漫画『北極百貨店のコンシェルジュさん』のゾッとする恐さ 人の業を爽やかに皮肉るファンタジー

ただの可愛いファンタジーと思うなかれ! ゾッとする秘密に最後は震える漫画を今回は紹介。

年間数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事に沿った漫画を新作・旧作問わず取り上げる本連載「漫画百景」。

第二十八景目は『北極百貨店のコンシェルジュさん』です。

2023年10月公開のアニメ映画版に多くの称賛の声が集まった本作。映画のBlu-ray&DVDの発売に合わせて、今こそ読むべき漫画として紹介します。

西村ツチカによる漫画『北極百貨店のコンシェルジュさん』

『北極百貨店のコンシェルジュさん』は、装画家/イラストレーターとしても活動する西村ツチカさんの漫画作品です。

来店するお客様がすべて動物という不思議な百貨店を舞台に、新人コンシェルジュ・秋乃の成長を描いています。

小学館の漫画誌『ビッグコミック増刊号』で2017年〜2018年まで連載。全2巻が刊行。2022年発表の第25回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を受賞しています。

前述のように、2023年10月にはアニメ映画が公開。本作で劇場版アニメの監督デビューを果たしたアニメーター・板津匡覧さん、制作のProduction I.G、音楽のtofubeatsさんと、多士済々なスタッフ陣による映画は、動きに徹底的にこだわった作画が必見。豪華絢爛な背景美術も見どころで、高い評価を受けています。

映画は原作では特に触れられていない四季を効果的に活用することで、時間の経過を鑑賞者に印象付け、主人公・秋乃の成長を段階的に描写していく演出が光ります。

原作の1話完結のエピソードを独自に再構成した結果、最後の大団円的なカタルシスを生んでいます。映画にしか登場しないある“人物”の存在など、オリジナルの展開もあり、物語の骨子は同じでも印象は結構変わるので、原作と見比べたくなるつくりです。

なお、映画の公開を記念して、特製のケースとクリスマスカードが付属する特装版も刊行されているので、今から購入するならそちらもオススメです。

絶滅した動物も訪れる、不思議な百貨店

映画もぜひとも視聴してほしい『北極百貨店のコンシェルジュさん』の舞台は、人間の膝下にも満たない小さな者、背丈が同じぐらいの者、悠々と巨躯を揺らす者、さらには絶滅した者まで、あらゆる動物が訪れる北極百貨店です。

従業員は人間で、絶滅種は特に手厚くもてなす、どこか不思議な百貨店に勤めることになったばかりの新人コンシェルジュ、秋乃が主人公。

秋乃は一人前のコンシェルジュになるため、きびきびと働く先輩の姿を見て学び、神出鬼没のフロアマネージャーの厳しい視線に見守られながら仕事に励みます。

そうして日々頑張る秋乃の前には、V.I.A(ベリー・インポータント・アニマル)と呼ばれる絶滅種の動物たちがよく現れます。

それは長年連れ添う妻を喜ばせたいお金持ちのワライフクロウだったり、プロポーズするための自信が持てないニホンオオカミの若者だったり……秋乃は彼らの悩みを解決できるのか。ここが見どころです。

ただのファンタジーではない 最後に印象が激変する物語

『北極百貨店のコンシェルジュさん』は、可愛らしい動物たちがたくさん登場するファンタジーです。その不可思議な世界観を醸し出す絵に、まずは目を引かれることでしょう。

細く緻密な線で表現するキャラクターと、描き込まれた北極百貨店の内装のさっぱりした麗しさ。発想が柔軟で滑らかなコマ割りと描写の美しさ。現実でもどこか浮世離れした、整然として絢爛な百貨店の空間を映し出す絵は大きな魅力です。

そんな作中の世界を駆け回って働く秋乃は、勤務初日のエピソードである1話で、館内を行き交う動物たちの邪魔になるばかりか、その中の1人を踏んづける粗相をかましてしまいます。最初は全く持って、お客様に満足のいくサービスを提供できませんでした。

しかし、一癖も二癖もある個性派ぞろいの絶滅種(V.I.A)に応対する毎日で鍛えられていく秋乃。無茶な要望でも根気強く対応し、なによりどんな時も笑顔でいる彼女の周りには、自然と笑顔が生まれるようになっていくのでした……めでたしめでたし、とはいかないのが面白いところ

最終話で明らかになる北極百貨店の秘密によって、作品全体の印象ががらりと変わるのです。

では、以下から作品の根幹に関わるネタバレをがっつり含みます。未読の方はご留意ください。

絶滅した動物たちを祀るためにある北極百貨店

本作は最終話で、物語の舞台になる北極百貨店が、人間が絶やした動物を祀るために建立されたこと。後に、動物たちが人間風の衣装を着て、人間の生態である大量消費の象徴である百貨店を体験できるテーマパークになったことが判明します。

そして、人間もすでに絶滅しているようなのです(絶滅種について書いてある手帳に人間も載っている)。

この事実を鑑みると、絶滅種を特にもてなすべきとしている北極百貨店のルールに含みが生まれます。自分たちのせいで絶滅した動物たちに奉仕する構図は、生前の関係の裏返しです。一種の贖罪であり、とても皮肉が効いています

また、死してなお働く人間たちの姿は、大量消費を是としてきた“生態”を表しているようで薄ら寒い。

さらなるサプライズが、北極百貨店の外が広大な森であることが分かるラストです。主人公の秋乃が百貨店の外を伺いながら、いつもの笑顔で、接客してきた動物たちに思いを馳せるモノローグのあとに、洋々たる森の中にぽつんと北極百貨店が佇む見開き。ゾッとしました。

と同時に、ここに至って、秋乃たちの出自の説明や日常の描写が一切なかった理由がおぼろげながら理解できます。

彼女たちは一体どんな存在なのか? 北極百貨店は地球のどこかにあるのか? 人間の従業員の中でも事情を知っている者と、そうでない者(秋乃はこちら側)がいるのはなぜか? ぽつぽつと浮かぶ謎を、十人十色に解釈できるようにするためだったのです。

物語に一層の深みが生まれて、読者が面白さを見出すポイントが多層的になる最終話の演出はお見事でした。

絶滅した動物と、絶滅危惧種のコンシェルジュ

ということで、どうしても最後に分かる事実に頭が引っ張られるのですが、純粋に、秋乃の成長物語/お仕事ものとしても楽しめる絶妙なバランスで成り立っているのが、『北極百貨店のコンシェルジュさん』の良さです。

数多いるお客様をよくよく観察して困っている者を見極め、等身の低いお客様にはかがんで目線を合わせ、要望を十分に伺った上で半歩先を行くサービスを提供できる、確かなホスピタリティを身に着けていく秋乃。彼女の成長が地味ながら丁寧に描かれています。

スマホ一つであらゆるものが調べられて、好きに物を買うことができる今、アナログなサービスのコンシェルジュは現代的ではないかもしれません。一種の絶滅危惧種とも言えます。

しかし、最後まで読み通すと、2話で適者生存では説明できない生き残り方をしてきたものがあると語られる一幕が、よくよく思い出されます。コンシェルジュは環境に適してはいないかもしれないけれど、確かに必要とする誰かがいる。だから、あるいは──

この世から消えてしまった絶滅種を憂いながら、コンシェルジュという生き方の儚さを尊ぶような、皮肉っぽく、洒脱な毒っ気のあるラストの余韻。格別です。

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