海外を観光しながら仕事、なぜ可能?「生き方と仕事をトレードオフにしない」デジタルノマドの思い


「デジタルノマド」という言葉を聞いたことがあるだろうか。ノマドは「遊牧民」という意味で、パソコンやタブレットなどのIT機器を活用し、場所にとらわれず仕事をする人たちのことを言う。

世界に3500万人いるという試算もあり、日本政府は3月31日、デジタルノマド向けの在留資格を新たに創設。条件を満たせば、観光ビザを大きく上回る6カ月の滞在ができるようになった。

そして、日本にもデジタルノマドとして働いている人がいる。

バーチャルオフィス「ovice(オヴィス)」を提供するスタートアップ「oVice」(石川県七尾市)の薬袋友花里(みないゆかり)さんだ。国内外を旅しながら広報担当として働いている。

なぜ薬袋さんは旅をしながら働いているのか。会社や同僚の理解は得られているのか。旅をしながら働くということは実現可能なのかーー。

その行動の背景には、「仕事と何かをトレードオフにしたくない」という思いと、自社のサービスで多様な人材が働ける社会をつくるという目標があった。

《薬袋友花里さんプロフィール》

東京外語大(中国語専攻)卒業、東大大学院(文化人類学)修了。読売新聞東京本社(編集記者職)、在重慶日本国総領事館専門調査員(経済・経済協力)、日本航空(業務企画職)を経て、2021年2月にoViceに正式入社。国内外を旅行しながら働く「デジタルノマド」として、プレスリリースやブログ記事作成、SNS運用、メディアリレーションなどの広報業務に従事。1987年生まれ。山梨県出身。

「デジタルノマド」として世界中を旅しながら働く薬袋友花里さん

「仕事と何かをトレードオフにしたくない」

ーーoviceとはどのようなサービスなのでしょうか。また、入社した理由をお聞かせください。

oVice社では、2次元のバーチャルオフィス「ovice」を開発・提供しています。従業員たちはアバターとなってコミュニケーションを取ることができます。2020年8月にサービスを開始して以降、約4000社が導入しています。

新型コロナウイルスの影響で多くの企業がテレワークを導入しましたが、「部下が何をしているかわからない」「忙しそうな先輩に質問しづらい」などと、コミュニケーション不足の問題に悩む企業も出てきました。オフィス出社が増えた今も、テレワークとオフィス出社の社員が混ざることで、コミュニケーションに課題を感じている企業も多いです。

しかし、oviceでは従業員がアバターとなり、自由に動き回って会話もできるため、まるで現実世界のような感覚でコミュニケーションを取ることができます。テレワークをしていても従業員同士が気軽に相談し合えるようになったほか、時間や場所にとらわれない柔軟な働き方も可能になりました。

oviceがあれば、「何かを犠牲にして仕事を成り立たせる」というような働き方を変えることができると思います。私の場合、「好奇心を大事にし、旅を通じてさまざまな文化に触れる生き方」ですが、子育て、介護、リスキリングなど、何かと仕事を両立して働く人が多い時代に必要なサービスです。

私が初めて仕事と旅を両立したのは前職時代でした。福岡県を観光しながら仕事をしましたが、この時に多くの仕事が場所にとらわれず、リモートワークで完結できると実感したのです。

そんな時、転職サイトでoviceの存在を知りました。「oviceというサービスが広がってほしい」「仕事と何かをトレードオフにせず、多様に働ける社会を作りたい」という思いが芽生え、今に至ります。

ーー「何かを犠牲にして仕事を成り立たせる」ことを変えたいという思いがあるのですね。今は「デジタルノマド」として働いているとか。

その通りです。今は神戸市を拠点に、「デジタルノマド」としてパソコン一つで旅をしながら働いています。

私は旅行が大好きで、これまで50以上の国・地域を訪れました。oViceはフルリモート勤務なので、特にコロナ5類移行後はほぼ毎月のように海外に行っています。カナダやマレーシア、ネパール、バングラデシュ、チュニジアなど、10カ国ほどを訪れていますが、現地のコワーキングスペースなどで働きながら観光も楽しんでいます。

海外だけでなく、日本でも北海道から沖縄まで旅をしながら仕事をしています。通常の観光より長期で滞在できるので、気持ちに余裕を持って観光できるメリットがあります。人々との交流や地元の料理店も発掘できますし、このような働き方の良さはたくさんあります。

ランチも楽しみの一つです。同僚2人とクアラルンプール(マレーシア)で過ごした時は、滞在していたコンドミニアムの近くにイエメン料理があり、初めて堪能しました。多国籍の人がいる国ならではの料理で、なかなかできない体験でした。

ヒマラヤを見にネパールへ。まるで「天空ワーケーション」

なぜ多様な働き方を実現できるのか

ーーなぜoViceではこのような働き方を実現できるのでしょうか。

ジョン・セーヒョンCEOをはじめ、同僚に理解があることが大きいです。同僚たちも仕事以外にも大切にしていることがあり、それをお互い理解しているからこそ多様な働き方が実現できるのだと思います。

また、自分自身に「仕事と何かをトレードオフにする働き方はしたくない」という思いもあります。例えば、子育てや介護、リスキリングをしながら働く人が増えてきましたが、それぞれが実現したい「生き方」もその「何か」に入れてもいいのではないでしょうか。

それぞれが実現したい「生き方」を会社が認めることはハードルが高いかもしれませんが、もし認められればさらに優しい世界になるのではないかと思います。デジタルノマドが働きやすい会社は、誰にとっても働きやすい会社であると考えます。

