LUNA SEA【グラマラス・ロック列伝】メンバー5人のせめぎ合い!その危うさと緊迫感  メンバー全員が主役というスタイル!それがLUNA SEA

リレー連載【グラマラス・ロック列伝】vol.4-LUNA SEA

典型的な音のあり方では片付けられないLUNA SEAの変化の過程

LUNA SEAというバンドは、1991年のデビューからの5年間、激しくその音楽スタイルを変貌させていった。コアになる世界観は変わらないものの、あまりにも短期間でサウンドの進化が成し遂げられたため、単に “高速ビートでメロディックな楽曲を激しく表現する” といった、90年代グラマラス・ロックの典型的な音の在り方だけでは片付けられない魅力を放っていた。その変化の過程を、デビューから、4作目のアルバム『MOTHER』までの音作りで読み解いていきたい。

LUNA SEAの結成は1989年。メンバーはボーカルのRYUICHI、SUGIZOとINORANのツインギター、ベースのJ、ドラムスの真矢の5人で、当初のバンド表記は “LUNACY” だった。同年5月29日に町田のライブハウス “プレイハウス” で初ライブを行い、同年8月には最初のデモテープ「LUNACY」を100本完売。そこから目黒鹿鳴館、目黒ライブステーションなどをベースに活動。90年にはバンド表記をLUNA SEAに改め、91年4月21日、ファーストアルバム『LUNA SEA』をX(現・X JAPAN)のYOSHIKIが主催するエクスタシーレコードより発売する。

このファーストを聴くと、荒削りな演奏、特にRYUICHIの野生味溢れるボーカルスタイルに驚かされる。サウンド面はニューウェーブ、ポジティブパンクをベースにした、ダークでゴシックな世界観。「SHADE」における2ビートと3拍子の合わせ技、「MOON」での、SUGIZOによるディレイのかかったイントロなど、彼らの世界の源流とも言えるサウンドがすでに存在している。音質の悪さを差し引いても余りある、がむしゃらで勢いのあるプレイが随所に感じられるのだ。

名実ともにシーンの頂点に立ったLUNA SEA

92年5月21日にリリースされたメジャー1作目のアルバム『IMAGE』には、「Dejavu」や「MECHANICAL DANCE」のような鬼気迫るアグレッシヴなナンバーと、「WALL」「IMITATION」のようにポップな楽曲が同居しており、デカダンスな暗黒ムードをとてつもなくスピーディでパンクな音で表現している。

93年4月21日リリースの3作目『EDEN』では、耽美的な世界観を前面に押し出し、シャッフルビートを取り入れた「STEAL」や、優美なワルツの「Providance」など、ロマンチックかつメランコリックなナンバーが目立つ。前作までの強力な破壊衝動は後退し、やや内省的な印象も受けるが、一方ではプログレ的なアプローチも前2作に比べて強くなった。

これが94年の4作目『MOTHER』では、インダストリアル、アフリカンビート、あるいはオルタナ的サウンドまで繰り出し、トレンドの洋楽との折り合いをつけながら進化・発展させつつも、核にあるLUNA SEA独自の世界観はキープしたままという凄まじい変貌ぶりを見せた。このアルバムをLUNA SEAの最高傑作と呼ぶリスナーも多いのも納得の完成度である。オリコンチャートでは自己最高の2位を記録、同年12月には日本武道館公演を、追加も含めトータルで4日間成功させた。翌年には初の東京ドーム公演を敢行、この時期LUNA SEAは名実ともにシーンの頂点に立った。

メンバー全員が主役というスタイル

LUNA SEAというバンドの特性を1つ挙げるなら、作詞・作曲の方法の独自性にある。メンバーの誰かが持ち込んだ曲であっても、それを元に全員で作り込んで行く作業で、編曲におけるヘッドアレンジのような形で作曲を全員で手がけるのだ。

楽曲クレジットも、初期は実際に作詞・作曲したメンバーが表記されたが、ある時期から全て “LUNA SEA” 名義に変わった。もちろん著作権から発生する印税収入を公平にする、という金銭面での配慮もあるが、この作り方により、ミュージシャンそれぞれの個性よりも、LUNA SEAというバンドの色が先に立つことになる。

