『お酒は人を笑顔に!』ヱビスビールの責任者として活躍する会津若松出身の女性 地元愛を胸に見守る「歴史的な瞬間」

「福島生まれで県外でも活躍している人」や「福島生まれで県外でも人気になっている物」などを紹介し、応援する企画「from F(フロム エフ)」。

今回紹介するのは、会津若松市出身の沖井 尊子(おきい たかこ)さん。

「世の中が楽しくなるようなことを仕事にしたい」という思いで、2011年サッポロビールに入社。2020年から、主力商品であるヱビスビールのブランドマネージャーとして、都内で活躍している。

大学進学を機に、会津若松から上京

沖井さんの仕事は、ヱビスビールにまつわるありとあらゆること。テレビCMを作ったり、店頭での売り方や売る時期を工夫したりするなど、「いまの時代に、どうすればお客さんがヱビスに魅力を感じて手に取ってくれるか」を考えて実行している。

背筋が伸びるような気持ちで挑む役割。プレッシャーはあるが「先輩たちが長く磨いてきたブランドを次の100年続けていけるように、やりがいを感じながら務めている」と話す。 ことし2月、東京・恵比寿で行われたイベント会場に沖井さんの姿があった。この春、恵比寿で35年ぶりにヱビスビールの醸造が再開。さらに、新たな拠点「YEBISU BREWERY TOKYO」が4月に開業する。それを記念する大切なイベントで、初めてメディアに一部を公開するものだ。

これを先導してきた沖井さんは、インタビュー中にも呼び出しが入るほどに大忙し。開始直前には、ビールを試飲する姿も。これも「おいしく提供できるかイベント前に確認する」という大事な仕事だ。

当時の建物にも「ヱビスビール」と書かれた看板が

年間販売数634万ケース(2023年)を超える人気商品であるヱビスビールは、1890年、日本麦酒醸造会社が現在の渋谷区恵比寿で製造販売をスタートした。1988年までの約100年間は、恵比寿でビールを醸造。ちなみに、この地名もヱビスビールに由来している。

ここから再び歴史が始まる

イベントでは、ブランドアンバサダー・山田 裕貴さんによりビールの仕込が行われ、始まりの地での第一歩となった。「いい仕込ができて、開業が楽しみ」と笑顔を見せる沖井さん。 プレオープンから約1か月半、いよいよ迎えた開業の日。関係者への状況説明やテープカットの際の記念撮影など、沖井さんはこの日も朝から走り回っていた。

シンボルの「恵比寿様」がお出迎え

オープンした「YEBISU BREWERY TOKYO」は、大きく3つのエリアに分かれている。特別なヱビスビールの醸造が行われる「ブルワリーエリア」のほか、ヱビスビールの歴史がわかる「ミュージアムエリア」、一般の人がビールを味わえる「タップルームエリア」も。目でも舌でもその魅力を味わえる仕掛けが満載だ。 開業時に提供されたのは、「ヱビス∞(インフィニティ)」など4種類。いずれも、この場でしか出会えないビールだ。

黄金色に輝く多彩なヱビス…

華やかな香りが魅力的な、軽やかで飲みやすい一杯。「今日を迎えるまで開業の実感がわかなかったが、いま実感がわいてきた」と話す沖井さんにとっても、この日の一杯は格別だ。お客さんが新拠点に足を踏み入れた際は、ぐっとくるものがあったという。

始まりの地での醸造再開は、これまで何度も頓挫をくり返してきた。いわば、サッポロビールとしても悲願の醸造再開!まさに「歴史的な瞬間」を見守った日となった。

沖井さんについて「ブランド愛が強く、仕事がしやすい」と話す同僚も

「お酒は、笑顔で基本的に楽しく飲むときにあるものだし、人を笑顔にするすごい力を持ったもの」。これが、沖井さんの原動力であり、任された仕事に丁寧に向き合う理由だ。 「頑固で、融通が効かなかった」と振り返る会津若松での高校時代。地元を離れたいまも、「福島を離れている感覚がない。誇れる場所」と語るなど、地元愛が消えることはない。

上京してからの方がより魅力的に見えるという、福島の豊かな自然や食べ物、文化。そこで過ごす人たちの笑顔に、仕事で少しでも貢献できたら…そう願いながら、沖井さんの奮闘は続く。

Chu!PRESS編集部

© 株式会社福島中央テレビ