『虎に翼』を特別な朝ドラにしている3つの画期的な発明 すべてを“平らに”していく物語に

朝ドラの歴史に新たな1ページが加わった。ドラマ『恋せぬふたり』(NHK総合)、『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京系)の吉田恵里香が脚本を手掛けるNHK連続テレビ小説『虎に翼』は、日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ女性・三淵嘉子さんをモデルにした作品だ。

今以上に女性が生きづらかった時代、女性たちが置かれていた「スンッ」な状況に対し、「何も考えずに受け入れる」のではなく、一つ一つ「はて?」と疑問を投げかけることによって、視聴者に多くの気づきを与える脚本は、長い歴史のある「朝ドラ」というジャンルに対しても、これまでにない気づきを与えてくれる。また、何より本作の良さは、性別、貧富の差、境遇、本気の度合い、「戦う女性か戦わ(え)ない女性か」など、人と人との間にどうしても生じてしまう壁をできる限り「平らに」しようとしていることにあるのではないか。

まず、興味深いのは、戦前から戦後にかけての法曹の世界を描く本作を、わかりやすく親しみやすい「極上のリーガルエンターテインメント」たらしめている所以ともいえる「軽やかさ」である。それを裏付ける画期的な発明と言えるものは3点ある。

1つは、作中登場する「スン」や「はて?」といった、丸みがあって動きのある単語の数々。それらは、この少し昔の、法律並びに理不尽な現実と向き合う人々の物語を、現代人の心と体にグッと引き寄せ、「私たちの物語」にしてくれる。

2つ目は、主人公・猪爪寅子を演じる伊藤沙莉の、登場人物たちのみならず観る人の心を温かくする、屈託ない笑顔だ。言うべきことはしっかりと言う毅然とした強さと、無邪気におにぎりを頬張る時の可愛らしさが同居する、彼女の天性の魅力は、計り知れないものがある。

3つ目は、朝ドラの傑作『カーネーション』のヒロインを演じた尾野真千子によるナレーションである。時代背景や当時の法律について、分かりやすい言葉で解説するだけでなく、寅子の心情を、戸惑いやツッコミ、あるいは相手にどういう言葉を掛けようか悩んだ時のシミュレーションに至るまで自由自在に代弁するナレーションの軽快さは、寅子をより身近な存在にするとともに、物語を円滑に動かすこれまでにない装置となっている。

次に、本作が、人と人との間にどうしても生じてしまう、ありとあらゆる壁をできる限り「平らに」しようとしていること。これは物語全体においても言えるが、度々登場する「寅子の脳内イメージ」による解説からも見受けられる。

第3週における「毒饅頭殺人事件」の再現では寅子の母・はる(石田ゆり子)が被告・甲子を演じ、優三(太賀)が演じた乙蔵の両親をはるの息子夫婦である直道(上川周作)と花江(森田望智)が演じた。また、第4週においても飼い犬をはるが演じ、途中変更になるが、顔に傷を負った「嫁入り前の女性」の役を父・直言(岡部たかし)が演じている。俳優陣の普段の役柄とのギャップを楽しむという点でも面白いが、与えられた役柄の立場や世代、性別の違いによって生じる、本来変えることができないそれぞれのパワーバランスを、奇想天外なシャッフルによって、調整しているようにも思えるのである。

第3週は「本人のいないところでその人の話を聞くのはよくない」という寅子の発言含め、バランスの良さが際立つ週だった。まずは、これまでの朝ドラで言及されたことのなかった「お月のもの」、つまりは生理についての話題が登場したこと。それだけで画期的なことであるために、そこで話題が終わってしまいがちだが、その本当の効力は第14話にあった。第13話において、よね(土居志央梨)の過酷な身の上話を聞いた寅子たち。第14話で、「私とあんたらは違う」と壁を作るよねに対し、「お月のもの」の話を寅子がすることで、よねが虚を突かれる。なぜなら、何から何まで「自分と違う」はずの「あんた」との共通点を突きつけられたからだ。

その場にいる全員が異なる事情、境遇を抱えた人物であることがはっきりと示されている中で、「地獄の道を行く同志」であること以外で唯一同じ土俵に立っていると言えることを寅子は真っ直ぐに貫いた。さらには「月のものの痛みに効くツボ」をよねが寅子に教え、それを寅子がその場にいた同級生たちに広めることで、よねと寅子は、それを教えてくれた、本来混じり合うことはなかった「上野の歓楽街で働くお姉さんたち」と同級生たち全員を繋げるのである。

さらに、第15話における、よねが花江の弱音を糾弾する場面。そこに生まれたのは、「戦わない女性」花江と、「戦う女性」明律大学女子部の学生たちという構図だ。するとその場にいる人々が、俄かに生じてしまった対立構造を崩そうとするかのように、花江に同調し、それぞれの内に秘めた弱音を吐き出していく。それによってその場にいる女性たちの連帯がますます強まったところで、兄・直道が少しとぼけた調子で穏やかにまとめる。すると、それまで影を潜めていた男性が輪の中に加わったことになり、さらなる深い調和が生まれる。まさに第16話のナレーションではないが、「The 平和」な世界が生まれたのである。

しかし、第16話における「The 平和」な世界自体は、「すぐに化けの皮が剥がれる」というよねの予想も完全に外れたわけでなく、紳士・花岡(岩田剛典)が違う側面を見せてきたことによって、若干の綻びを見せる。一方、第一印象が最悪な轟(戸塚純貴)の、思わぬ好印象。女性たちの「スンッ」だけでなく、男性たちの「スンッ」も描かれている第4週、今度は男性たちが抱えている物語にも目を向けてみたい。

(文=藤原奈緒)

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