ノイズがイノベーションのきっかけに。イノベーション創出の専門家が見る「変化」を生き抜くための社会人の「基本動作」とは

イノベーション創出の最前線から見える「変わる時代」

大川「まずはi.lab(イノベーション・ラボトリ)の事業について教えていただけますでしょうか」

横田 幸信さん(以下、敬称略)「i.labの事業テーマはその名のとおりイノベーションです。また、2024年からは従来の組織開発などのイノベーションに関わる『コンサルティング』のほか、『人材育成領域』、新規事業開発といった『クリエイティビティーが求められるプロジェクトの伴走支援』の3つの事業を明確に打ち立てています。メンバーはほぼフルタイムの人たちが10名くらいですかね。また、i.labの組織を語るうえで欠かせないのが、創業以来、つながりを大切にしている社外のプロフェッショナル人材です。彼らを合わせて計35名くらいで活動しています」

大川「創業以来というと2011年頃からですか。当時は今よりも社外のプロフェッショナル人材や社外パートナーと一緒にビジネスをドライブするというスタイルは少なかったですよね」

横田「そうですね。私自身、当時はもちろん現在も大学の講師とi.labの役員を兼務していることもあり、かねてから専門性の高い方々の給料のポートフォリオを理解したうえで上手に活用できたらと考えてきました。専門性の高い人たちの存在感や給料レベルを考慮すると『フルタイムで来てください』というのは現実的ではないですから。その認識はだいたい皆同じなので、i.labがプロフェッショナルとクライアントの『ハブ』になり、必要なタイミングで一緒に活動するスタンスに共感していただいている方々は少なくないですね。慶応大学発の眼科系ベンチャー企業のCOO兼CFOからプロダクトデザイナー、アートデザイナーなど専門領域の幅は本当に幅広いですよ」

大川「横田さんとお会いして数年来のお付き合いですが、当時からダイバーシティというかエクストリームな方々とお仕事しているイメージがありますね」

横田「そうですね。元々、専門性の高い方々と一緒に仕事すると興奮感があるんですよ(笑)」

大川「なるほど、すごくよく分かる感覚です(笑)。あと、3つの事業のうち『クリエイティビティーが求められるプロジェクトの伴走支援』を敢えて従来のコンサルティングと異なる軸として設けていることも気になりますね。具体的なプロジェクト例など教えていただけますか?」

横田「もちろんです。株式会社LIXILにかつてあったCTO直下の部署『戦略企画室』の『研究開発ビジョンの策定』のために、私たちは約5年間伴走しました。今は同部署はなくなってしまったのですが、10年後、20年後の社会に求められる技術などを考えて戦略を立てるといった『未来・社会研究』などを行っていました。そして私たちは、同部署の毎年異なる研究テーマの立案や前提となる未来社会像の見える化などを支援していました。新規事業や製品、サービスを生み出すのがゴールではないほか、私たちのフレームワークありきではなく、戦略企画室の部課長の課題認識に対してアプローチするのが従来の『イノベーション創出コンサルティング』とは大きく異なるポイントでしたね」

大川「研究開発ビジョン策定と紐づく課題解決をクリエイティブするためのプロジェクトというわけですね」

横田「そうですね。具体的な内容は機密事項が多いのでオープンにはできないのですが、①エクストリームユーザーインタビュー、②社会の変質的変化の洞察③未来に顕在化するニーズを先回りをして明確化することで、その先にあるイノベーション創出につなげることが私たちの役割でした」

※出典:i.lab「研究開発ビジョン策定:未来の暮らしと住まいを人間起点で考える」

大川「非常に興味深いですね。そのプロジェクトにおいてi.labはどのようにリサーチ・調査を行ったのでしょうか? また、横田さん自身が気付きになったデータなどはありますか?」

横田「私たちが実施した『生活者インタビュー』による調査で、明らかになったコロナ禍で変化した『あるもの』に私自身強く影響を受けましたと思います」

ノイズがリッチになる。データと情報の受け取り方も変化が必要

横田「まず、私たちが行ったのが『生活者インタビュー』です。生活者(消費者)にインタビューを実施して定性的な情報を収集するので、正規分布でいえば所謂『外れ値』に該当すると思います。一見するとノイズ扱いは免れないため、きっと生成AIといったテクノロジーでリサーチするのであれば、絶対にカットされるであろう情報を前のめりで集めていたのです。というのも世間一般的な『データ収集』や『お勉強』がテクノロジーを使えば一晩で済んでしまう世の中になってしまった今、人がわざわざリサーチしなければ知ることができない情報にこそ、イノベーションにつながるインスピレーションを得るきっかけがあると私は考えているからです」

