世界 本の日

 文章を練るのにちょうどいい場所はどこだろう。中国宋代の政治家で文人だった欧陽脩は「三上(さんじょう)」を挙げたという。三上とは馬上、枕上(ちんじょう)(寝床)、厠上(しじょう)(トイレ)を指す▲同じことが読書にも当てはまりそうだと、作家の鶴ケ谷真一さんは随筆に書いている。枕上、厠上はそのままとして、馬上は今で言うとさしずめ、列車や長距離バスといった乗り物だろう▲「灯火親しむべし」というように秋の読書は夜更けの情景が思い浮かぶ。春の読書は車窓に差し込む陽光のもと、「馬上」ならぬ「車上」で楽しむのが、どうやら似つかわしい▲きょうは「世界 本の日」で「サン・ジョルディの日」ともいう。日本では大型連休の前に当たり、旅行かばんに詰める1冊を選ぶ最中の人もいるだろう。一足早く旅心に浸る頃でもある▲近年はスマートフォンや、それを大きくしたようなタブレットで電子書籍を開くのが読書の形として定着している。旅を予定する人は、書店をそぞろ歩いたり、自宅の書棚を眺めてみたりと、久しぶりに紙の温かみに触れる機会かもしれない▲川柳の秀作を集めた「川柳でんでん太鼓」(講談社文庫)にある。〈本の栞(しおり)少し動かし旅終る〉近江砂人(さじん)。窓を流れる若葉や花に見とれていたのだろうか。栞の動かない旅もまた、一興に違いない。(徹)

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