成功事例に学ぶ、社会課題を起点としたイノベーションの創出に大切な視点とは

Day1 ランチセッション

社会課題を起点に新たな価値を創出していくイノベーションを軸とするビジネスモデルにいま、注目が集まる。本業の強みを生かして稼ぐ仕組みを確立しつつ、社会的価値を高めていくために、大切な視点、要諦は何か。途上国の貧困を背景とする雇用創出に目を向けたヤマハ発動機の取り組みと、宮城県の社団法人による障がい者や就労困難者らの新しい雇用のアプローチを事例に探る。(依光隆明)

ファシリテーター
齋藤直毅・アビームコンサルティング 戦略ビジネスユニット 兼 サステナビリティユニット シニアマネージャー
パネリスト
白石章二・ヤマハ発動機 経営戦略部 経営改革推進アドバイザー
高橋由佳・一般社団法人イシノマキ・ファーム 本社 代表理事

齋藤氏

企業にとってもちろん「稼ぐこと」は大前提だが、いま、さまざまな社会課題を解決し、より良い社会をつくっていくことに価値を見出すことがミッションとして求められている。セッションの冒頭、ファシリテーターの齋藤直毅氏は企業を取り巻くそうした背景を語り、その鍵を握るのが「イノベーションの観点から新規事業を創出することだ」とした上で、「今日はその成功の要諦は何かということを議論していきたい」と切り出した。

白石氏

二輪車を起点にさまざまな小型モビリティを開発・販売するヤマハ発動機で2018年から5年間、新規事業の責任者を務めた白石章二氏が、成功事例として報告したのはアフリカでのモビリティサービス事業だ。現地の状況について白石氏は、「免許制度がない、教習所がない。オートバイがあれば配達事業やタクシーができるが、銀行口座も持っていないからお金を借りることもできない」と解説。そこで、若者に車両を貸し、稼いだ収入から車両の費用を払ってもらう事業を展開することで、毎年1万人の若者の雇用を創り出したという。

高橋氏

次に、障がい者や就労困難者ら多様な人々を同一条件で雇用するイシノマキ・ファーム(石巻市)の高橋由佳氏は、障がいのある青年が「自分が社会の役に立つということは、納税者になることだ」と話したことがきっかけで、障がい者の給料の低さや立場の弱さを改めて思い知らされ、「社会的排除があってはならない。新しい形で価値創造できないかとソーシャルファーム(社会的企業)をつくった」と報告。「同一労働、同一賃金でみんな一緒に働く。難しいかもしれないが、多様性はイノベーションを起こすと私は信じる」と思いを込めた。

一方、社会的な価値創造をビジネスにつなげる上では、「稼ぎ続ける仕組みをつくる」ことも非常に重要だ。齋藤氏が「そのためのロジックやポイントはどこにあるのか」と投げかけると、白石氏は途上国におけるファイナンスの重要性を指摘。「ファイナンスを必ずくっつける。例えば農業とファイナンス。なぜかといえば、金融サービスが行き届いてないからだ」とした上で、「我々が、アフリカの若者の本当の気持ちを知るのは難しい。どうやって客を集めるかなど、ローカルパートナーと一緒に知恵を出し合うことも大切だ」と述べた。

ここで高橋氏が挙げたポイントは、「共感」という言葉だ。イシノマキ・ファームではクラフトビールの醸造を行い、ホップを栽培しており、高橋氏は、そのホップ畑の美しさに言及しながら、「もちろんビールがおいしいのは大前提だが、この景色を見続けたいのでビールを買い続けるという人もいる。共感を持ってもらうことが価値の獲得につながっていく」と強調した。

浮かび上がったコレクティブインパクトの重要性

ビール事業を通じては、大企業との連携も進めているが、「経済的規模もカルチャーも全く違う中で、共通価値を見つけ出すのはとても難しい」とも感じているという。しかしその一方で、「大企業の、どうやって価値創造をしていくかのヒントを現場で知りたいという思いは大きいはず。私たちは知見に基づいてそのためのデータを伝え、社会的排除をなくすためにみんなで対話していくこところから、共通価値を見つけ出せるのではないか」と述べ、さまざまなプレイヤーが一緒に社会課題解決に取り組む「コレクティブインパクト」の重要性に言及した。

一方、白石氏は、地域のNPOの理事や、行政のアドバイザー的な役職も担っており、そうした活動を通じて、「民間セクターと多元セクター(行政でも民間でもない中間集団)、行政、それぞれの立場を理解することが少しずつできるようになった」と自身を振り返った。その上で、「企業ができないこと、行政ができないこともたくさんあり、高橋さんのような多元セクターが活躍できる社会にしていかないと。多元セクターと行政の共創、多元セクターと民間セクターの共創が同時に起きながら全体で社会をつくっていくという絵が必要」と語った。

議論を通じて浮かび上がったのは、やはりコレクティブインパクトの重要性だ。齋藤氏は、「社会課題を解決するビジネスモデルは、1社や1団体ではできない。自社として稼ぐポイントは押さえつつ、たとえ言語や文化が違うパートナーであっても、手を組んで共創のエコシステムを設計する。そこに競争の優位性が生まれる」などと述べ、セッションを締め括った。

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