大川「なるほど。すごくクリエイティブな思考ですね。ある意味、研究者的な視座ではないのかもしれません」

横田「そうですね。私もどちらかというと科学者(サイエンス)的な共通点があるかなと思います。私は大学時代にある著名な科学者の方の研究室にいたのですが、その人も外れ値に興味津々でしたから」

大川「確かに横田さんの経歴を伺うと納得できる考え方です。ただ、近年は『社会全体の人が価値』と認知するものがデジタルに偏ってきていると私は感じています。横田さんは情報やデータ、それに対する価値観についてどう受け止めていますか?」

横田「大川さんの感覚と同じものを感じています。私自身、ついスマートフォンから情報収集してしまいます。そのときに触れているのはたった1つのメディアから見た情報であり、媒体視点から見える社会なんですよね」

大川「確かにそうですね。情報のフィルターどころではなく『ゲート』になっているということですね」

横田「一時期、いつでもどこでも望んだ情報が手に入るという『ユビキタス』という言葉が流行りましたよね。その言葉を聞いた時からずっと違和感があったんです。私は元々、物理学科出身でどんなものも原子と分子があり、その存在は何らかの物理的手法で見ようとしないと存在実体化しないと考えていました。それってきっと情報も一緒じゃないでしょうか。ユビキタスというのは人の解釈であって、従来から私たちの周りにはすべてに凄まじい量の情報が宿っているユビキタスだったのだと思います」

大川「言われてみれば、デジタルだろうがフィジカルだろうが所詮物理の話なんですよね」

横田「あくまで情報の受け手の一人の考えですが(笑)。ただ、デジタル情報が当たり前になっている若い世代の人たちは検索して得られる情報やSNSの話題などが『社会の情報』と認識してしまう人が大多数になってしまっていると思いますね。それが当たり前になってしまうと、私が考えるリッチな情報を得るチャンスが失われるので少しもったいなく感じてしまいますね。普段の何気ない妻との会話とかから『ブワッ』とくる瞬間とかありますから」

大川「デバイスから出てくるのはいわゆる3シグマの内側の情報ですからね。きっと横田さんがおっしゃる『ブワッ』と来る情報は3シグマの外側でしょう。それを見つけ出す1つの手段が生活者インタビューというわけですね」

横田「もちろん、デジタル化やデバイスによる情報収集を否定しているわけではありません。ただ、人間も脳で情報をデジタル化して処理しているので情報に差異はないです。だからこそ、一見ノイズや無価値だと思うあらゆるカタチの情報にも積極的に触れ続けて欲しいです。その先に新しいモノを生み出すきっかけが見つかるかもしれませんよ」

日本屈指のアイデアソンとコロナ禍を経て変化した「観念」

横田「先ほど説明したとおり、LIXILとのプロジェクトは私たちがフレームワークではなく戦略企画室の部課長が抱えている課題に対してアプローチしました。ヒアリングするなかで大きなテーマとなったのがコロナによる『観念の変化』です。テレワークなどの働き方や消費者行動といった『行動の変化』についての情報は触れることは多かったですが、観念の変化については私自身も盲点だったと当初は感じましたね」

大川「行動よりも観念の方を重視していたということですか」

横田「その通りです。行動の変化はすぐに以前の同じ様式に戻るから10年後、20年後を見据えるのであれば意味はそれほど大きくない。一方、観念は一度変化すると容易には変化しないのではないか。というのが彼らの考えでした」

大川「なかなか抽象的な課題ですね」

横田「そうですね。ここは私が落とし込んだ例を挙げさせてもらいましょう……。コロナ禍で会社通勤がなくなったのは『行動の変化』ですよね。ただ、毎日通勤して会社に所属するのが『当たり前』という観念で私生活も仕事もスケジュールを組んでいたのが、テレワークによって仕事や家事、子どもの送り迎えも含めて『一人の人として』いつ、なにをやるのかを決めていくようになった。つまり会社員であっても、組織の所属員から自分を管理するプロフェッショナルとして観念が変化するのではないかということですね。このような観念変化に合わせて社会はもう一度再構成されると仮定した際、今後、事業にどのような影響を及ぼすのか……。といったことを研究したこともありました」

