その場所は、たしかにバーチャルな存在と僕らを繋ぐ中継地点だったーー『META=KNOT 2024』Week4レポ

TBSテレビが3月30日から4月20日の毎週土曜日にかけて開催したメタバース音楽フェス『META=KNOT 2024 in AKASAKA BLITZ』。出演した16組のアーティストが、『VRChat』のバーチャル空間に再現されたライブの聖地「赤坂BLITZ」を舞台にライブを披露した。

最終日のWeek 4には春猿火&幸祜・キヌ・名取さなにシークレット枠をくわえた4組が出演、圧巻のパフォーマンスを繰り広げた。筆者はこのWeek 4を見て、パフォーマンス、ステージングのレベルの高さに思わず面食らってしまった。メディア向けのリハーサルで、完成前のステージを見学させてもらっていたのにもかかわらずだ。本番までのブラッシュアップで90%を120%にしてしまうような、そんなライブとなった。

本稿ではそのライブの様子をレポートしたい。なお、本ライブのアーカイブはTBS公式のYouTubeチャンネルから視聴することができる。興味が湧いた方はぜひライブ本編を視聴してみてほしい。

■KAMITSUBAKI STUDIO・春猿火&幸祜がトップバッターで会場のボルテージを高める

一組目に登場したのはKAMITSUBAKI STUDIOに所属する春猿火(はるさるひ)&幸祜(ここ)のふたり。ともにKAMITSUBAKIが手がけるバーチャルシンガーグループ「V.W.P(Virtual Witch Phenomenon)」に所属するアーティストだ。

一番手は春猿火。「台風の子」のしっとりとしたイントロから、炎のエフェクトと共に一気にテンションを上げる。バーチャルラップシンガーである春猿火の、ポエトリーを織り交ぜたフロウから繋がるサビで一気にボルテージを高めていく。ビビッドな青と赤のヘアースタイルに身を包む彼女にふさわしく、ステージ上に青の炎が走り、赤い炎が渦を巻く。やがて大きな炎の旋風を巻き起こす演出は圧巻だ。ラストのサビを歌い終えると、感謝の言葉とともに幸祜とハイタッチを交わしてステージを後にした。

春猿火がエモーショナルを伝えるシンガーならば、続いて登場した幸祜は透明感を思わせるシンガーといえる。どこか儚げなイントロから「私を纏う」の疾走感のあるギターのリフで一気にテンポを上げていく。ロックシンガーらしく伸びやかな感情を込めた込めた歌声と裏腹に演出はシンプルなライティングで控えめだ。だが、それゆえに否応にも幸祜へと視線が集まる。身体を揺らしながら踊るようにして歌う彼女に注目していると、今度は背後から樹木が現れた。サビに入ると一気に大輪の花を咲かせて会場中を桜色に照らし出す。歌詞に同期するようにして、花びら舞い散る桜の木に彩られた姿はとても印象的だ。

MCではどこかゆるさを感じさせる雰囲気を漂わせていたふたりだったが、最後に披露する「逆絶」の曲名をつぶやくと、一気にスイッチが入る。V.W.Pの「派生曲(デュエット楽曲)」だ。疾走感のあるメロディと背後に流れるタイポグラフィに乗せて、ユニゾンとハモを織り交ぜながら歌っていくさまは、激しさも相まってまるで二人の戦いのようですらある。

〈まだ終わらせないよ/行き場のない想いまで連れてく/影/ここから〉という歌詞とともに、V.W.Pの世界観へ引きずり込むかのようにして、パフォーマンスを終えた。2人の声量が絶妙に釣り合い、ツインボーカルのゾワゾワするような魅力を最大限に聴かせてくれる音響技術もみごとだった。

■その猫は、アーティストの“聖地で産声を上げる” TBSが送り出すバーチャルシンガー

二組目として登場したのは、『META=KNOT』開始から現在に至るまで伏せられていたシークレット枠のアーティスト。いや、正確にはヒントがあった。会場の片隅には、うたた寝をするピンク色の猫がいたのだ。その正体こそが、TBSが送り出すバーチャルシンガー・猫 The Sappinessだ。

