保育士→引きこもり→地下アイドル→女優 紆余曲折あった角田奈穂がプロレス引退を決めるまで

7月いっぱいで東京女子を卒業する角田奈穂【写真:東京女子プロレス提供】

同期になかなか勝てず、カードからも差を感じる日々

2024年の東京女子プロレスは大きな動きが相次いでいる。3.31に両国国技館で開催されたビッグマッチ『GRAND PRINCESS ‘24』では、新世代が台頭しベルトを独占。また4.13下北沢大会では、長野じゅりあが卒業試合を行った。そしてもうひとり、ここ数年間の東京女子を支えてきた角田奈穂が7月いっぱいでの卒業及びプロレス引退を発表した。基礎がしっかりした安定感のある試合運びで絶大な信頼を置かれていた彼女は、なぜこのタイミングで引退をする決心をしたのか。(取材・文=橋場了吾)

角田はプロレスラーとしてデビューする前から、タレントとして活動していた。その中で幾多の人生を変えるタイミングが訪れる。

「1回保育士として就職してから(タレント)デビューしているので、今の時代だったら遅いんじゃないですかね。保育士をやめてずっと家に引きこもっていた時期があるのですが、そのときに何かしたいと思って習い事を探したんです。実は幼少期にいろいろな習い事をしていたので、やったことのないものをしたいと思ってたどり着いたのがアクション殺陣でした。役者さんが教えているクラスがあるというので行ってみたのですが、たまたま土日に地下アイドルのライブをやっているスタジオさんだったんですよ。それでその事務所の社長さんに『地下アイドルに興味ない?』と声をかけられて……ノリで始めたんですよね。今でいう地下アイドルよりも、もっと究極の地下での活動だったんですけど(笑)。でも活動していく中でちゃんと事務所に入ってお仕事したいなと思うようになって、そこから事務所を探して本格的にタレント活動を始めました」

角田はそもそも表舞台に立ちたいという思いをもってタレント活動を始めたわけではなかった。しかし、舞台に立つようになってその気持ちに変化が芽生えた。

「芸能活動をしているうちに、舞台の仕事が来て。初めて舞台に立ってみたら、楽しくて今も舞台は続けるくらいのめり込みました。そして、アクトレスガールズの1期生としてプロレスをするようになりました」

アクトレスガールズは2015年に旗揚げ戦を行っているが、その名の通り女優がプロレスをするというコンセプトでスタートした。角田の同期には、安納サオリ、なつぽい、本間多恵、尾崎妹加など現在の女子プロレスを代表する選手が揃っている。その中で角田はなかなか勝てない時期を過ごした。

「私は、未だに自分の試合映像を見てがっかりすることが多いんです。(アクトレス時代も)ずっと同期に勝てなかったですし、後半に何年か経ってようやく一度だけ勝てたことがあったけど、後輩にも負けて……。堀田(祐美子=全日本女子出身のレジェンド)さんに教えていただいたんですが、練習も厳しかったですし、なかなかプロレスの楽しさを見出せなかった時代がありました」

アクトレスガールズは舞台女優で構成されているが、時間の経過とともに舞台よりプロレスをメインに活動するメンバーも増え、同期の中でも「プロレスラー」としての差が生まれ始めた。

「同期でも試合数に差がつけば、当然、経験値でも差がつきますし、プロレスラーとしての認知度でも差がついちゃいますよね。組まれるカードにしても、同期は他団体のゲスト選手や先輩方との試合が増えていく一方で、私はそれすらも体感できなかった。そういう同期の姿を見て『すごいな』と思うことしかできませんでした」

笑顔を交えながらプロレスラー生活を振り返った【写真:橋場了吾】

コロナ渦で考えた「自分のやりたいプロレス」

プロレスラーとして開眼できない日々が続いた角田だが、コロナ禍で角田のプロレス人生は大きな岐路を迎えた。2019年に左膝前十字じん帯断裂の手術のため長期欠場。そして、復帰して1年ほどでアクトレスガールズを退団し、東京女子プロレスへの参戦を発表した。

「復帰してコロナ禍になったときに、自分に時間が出来過ぎちゃって、いろいろ考えたんです。その中で『今いる環境が自分に合っているのかな』『プロレスは続けたいけど、このままでは何のためにやっているのかわからない』とか……完全なフリーも考えたんですが、いろいろなレスラーの先輩や同期にも相談して、東京女子でやっていきたいと思うようになりました。SNSで見ていた東京女子は本当にみんなかわいくて、ここには私の知らないプロレスがあると感じて。実はアクトレス時代も、新コスチュームを作るときは全身が映っている選手名鑑を見て東京女子の選手に憧れていました」

角田は2020年11月14日から東京女子にレギュラー参戦。実際に立ってみた東京女子のリングは、角田にとってどのようなものだったのか。

「キャリアにとらわれないアットホームな団体で、思い描いたキラキラした環境がそこにはありました。自分の知らないプロレスがここにはあるんじゃないかと考えて来ましたが、見ていた印象の何倍も個性豊かで毎日が刺激的で楽しかったです。もちろんその個性を知るために試合の映像もたくさん見たし、知らないものを知るということは簡単なことではなかったですけどね、前向きな気持ちしか生まれなかったです」

その中で角田は「頼れるお姉さん」として、存在感を増していく。

(23日掲載の後編へ続く)橋場了吾

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