大川「まさに伴走支援ですね。コンサルティングという名目だと、提案書を出せそうにない内容です(笑)」

横田「おっしゃる通りです。観念変化については、私自身も新たな学びとなった着眼点ですが『こういうことやりたいよね』という域から脱するためのプロセス設計をできる人はそう多くはありません。素晴らしいアイデアマンの言葉を汲み取ってプロジェクトセッティングし、他のクリエイティブな人たちとも一緒に考えていく。それが私たちの役割でした。また、数年間伴走するなかで結果としてクライアントの組織の『人材育成』にもつながるケースが増えたので事業として確立させたというわけです」

大川「人材育成の事業にもつながるのが、i.labが主催する『SPIKE IDEATION PROJECT GRAND PRIX 2024』ですよね。誤解を恐れずに言うとアイデアで優勝賞金100万円、賞金総額200万円規模のアイデアソンはかなり思い切ったなという印象です」

SPIKE IDEATION PROJECT GRAND PRIX 2024

i.labが主催する「プロジェクト」と「事業アイデア」を競う、ビジネスパーソンのためのアイデアソン。予選は書類選考、セミファイナルは2日間のミニプロジェクト、ファイナルは1ヶ月間のプロジェクトを経て2024年3月31日にグランプリを発表する。審査員は
株式会社リ・パブリックのCo-CEOの市川文子氏のほか、株式会社Creative Project Base代表取締役社長の倉成英俊氏、慶應義塾大学大学院システムデザインマネジメント科の白坂成功教授などが務める。
公式ホームページ

横田「アイデアの権利もいただきませんし、投資先のベンチャー企業を探しているわけでもないですからね。実際、『何が狙いなんですか?』という質問を何回もされましたよ(笑)。i.labの狙いとしては、まずはプロフェッショナルなビジネスパーソンやクリエイターの方に腕試しの場をつくることであり、さらに創造的能力と協働的能力の高い方々と私たちがつながることが目的です。そうした方々との繋がりの形成を誰かにお願いしたら賞金以上のお金がかかるので、自分たちでやるというシンプルな理由ですよ」

大川「確かに、i.labが今までやってきたことや内部の様子を知らなければ理解できないかもしれませんね(笑)。それにi.labや横田さんが求めるようなイノベーション創出に関われるプロフェッショナルって以外と出会う場は少ないですからね」

横田「そうなんですよ。世の中にちょっと面白いことがあったときに飛びつく人って、その時点でプロフェッショナルで面白い人たちが多いですから」

大川「同感です。イノベーションを創出するような方々は総じて『とにかくやってみる』という姿勢ですから。ただ、実際はなかなか動けていない人が大多数というのも現実ですよね。横田さんは個人も含めたイノベーションを創出の第一歩として何が大切だと思いますか?」

横田「SPIKEや私たちの伴走支援事業にもつながりますが、まずは社外や自分の専門領域以外の人たちと付き合いを増やしていくことだと思います。腰が重い人もいると思いますが、会社員だとしてもプロフェッショナルとしての仕事が求められつつあること、そして日本人が好きな『キャリアの安定性』を実現するため観念が変化していることに気付けば、きっと動きやすくなるかもしれませんよ」

大川「従来のキャリアにおける安定というと公務員とか大手企業への就職とかですかね?」

横田「そうですね。安定を求めるのは全く悪いことではないのですが、観念が変化しつつある今、従来のやり方では望む結果を得るのは難しくなると思います。例えば、これまでは1つの組織に忠誠心を持つことが安定につながる有効な手段でしたが、コロナ禍で働くことそのものが一人の大人やプロとしての観念に変化するのであれば『プロとして』守りをしっかり固めることが大事になってくるでしょう。その方法の1つが色々な組織に顔を出して、ネットワークを広げて、自分と社会との接点となる仕事を取ってくるということ。その『基本動作』がこれから求められるのだと思います。一方で、イノベーションとか社会を変える方法を、事業を通し、教壇に立って長らく発信していますが最終的には『気合と根性』が大事なのかなと。だからこそ、誰にでもチャンスはあるのだと思います」

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