているとかそれだけではなくて。充実しているというか、自分がすごく大切なことに関わっているんだという感覚をみんなが持てていることが、仕事として楽しいということだと思うんです。

小林:では、監督ご自身の“2023年のベストムービー”と、その理由をお聞きしてもいいでしょうか。

松崎:ああ、それは知りたい(笑)。

濱口:ものすごく正直なことを言うと、去年12月に試写で観た、三宅唱監督の『夜明けのすべて』(2024年2月9日より公開中)ですね。皆さんにとっては今年の映画だと思うんですが、これは本当に衝撃を受けたというか。なんていうのか、それこそ抑制されているけれど、何ひとつとして作為的に物語を進行させるような場面がなくて、ただひたすらに積み上げていくことで最終的にはすごく強いエモーションが生まれてくるっていうのは、正直これは日本映画で……少なくとも現代日本映画で初めて観ているかもしれない、という気はしました。それはものすごく大きな“達成”だなと。

『悪は存在しない』は2024年4月26日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シモキタ – エキマエ – シネマ『K2』ほか全国順次公開

CS映画専門チャンネル ムービープラス「映画館へ行こう 4月号」は2024年4月放送

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