薬師丸ひろ子【80年代アイドルの90年代サバイバル】語られる機会が少ない平成期の音楽活動  気高く透明感のある抜群の歌唱力!歌手・薬師丸ひろ子の90年代

リレー連載【80年代アイドルの90年代サバイバル】vol.8- 薬師丸ひろ子

女優としての確固たるポジションを築いていた薬師丸ひろ子

1970年代の終わりから80年代半ばにかけて、数々の角川映画に主演し、アイドル女優のトップスターとして活躍した薬師丸ひろ子。『野性の証明』でデビュー後、『セーラー服と機関銃』『探偵物語』『Wの悲劇』などを次々にヒットさせた。1985年に角川から独立後は、山田洋次監督の『ダウンタウンヒーローズ』(1988年)で初の松竹作品にも出演を果たすなど、アイドルから脱却しながら、女優としての確固たるポジションを築いていた。

1990年は『病院へ行こう』と『タスマニア物語』で第14回「日本アカデミー賞」話題賞 俳優部門を受賞して幕を開ける。90年代後半からはテレビドラマの仕事も増え始めるが、あくまでも映画作品を中心に活動を展開してゆく。正に映画女優でありつつ、さらに歌手としてもリリースが続いた。91年に結婚後、96年にかけては女優業も歌手業もブランクがあったものの、その後再開してそれまで以上に精力的な活躍を見せる。ここではわりと語られる機会が少ない90年代の音楽活動を少々振り返ってみたい。

大衆性が薄まってアーティスト化した「Heart's Delivery」

90年代最初のリリースとなったのは、1990年3月に出されたアルバム『Heart's Delivery』(ハート・デリバリー)だった。7枚目のオリジナルアルバムにあたり、初のCDのみでのリリース。タイトルが現在も放送中の薬師丸のラジオ番組に使われていることから、本人も愛着があるアルバムなのだろうと思われる。

作家陣はいつもながらに豪華だ。前作『LOVER'S CONCERTO』に続いての登板となったのが、表題曲「Heart's Delivery」と「五月の地図」を作曲した上田知華。「ANTIQUE CLOCK」を作詞・作曲した平松愛理も前作からの連投であった。ほかに飛鳥涼(現:ASKA)、大江千里といった布陣で、楠瀬誠志郎作曲の「手をつないでいて」はシングルカットされて5月にリリース。その間の3月〜4月にかけては、アルバムタイトルを冠したコンサートも開催された。音楽の方向性がそれまでとは少し変わり、大衆性が薄まってアーティスト化していた様に思える。

新しい歌の世界が拓けた8枚目のアルバム「PRIMAVERA」

1991年が明けてすぐ、1月には上田知華作詞・作曲によるシングル「風に乗って」をリリース。3月に出された8枚目のアルバム『PRIMAVERA』には同曲の別ミックスが収録された。大村雅朗作曲・編曲による表題曲に始まり、薬師丸自身が作詞した「もう泣かないで」や、大貫妙子作詞、坂本龍一作・編曲の「DESTINY」など、アルバムタイトルが示すように、新しい歌の世界が拓けた感じ。大貫の作詞、矢野顕子の作曲による「星の王子さま」はサン=テグジュペリの名作が音盤化されたもので、別途リリースされたアルバム『音楽物語 / 星の王子さま』収録のものとは別テイク。そしてこの年、玉置浩二との結婚が発表されて、芸能活動を一時休止することになるのである。

約6年に亘るブランクを経て、1997年6月にリリースされたシングル「交叉点 ~そう それがそう〜」は玉置の作品であった。12月にもシングル「恋文〜哀愁篇〜」を出した後、1998年2月には7年ぶり9枚目のオリジナルアルバム『-恋文- LOVE LETTER』を発表する。さらに4月にシングル「smile スマイル smile」をリリースしてから間もなく離婚が発表され、また新たな人生のステージに立つことになったわけだが、全作詞・阿久悠によるアルバム『-恋文- LOVE LETTER』は、まるでそのことを暗示していたかの様に、リアルな生活と心情が綴られた抒情的な作品集である。阿久の短編小説集のCD化ということで、女優が歌の世界を演じている様子も窺えるアルバムだった。

気高く透明感のある抜群の歌唱力

その後、21世紀を迎えてからしばらくは再び歌手活動から遠ざかるも、2011年に映画『わさお』の主題歌をシングルリリースして以降は歌う場面も増え、リリースのペースも上がってゆく。これほどまでに女優業と歌手業を見事に両立させてきた例は他に類を見ない。錚々たる作家陣が提供してきた豊富な楽曲も、気高く透明感のある抜群の歌唱力も、もはや女優の余技などではまったくない。

毎年コンサートを催すようになっている現在、最近のインタビューでも「与えられた役柄を演じる女優の仕事とは異なり、歌は伝えたい言葉を心から表現できるので歌うことが好きだ」と語っていた。ステージを観ればその気持ちが充分に伝わってくるはずだ。これからも歌い続けていきますという決意が度々語られる時、観客の心からの歓迎の拍手に会場全体が包まれる幸福な瞬間がたまらない。女優・薬師丸ひろ子と共に、歌手・薬師丸ひろ子もまだまだ進化し続けてゆく。

カタリベ: 鈴木啓之

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