デザイナーとして働くXさんは、新商品のロゴ・パッケージのアイデアを提案したものの、クライアントのY社とは音信不通に。その後、街中でふと見かけたY社の新商品には、Xさんのアイデアを具体化したようなデザインが使用されていました。XさんはY社に対して何か主張できないのでしょうか。本記事では、クリエイティブ分野に特化したリーガルサポートを行っている弁護士の宇根駿人氏・田島佑規氏による著書『クリエイター六法 受注から制作、納品までに潜むトラブル対策55』(翔泳社)から一部抜粋して、提案した“アイデア”を無断で使用された場合の対応について解説します。
アイデア・方向性の提案をしたあと、クライアントが音信不通になった
類似のケース
●自分のアイデアが無断利用されているのを発見した
● ボツになったアイデアが勝手に使われていた
相談事例
あれ? これって私が以前提案したアイデアじゃない?
デザイナーのXさんは、お菓子メーカーのY社から、「新商品を開発しており、そのロゴとパッケージデザインを制作してくれるデザイナーを探している。Xさんにお願いした場合、どういったデザインになりそうか、まずはそのアイデアや方向性の提案をお願いできないか? また、実際にお願いするとした場合の見積もりもいただきたい」と連絡がありました。
Y社は、有名なお菓子メーカーであり、Xさんとしてもぜひとも受注したかったことから、気合を入れて、具体的なデザインの前提となるアイデアや方向性をまとめ、見積書とともに提案しました。
Y社からは、「ありがとうございます。検討のうえ、ご連絡させていただきます」と返信がありましたが、その後連絡が取れなくなってしまいました。
実は、今回のY社の案件だけでなく、このようなことが過去に何回か続いており、Xさんは困っています。
そんなある日、街を歩いていると、Xさんのアイデアを具体化したようなロゴ・パッケージデザインのY社の新商品が販売されていました。
Xさんは「特にY社から何の連絡もなく、勝手に自分のアイデアが使われている」と考え、何かY社に対して主張できることはないかと悩んでいます。
対応策
残念ながら、これからの対応は難しい
Xさんが主張できる可能性があることとしては、「①自分のアイデアを無断利用されたことに関するもの」と「②アイデアを提案したことに対する対価の請求」が考えられます。
まず、「①自分のアイデアを無断利用されたことに関するもの」について説明します。
一般的に、具体的表現の前提となるアイデアに著作権は発生しないと考えられており、今回の件において著作権に基づく請求を行うのは困難でしょう。
なお、単なるアイデアを超えて、アイデアを具体化した表現まで無断利用されていた場合には、著作権侵害などが主張できる可能性はあります。
そのうえで、自分のアイデアを守るためには、予防策で後述する通り、NDA(秘密保持契約)を締結することが考えられます。
しかし、すでに新商品も販売されており、Y社がXさんとのNDAを締結するインセンティブは全くないことから、現時点からNDAの締結を依頼しても効果はないと思われます。そのため、①について、これからXさんが何らかの対応をとることは難しいといえるでしょう。
次に、「②アイデアを提案したことに対する対価の請求」についてです。
この点のポイントは、アイデアを提案する業務に関し対価が発生するものとして契約が成立していたかというところです。
今回の件では、XさんはY社から、「実際にお願いするとした場合の見積もりもいただけるとありがたい」と伝えられています。通常は、見積もり→発注の申し込み→受注の承諾、という流れであることが考えられ、この場合、受注を承諾した時点で契約が成立するものと考えられます。
したがって、見積もりを提出した後、正式な発注の申し込みがない段階で、音信不通となっている今回の件では、契約が成立していると解釈することも困難です。
以上の通り、今回の件において、これからXさんが何らかの対応をとることは難しいといえるでしょう。
予防策
NDAを締結しよう
自分がクライアントに提案したアイデアを無断利用されないためには、提案資料を提出する前に、[図表1]のようなNDA(秘密保持契約)を締結しましょう。
NDAには、通常、NDAを締結する目的を記載する部分がありますが、その部分に「YがXに対しデザイン制作業務を委託することを検討する目的」と記載します。
そして、NDAには、通常、秘密情報の目的外利用を禁止する条項([図表1]、第2条)がありますから、Y社がXさんに対しデザイン制作業務を委託する以外の目的でXさんが提供したアイデアをY社が利用した場合には、NDA違反として責任を追及できるでしょう。
なお、自らが提案する資料には「Confidential」や「秘」など、その資料がNDAの対象の資料であるということがわかる記載も合わせて行うとよいでしょう。仮に口頭で提案した場合には、あとからメールなどで「先ほどご提案した〇〇という内容についてですが、こちらも秘密保持義務の対象にてお願いいたします」などと連絡しておくことも考えられます。
[図表1]秘密保持契約書の例
次に、アイデアを提案したことに対する対価を請求するためには、提案資料を提出する前に、契約を締結しましょう。アイデアの提案自体にも対価が発生する旨を説明し、クライアントに納得してもらえれば、アイデアの提案自体に対し報酬を請求できることとなります。
■ワンポイントアドバイス
今回のような件は、コストを抑えるために自社デザイナーや別途クラウドソーシングで発注したデザイナーへと、実作業が流れていることが予想されます。
アイデア提案前に契約締結を打診することは難しい局面もあると思いますが、「過去の他のクライアントにおいて、そのようなトラブルを経験したため、提案段階から契約の締結を依頼しています」と伝えると、普通のクライアントであれば、少なくともNDAの締結には応じてくれるでしょう。
宇根 駿人
大道寺法律事務所
弁護士
田島 佑規
骨董通り法律事務所
弁護士