このあとも繰り返しリフレインされる、〈私は今 此処にいるよ〉の歌詞とともに歌い始めた猫 The Sappiness。生誕を意味する楽曲名「BORN」の巨大な文字とともに、パフォーマンスが始まった。シンプルなリズムとベース、応援歌のようなコーラスが相まって、アンセムを思わせる楽曲に仕上がっている。くわえて、ベースが刻むリズムに合わせて視界にはグリッチノイズが走る。「私を目に焼き付けろ」と言わんばかりの、強烈な印象を与えたデビューとなった。

続いての「My Baby」では打って変わって爽やかなドラムンベースを披露。プロフィールによれば、元は室内での飼い猫だったという彼女。「もっと話したい」という願いが星に届いて、猫 The Sappinessの姿になっていたという。〈Oh my baby/It's a beautiful day/当たり前の今日がさ/泣きそうなくらいに/幸せな昼下がり〉という歌詞には、ようやく人の姿になれたこと、その日々の大切さや飼い主への思いを噛みしめるような感情が込められているのかもしれない。

最後に披露された「Star_Gazer」ではノリの良いファンクサウンドに合わせて歌を届けた。巨大な猫を背後に従えて街中を歩くようなエフェクトで、猫 The Sappinessの猫らしさをたっぷりと表現した。とてもデビューライブとは思えぬ堂々とした歌声とパフォーマンス、一挙に三曲をリリースするという力の入れようはさすがの一言。“ドPOPな神話が今はじまった”のかもしれない。

■野生の蚕・キヌが熟達のパーティクル演出で世界を飲み込む

バーチャル空間におけるライブパフォーマンス、その大きな魅力のひとつであるパーティクル演出。その第一人者にして、数々のステージで見た者の心を奪ってきたアーティストが、キヌだ。

そのパフォーマンスは、始まりから異様な雰囲気だった。会場に鳴り響く電話のコール音と共に、ステージに光の輪が出現。脳内に語りかけるようなウィスパーが流れると、会場のあちこちにキヌのシルエットが漂う。さっそく「喝采を」で観客を自身の世界観に連れていく。

その流れのままに「紲」へと突入。ステージ上を列車が通過し、文字が舞う、ステージの背後にビルが“生えてくる”。次々と「ここでしか見られない表現」を繰り出すキヌ。少年を思わせる歌声から放たれるポエトリーと振り絞るようなシャウト混じりの歌唱は、不安定さと芯の太さという矛盾したふたつの要素を感じさせる。エレクトロ、シューゲイザー、オルタナが入り交じる音楽に合わせたパーティクル演出が、独特の世界観に侵襲されるようで、それすらも心地良い。過去のインタビューで「音楽そのものが空間であってほしい」と語ったように、キヌが得意とする、音楽が“世界を侵食していく”表現が垣間見れる瞬間だ。

決してリッチな3Dモデルを使っているわけではない。どちらかといえば、一つ一つのパーティクルはシンプルだ。されど、目を離せない。スタイリッシュなモーショングラフィックスが、四角形や三角形といった単純な図形だけで成立する理屈と同じかもしれない。黎明期からバーチャル空間におけるステージング、パーティクル演出を追求し続けてきたキヌだからこそ、魅せ方の工夫だけでどこまででも飛んでいけるのだと、そう納得させられる。

そして、最後に披露した「バーチャルYouTuberのいのち」は、ポエトリーリーディング主体のパフォーマンスを得意とするキヌの真骨頂であり、代表曲だ。曲の始まりは、静寂。世界は“四角い箱”に包まれ、床は消えてしまった。

壁面と中央に浮遊した球体には詞が刻まれ、静かにキヌが語りだす。文字に包まれた蚕から背中に“羽”(文字通り)を携えたキヌが再び現れ、羽化を果たすと、バーチャルYouTuberにとってのいのち、在り方、そのリアルを叫び、歌う。

楽曲の最後には〈このいのちを諦めてやるものか〉と大きく言葉を振り絞って曲を終えた。バーチャルシンガーが集うフェスで「私たちはここで生きているぞ」と叫ぶこと、それを一貫して続けてきたキヌは、今たくさんのアーティストに囲まれている。その尊さに、あらためて胸を打たれた。

