千枚田唯一の農家引退 82歳田中さん「ここらが潮時や」 農機具壊れ、体力も衰え

引退を決め、千枚田での耕作を振り返る田中さん=輪島市白米町

 輪島市白米(しろよね)町の国名勝「白米千枚田」の田んぼの所有者で唯一の耕作農家、田中喜義(きよし)さん(82)=白米町=が米作りを断念した。地震で農機具が壊れ、体力も衰えたため、守ってきた農地に足を入れることをやめる決断をした。大型連休が近づき、本来はあぜを塗って田植えの準備を始める頃だが、田中さんは無残にひび割れた棚田を見詰め「ここらが潮時や、寂しいが仕方ない」と語った。

 白米千枚田は日本海を望む急勾配の斜面に大小1004枚の棚田が広がる。約30年前に白米町で17、18軒あった耕作農家は年々減少。2014年からは田中さんのみとなった。

 地震で千枚田近くの田中さんの自宅は損壊。敷地内の農機具の倉庫はつぶれ、愛用のコンバインやトラクターが下敷きとなった。3月下旬に妻の君子さん(86)と避難先の金沢から自宅に戻ったが「寄る年波には勝てん」と田中さん。修理には多額の費用がかかることもあり、耕作意欲が再び湧くことはなかった。

 中学卒業後、千枚田で米作りを始めた。先祖から受け継いだ田んぼを約60年にわたって耕し、世界農業遺産「能登の里山里海」を象徴する棚田の景観を下支えしてきた。他の農家の田んぼも引き受けて米を作ってきたが、近年は十数枚を維持するのが精いっぱいだったという。

 斜面に作られた田んぼでは、大半が手作業だ。田中さんは「千枚田での耕作は重労働や。そんでも苦労した分だけおいしい米ができる。よく働いたわい」とすっきりとした表情を見せる。

 引退を決め、自宅から道の駅「千枚田ポケットパーク」までの散歩が日課になった。苗を植えなくなった田んぼをどうするかは決まっていない。それでも田中さんは「千枚田の価値は変わらんよ」と長年守ってきた景色をいとおしそうに眺めた。

  ●オーナー制215組が継続 地震で辞退は1組だけ

 白米千枚田で会費を払い、米作りを体験できる「オーナー制度」で、昨年からの継続会員は215組で、新規会員は62組。輪島市などでつくる景勝保存協議会によると、地震の影響でオーナーを辞退したのは1組にとどまった。

 オーナー制度は市が借り上げた約500枚が対象で、田んぼ1枚を借りられる「オーナー会員」、田植えなどの作業のみ参加できる「トラスト会員」を毎年募集。地震の影響で今年は規模を縮小して作付けを行うため、返礼品などの特典は原則なしとする。

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