就職氷河期で夢を諦めた、40代男性…「いまからでも」と始めた“あるリゾートバイト”でメキメキ腕を磨き、激変した現在の姿

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旅するように働き、稼ぐ。リゾート地での仕事を通じて、そんな生活を満喫する人たちがいる。サラリーマンを卒業して精神的に豊かな暮らしを取り戻した人、勤務したリゾート地が気に入って移住してしまった人。リゾート地での仕事を転々としながら日本一周を目指すインフルエンサー。旅するように働く人たちの形は様々だ。この連載では、リゾートバイトを通じて精神的にも金銭面でも豊かな生活を目指す人たちを紹介していく。第八回目は、社会人経験からリゾートバイトを経て、念願の宿泊業で正社員になり、副支配人にのぼりつめた47歳の男性を紹介する。

氷河期世代、高給の電機メーカーの営業に

「20歳の時に夢見ていた仕事にようやく就ける」。リゾートバイトを皮切りに旅行業界に携わった大阪府出身の松尾賢司さん(47歳)。初めて派遣先の旅館を訪れたときの感慨はひとしおでした。

松尾さんが旅行関連の仕事に興味を持ったのは高校生のとき。きっかけは、国際課に在籍したことで米ロサンゼルスに半年間の留学に行くことになり、もともと興味のあった英語で授業を受けたことです。

その後、独力で地図を調べてラスベガスなど多くの街を旅するなかで、特に宿泊関連の仕事に惹かれました。

しかし、ハードルもありました。松尾さんは就職氷河期世代。「当時は旅行業界への就職が非常に難しかったうえ、給料も安く、将来に不安があった。仕方なく、いったん給料のいい仕事を目指した」と言います。

このため、専門学校を卒業後、電機関連のメーカーに就職し、営業担当として活躍しました。その後は飲食関係の仕事を経て、大阪でバーを自ら経営するまでになりました。

バー経営が軌道に、やりたかった宿泊業の道へ

バーの経営は順調でした。知人や友人がこぞってお店を訪れてくれたからです。信頼できる後輩社員も育ち、お金に余裕もできました。「これなら彼に経営を任せて、自分は好きな旅行関係の仕事をすることができる」と安心したのもこのころでした。

バーの経営を後輩社員に任せることにした松尾さんは、さっそく旅行関連の仕事をしようとネット検索を始めました。そのなかでひとつのサイトにたどり着き、担当者から丁寧な説明を受け、岐阜県・飛騨高山にある高山桜庵という旅館を紹介してもらって松尾さんは働き始めました。

アイデアをいかし、売店の売上高を全国3位に押し上げ

アイデアマンの松尾さんは、旅館で働き始めるとその才能を徐々に発揮し始めます。当時のその旅館の課題は、売店の売り上げが伸び悩んでいることでした。

そこで松尾さんは夜7時から10時まで販売価格を10%オフにする「タイムセールス」を導入。旅館のロビーを有効活用するため、売り場面積も3倍に拡大しました。さらに飛騨地方で昔から作られている猿の赤ん坊の形をした「さるぼぼ」のTシャツを売り出したところ、多くの外国人が購入してくれました。

この結果、高山桜庵の売店の売上高は、運営会社が全国に展開する宿泊施設の売店で上位3位にまで上昇しました。

夏場には宿泊者を対象とした縁日を企画したこともありました。旅館の敷地内の駐車場に出店をして、綿菓子やビールなどを販売したところ、約300人の宿泊者のうち100人以上の方々が参加してくれたそうです。

「特に子供たちが喜んでくれて、嬉しかった。とにかく仕事が楽しく、充実していた」と松尾さんはリゾートバイト時代を振り返ります。「どんな仕事でも、お客様を喜ばせるのが大事」と実感したとも言います。

総支配人「正社員にならないか」

3年半ほど旅館で働いたあと、総支配人から「正社員にならないか」と誘いをうけました。旅行業界で働くのが生きがいだった松尾さんにとって、願ってもない話でした。快諾したあとはパート、契約社員を経て、正社員に採用されました。

仕事ぶりが評価されて昨年、「実質的な責任者として旅館を切り盛りしてくれ」と言われ、深山桜庵の副支配人に昇格しました(2024月2月時点。4月から支配人へ)。

松尾さんはリゾートバイトの経験で得られたことについて「現場を経験できたからいまの自分がある」「お客様に喜んでもらう仕事が楽しく、人に優しくなれた。人をどうまとめるか、どう黒字を出していくかのヒントにもなっている」と話します。

「以前の仕事は、ほとんど休みがなく、つらいことが多かった。時には心が荒むこともあり、人に優しくするどころではなかった」という、松尾さんならではの感想かもしれません。

好きな仕事なら苦痛ではない、現場経験を糧に

副支配人を務める深山桜庵は従業員70人以上の大所帯。施設の運営に携わるいまの立場でも、リゾートバイト時代のタイムセールスなどの経験をいかして、現場にアドバイスすることがしばしばあります。

「自分は小さなバーの経営を経験したが、そのときの従業員は5人くらい。まったく規模が違うが、バーの経験やリゾートバイトの経験をいかして成功させたい」。松尾さんは、やる気に満ちています。

インタビューの最後に、松尾さんに観光や宿泊業の仕事をする人たちに対するメッセージをお願いしたところ、こんな答えが返ってきました。

「ホテルや旅館は接客が好きではないとしんどい仕事。苦労もあるが、好きなら苦痛にはならない。ひとまず好きな仕事だと思って一生懸命やってみたらどうだろうか」。

好きこそものの上手なれ。松尾さんの経験に学ぶことは多いように思いました。

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