■物語性を伴うステージングで心象風景を見事に表現した名取さな

4週にわたって続いた『META=KNOT』も、いよいよラストを迎える。大トリを務めたのは、個人のバーチャルYouTuberとしてさまざまな場で活躍する名取さな。初の『VRChat』でのライブ出演ということで、開催に先がけておこなったインタビューでは「無限の自由度」「普段自分たちではやらないような演出」と、期待を匂わせていた彼女のパフォーマンスがどのようなものになるか、個人的にも気になっていた。

結論から言えば、その期待を大きく上回るパフォーマンスであった。「モンダイナイトリッパー!(Mitsukiyo Remix)」のイントロで空間にウィンドウを模したパネルを出現させると、自己紹介とばかりに歌い始める。さらにそのなかから、世界の垣根を越えて三次元のバーチャル空間へやってきてしまう。『VRChat』でのライブは初という名取さな。我々のいる世界と、名取さなのいるバーチャル世界をつなぐ中継地点で邂逅を果たした格好だ。

アップテンポなビートの次は、チルくアレンジされた「アマカミサマ(kamome sano remix)」へと続く。深海を思わせる青い光の中で、色とりどりのパーティクルが舞うさまはまるでアクアリウムのよう。曲の盛り上がりに合わせた小気味の良いビートと共にキュートな歌声で会場を盛り上げる。ラスサビ前、一気にトーンダウンしてメロウな雰囲気にしたかと思えば、ラスサビにかけて隠れていた魚たちが一気に飛び出し、疾走感ある演出・ビートとともに駆け抜けた。

印象的だったのは、最後の楽曲に入る前のMCで名取が語った言葉だ。

「VR初めてだよ~、という人もいるかもしれませんね。新しい音楽や体験に出会えましたでしょうか? 新しいことにチャレンジしたり、見たことのない世界を覗くっていうのは、とても勇気がいることだと思います。勇気を出してきてくれて、ありがとうございます」

前述したインタビューで、彼女は「人の人生を豊かにしたい」と語っていた。自身の活動を通して、新しいものに出会ってもらいたい、せんせえ(リスナー)にとって健全な存在でいたい。短いながらも、そんな思いが込められたMCであったように思う。

人の人生を豊かにしたいと語った彼女が、最後に選んだ楽曲は、自身の内面と向き合う勇気をくれたと語る楽曲「ゆびきりをつたえて」。〈わかんなくて 自分のこと/空回るばかりで〉と悩み、〈ああ 私がどんな人だったら いつも笑っていてくれるんだろ〉と考えを巡らせ、不安定さを思わせる歌詞に合わせて世界が色を失う。〈空回るのは少し減らせた〉と少し前を向いた彼女にあわせてパステルカラーな空間へと回帰する。

さらに〈クローゼットを開け放ちながら〉という歌詞と共に、赤坂BLITZから一気に草原へと世界が移動する。自分を好きになってもいい、そんな前の向き方をする名取の心象風景が形を成したような世界だ。

そこから〈アン・ドゥ・トロワ ターン!〉とターンを決めれば、最後には成長を示すかのように豪華に飾り付けられたステージのなかでパフォーマンスを終えた。自身への落胆、それを受け入れる内面の成長過程、そんな物語性を伴ったステージングであった。

全体を振り返ってみれば、どのアーティストも最高出力でもって、なおかつコンセプトを伴ったステージを披露してくれたように思う。春猿火&幸祜というふたりの電脳の魔女がKAMITSUBAKI STUDIOの世界観へ引きずり込もうとすれば、猫 The Sappinessが自身の生誕を告げる産声を上げ、キヌが喝采を送りバーチャルな存在は「ここにいるぞ」と叫び、名取さなが認めてくれる人たちへの感謝を告げつつ、“あちら側”と“こちら側”の中継地たる『VRChat』で邂逅を果たす。どれもが素晴らしいパフォーマンスであった。

(文=三沢光汰)

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