スーパー耐久GR86の搭載エンジンは、なぜ1.4リッターターボから1.6リッターターボとなったのか? 決勝走行から見えてきた課題と新開発6速MT

by 編集部:谷川 潔

スーパー耐久のGR86に搭載されたG16E-GTS型エンジン。燃料はカーボンニュートラル

GR86がGRヤリスの300馬力オーバーのエンジンを縦置きに搭載

スポーツランドSUGOでスーパー耐久開幕戦が開催された。この開幕戦で注目の車種となっていたのが、TOYOTA GAZOO Racingが開発を行ない、ルーキーレーシングが参戦させている28号車 ORC ROOKIE GR86 CNF concept(佐々木栄輔/坪井翔/大嶋和也/豊田大輔)。このGR86は、カーボンニュートラル燃料を使用し、ST-Qクラスに参戦。開発当初は、現行のGR86よりフロント部を軽くするなどの目的から、新開発の直列3気筒 1.4リッターターボエンジンを搭載してスーパー耐久で鍛えてきた。

そのGR86だが、2024年シーズンは搭載エンジンを市販車であるGRヤリスのG16E-GTS型へと排気量アップしてきた。このG16E-GTS型エンジンは、最高出力224kW(304PS)/6500rpm、最大トルク400Nm(40.8kgfm)/3250-4600rpmのスポーツパワーユニット。GRカローラ、進化型GRヤリスに搭載され、300馬力オーバーのコンパクトスポーツエンジンとして定評のあるユニット。今回搭載されたG16E-GTS型エンジンは、エンジンブロックの変更なしに縦置き搭載されており、トヨタのモジュール志向開発の奥深さを感じられる部分でもある。

スーパー耐久に参戦している28号車 ORC ROOKIE GR86 CNF concept(佐々木栄輔/坪井翔/大嶋和也/豊田大輔)

なお正確に記せば、GR86で先行開発されていたのは、この G16E-GTS型のボア×ストロークである87.5×89.7mmをショートストローク化し、推定87.5×77.0mmにしたユニットになる。

つまり、ボア径と直結する燃焼室形状は変えずに、行程であるストロークのみを変更。 G16E-GTS型開発のノウハウを活かして、作り上げられた1.4リッターユニット(仮称G14型)であった。

一般的なチューニングではストロークを変更するのが大変なため、ボアのみの変更で対処することが多い。よくあるボアアップという手段がそれで、このボアアップ耐性の高かった日産のL20型エンジンなどが代表的なものになる。

ところがメーカーでは、燃焼室形状を何よりも重視する。どのように燃料と混合した空気を導いて、どのように燃焼室で攪拌して燃やすのか、それがエンジン設計のポイントになる。

実際このG16型エンジンの87.5mmというボア経も、トヨタの新世代ダイナミックフォースエンジンである2500ccのA25A型と同じボア径(87.5×103.4mm)となっており、ダイナミックフォースエンジンと同様の燃焼概念が採り入れられている(そのため、当初ダイナミックフォーススポーツエンジンと言っていたが、長すぎるためか最近は聞かない)。

2023年シーズンまでテストされていた仮称G14型については、ガチンコ勝負を行なっていたスバルの水平対向4気筒 2.4リッター自然吸気とある程度スペックをそろえるため、そして小型化を追及するためなどの理由があった。

今回、スポーツランドSUGOで行なわれたTOYOTA GAZOO Racingの懇談では、新開発直列3気筒1.4リッターターボから、すでにGRヤリスに搭載している直列3気筒1.6リッターターボに変更した(というよりは、量産エンジンに戻した)。その理由として、カーボンニュートラル燃料の燃焼など当初の目的を達成したことなどを挙げていたが、同時にショートストローク故の燃焼の難しさについてもGRパワトレ開発部 主査 小川輝氏は言及していた。

良好な燃焼を得るためには燃料と空気を適切に混ぜる必要があるが、トヨタのダイナミックフォースエンジンでは、縦方向(垂直方向)の流れであるタンブル流を積極的に活用している。トヨタはこの流れに先進的な会社で、かつては世界初のリーンミクスチャセンサによる希薄燃焼制御システムやスワールコントロールバルブを搭載した4A-ELU型エンジンを開発。理論空燃費(ストイキオメトリ、14.7:1)より薄い状態の混合気を、シリンダの周方向に攪拌することで燃費のよいエンジンを実現しようとしていた。

現在の主流はタンブル流+直噴となっており、ボア87.5mmによるタンブル流の追及をショートストロークの1.4リッターターボでも行なっていたと思われる。小川氏の指摘は、ショートストローク故にタンブルを回す距離(時間)が厳しく、逆に言えばそれだけチャレンジングな開発を行なっていたことになる。量産品の1.6リッターターボにしたということは、そこに一定のめどをつけ、次のステップに進むことになったということだろう(もしくは、ほかに開発を必要とするエンジンが増えたのかもしれない)。

決勝レースを走行した28号車 ORC ROOKIE GR86 CNF conceptは、とくにトラブルもなく4時間レースを完走。しかしながら、TOYOTA GAZOO Racingによる懇談やドライバーへの聞き取りにおいては、課題が見えてきている部分がある。

スポーツランドSUGOで記者対応を行なうTOYOTA GAZOO Racing カンパニー プレジデント 高橋智也氏(中央)と、同 GR車両開発部 先行開発室長 三好達也氏(左)、同 GRパワトレ開発部 主査 小川輝氏(左)

今回のエンジンでは、排気量が大きくなっているがとくにパワーアップはしていないという。つまり、それだけ1.4リッターターボエンジンがチューンドエンジンであったわけだが、重心の調整はされている。エンジンをより低く、より後ろに搭載することで重たいものを中心に寄せたわけだが、それによるドライバーの好印象が得られていないようだ。

また、今回から欧州のレクサスIS 2.2リッターディーゼル向けをベースに新開発した大容量6速MTが搭載されているが、このシフトフィーリングがもう一つだという。これまでは、アルテッツァ時代の6速MTをカイゼンしながら使ってきたが、24時間レースでトラブルなどが出たことから、6速MTの新開発に踏み切った。従来のMTの倍以上のトルクに対応するものとなるが、シフトが入りにくいなどフィーリング面でのコメントが出ているという。

実際、記者も豊田大輔選手に走行面のフィーリングを聞いたが、パワー面では従来からのアドバンテージはまだなく、シフトフィーリングはカイゼンする余地があるという。「スペック的には余裕が出るのでは?」と聞いてみたところ、クルマの開発はスペックだけでなく、実際に走ることで作り込んで質を上げていく部分が多数あり、スーパー耐久はそのよい機会になっているとのことだ。

スペック面とドライバーのフィーリングの差については、「スペックと感性に差があるということは、我々がそれを計るもの差しを手に入れていないということ」と、小川氏は語る。つまりトヨタはレースという極限領域でドライバーが感じるクルマの感性評価も手に入れようとしている。そのような高い目標を持って、トヨタはスーパー耐久に挑んでいる。

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