こうしたメンバー全員が主役というスタイルは、演奏面にも表れている。それぞれ音楽的影響も出自も違う5人の個性が、そのまま強烈な自己主張となってサウンド面に現れるのだ。いわゆるアンサンブル的なものとも違う、それぞれの主張が攻撃的にぶつかりながら、LUNA SEAというバンドの音を組み立てていると言えばいいだろう。

ことにSUGIZOとINORANのツインギター体制にそれを強く感じさせる。リードを弾くSUGIZOは、世界観の構築も任されており、ハードロック要素も強い。一方でカッティングやリフなどリズムギターを担当するINORANは、クリーントーンのアルペジオを得意とし、退廃的でエロティックな世界観を描き出す。そこには、リードとサイドという単純な分け方では成立しない、この2人ならではの役割分担がある。

ツインギターの必然性を感じさせる楽曲はいくつもあるが、例えば『LUNA SEA』に収録されている「SANDY TIME」や、『IMAGE』の「SEARCH FOR REASON」では、両者の水と油のようなギターが見事に溶け合い、ゴシックな世界を現出させている。『MOTHER』収録の「IN FUTURE」ではツインギターがそれぞれ全く異なるフレーズを弾き、強烈なうねりを生み出している。どちらが欠けても成立しないのだ。

また、LUNA SEAの持つロマンティックで格調高い悲劇性は、例えば『IMAGE』収録の「WALL」、などにおけるSUGIZOのバイオリンの響きが代表している。さらにベースのJ、ドラムスの真矢による強力なリズムセクションも時に楽曲の主役となる。『EDEN』の「ANIBUS」におけるドラムンベース風のリズム、同じく「LASTLY」でのメロディックなベースラインや、『IMAGE』での「Dejavu」におけるベースの強烈な存在感。そして、重心は低めに、凄まじいスピードで疾走感と狂気を演出する真矢のドラムは、高速ビートや手数の多いフレーズを弾いても、パワフルだが無駄がなく、軽やかな印象を聴くものに与える。

RYUICHIのポップセンスにより、バンドは大衆性を獲得

メンバーの音楽的方向性がバラバラであることは、97年からのバンドの充電休止期間に、それぞれのソロ活動によってより明らかになった。特にRYUICHIが本名の河村隆一として発表したソロアルバム『Love』でのボーカルスタイルは、LUNA SEAとは全く異なるものだが、このバンドが大衆性を獲得できたのは、RYUICHIのポップセンスによるところも大きかったのではないだろうか。粗削りで破壊的なシャウトを繰り返していた初期の歌唱法も、その最奥部にあるボーカリストとしての芯は、人懐っこく魅力的な大衆性を内包していたのだ。

『MOTHER』というアルバムの凄味は、先端的な洋楽ロックのトレンドをすくい上げ尖ったサウンド・アプローチを爆発させながらも、同時にポピュラリティを獲得したことにあるだろう。いわゆるビジュアル系と呼ばれるバンドの典型的なサウンドは、この時期の彼らの楽曲が結果的に代表し、後続のバンドに与えた影響も多大であった。先鋭と大衆性の両立という、シーンのトップに立つアーティストには必須の条件が、この『MOTHER』の各曲で出揃ったのだ。

外部プロデュースを介さず、常に自分たちで音の方向性を決めてきた彼らだからこそ、デビュー以来アルバム1作ごとに上書き更新するような、ドラスティックな変化が起こり得たと言える。倍々ゲームの如く、セールスや動員力を伸ばしていったことも、決してフロックでも一時期のブームでもなかったことは、その後の彼らの活動で十分に証明されている。メンバー全員がバンドの主役として立ち、先鋭的に突き進んでいくことで大衆性を獲得できた稀有なバンドがLUNA SEAなのだ。それは同時に、バンドとリスナーの理想的で幸福な関係でもある。

カタリベ: 馬飼野元宏

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