そして、このような働き方ができる企業が増えていけば、おのずと社会も変わっていくと確信しています。

ーー海外は時差がありますが、それでも日本と同じように仕事をこなすことはできるのでしょうか。あと、旅費などお金の面も気になります。

どこにいようが同じパフォーマンスを発揮するという意思が大切です。また、快適な環境で仕事をするために、Wi-Fi環境などをきちんと調べる必要もあります。しかし、最近はコワーキングスペースも多く、困った状況になったことは特にありません。

お金に関しては人にもよりますが、多くの人が想像するほどかかるイメージはないです。

日本で始まったデジタルノマドのビザ制度は、ある程度の収入がある人の利用を想定しているようですが、経験から言えば「夢のまた夢」みたいな話ではありません。探せば安い航空券や5000円以下のホテルだってたくさんあります。食費は日本にいても同様にかかりますよね。

日本の知人に話すと、だいたいは「うらやましいけど私には無理」と言う人が多いのですが、基本的には「働いている場所が違う」というだけです。日本でもオフィスに出社せず、自宅やカフェといった場所で仕事をすることもあります。それが海外や日本の観光地に変わったというだけです。

確かに、一部企業では多様な働き方を許さない会社の雰囲気があるのかもしれません。しかし、ITの発達で技術的にはどこでも仕事ができる時代になっています。

バングラデシュでもノマドワーク

デジタルノマドの魅力とは?

ーーデジタルノマドの魅力とは何でしょうか。

非日常な体験ができることですね。2024年2月、フィリピンでノマドワークをしましたが、休みの日に「黒魔術」の島として知られているシキホール島に行きました。セブ島からボホール島経由で約4時間かかりました。

ただ、着いてからわかったのですが、「ボロボロ」という黒魔術を体験できる場所は地元の人でもあまり知られておらず、「山の中だよ」というざっくりとしたアドバイスを聞きながら探しました。

ようやく辿り着き、「どんなものなのだろうか」と緊張していたら、石と水が入ったビンを体に当てられました。そして、木のストローから息を吹き込んでいきます。水の中に邪気を出すという意味があるみたいです。

時間があったので心にゆとりを持って訪れることができましたし、何より仕事をしながらこんな経験ができるとは思っていませんでした。

ヒマラヤを見ながらノマドワークをしたこともあります。

2023年7月、ネパールに約10日間滞在しました。ヒマラヤが見えるナガルコットという都市では、1泊25ドルのホテルに泊まりました。

時差は3時間ほどなので日本時間に合わせて勤務し、午前5時45分(日本時間午前9時)始業の午後2時45分(同午後6時)退勤という生活リズムでした。

自然がとても綺麗で、ふとパソコンから顔を上げると、目の前で雲ができては消え、鳥や牛の鳴き声が遠くから聞こえてきました。

この景色に感動し、「こういう生活ができているのは、自分を理解してくれている家族や会社の仲間がいるからなんだ」と、改めて感謝しました。

ーーとても魅力的ですね。旅をしながら仕事するために、スケジューリングや仕事の進め方で工夫していることがあれば教えてください。

快適に仕事ができる環境を選ぶようにしています。あと、仕事は「絶対にやらないといけない」「できればやっておきたい」に分けて、「絶対にやらないといけない」から優先的に進めています。

タスク管理ツールも使っているのですが、例えばプレスリリースを作成する際は、「完成版締め切り」「ドラフトチェック締め切り」「上長チェック締め切り」と、細かく期限が設定されているため、「海外で怠けて仕事をしない」ということがないよう気を付けています。

oVice社のほぼ全社員が仕事も「見える化」していて、同僚がチェックしやすいところに自分の仕事の進捗状況をドキュメント化して貼り付けています。いざ手助けが必要になった際、同僚たちも何をすればいいかイメージしやすいからです。

仕事の場所は海外かもしれませんが、あくまでフルリモートで仕事をしていることに変わりはないので、見えない環境だからこそ1日に一つでも仕事の実績を残すように心がけています。

KPI(目標)の達成に向けて仕事をしていますし、「夜遅くまで残っているから頑張っている」みたいな感覚では仕事をしていません。

カナダではオーロラが見えたことも

取り残される人が出ないために

ーー「仕事と何かをトレードオフにしない」など、いくつかキーワードがありました。これからの働き方はどのように変わっていくと思いますか。

はじめに話した通り、今は共働きで子育てをしながら働く人も多く、介護と仕事の両立で悩んでいる人もいるかもしれません。何かを犠牲にした上で仕事を成り立たせることが減ればいいなと思っていますし、技術的には何かと両立しながら働く環境は既に整っています。

確かに、以前よりはコロナが落ち着き、出社回帰ムードも出てきましたが、コロナの前後ではオフィスに出社する事情が明らかに違います。

オフィスに行ってもオンラインでミーティングをすることが当たり前になりましたよね。いわゆる「オフィス内リモートワーク」が増え、オンライン会議用のブースを増設した企業もあります。チーム内のメンバーが離れた場所で仕事をすることも一般的です。

こんなことはコロナ前ではほぼありませんでした。出社とテレワークを組み合わせたハイブリット型のワークスタイルを取り入れた企業も多いですし、「オフィスに戻り始めた」と言えばそうかもしれませんが、働き方自体は確実に変わっています。

もちろん対面で仕事をすることも必要な時はありますし、oViceとしてもその重要性は理解しています。しかし、それに振り切ってしまえば、子育てや介護、リスキリングなど、それぞれが大切にしたい「生き方」を諦めざるをえなくなり、取り残される人が確実に出てきます。

海外を旅しながらでも仕事ができているので、仕事と何かを両立することは可能なのだと自信を持っています。人々が仕事と何かをトレードオフにしなくても精一杯働ける社会になるように、oviceを通じて自分なりにできることを模索していきます。

次の記事では、薬袋友花里さんが「ノマドワークしてよかった」と感じた国を紹介します。

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