すべての道は最高裁へ通ず――トランプ氏の免責特権審理迫る

保守派多数の状況で影響力を強める連邦最高裁が、トランプ氏の免責特権巡る審理を行う/Kevin Dietsch/Getty Images

(CNN) ドナルド・トランプ前米大統領が主張する免責特権を巡って25日に行われる連邦最高裁判所の審理は、歴史的な勢力転換を改めて浮き彫りにするだろう。民主党・共和党いずれも久しく政権と議会の主導権を維持できずにいるせめぎ合いの時代、共和党から指名された6人の最高裁判事は、国の方向性を左右するもっとも根強い影響力を備えている。

「今の最高裁は他の機関や州の運営、米国民の生活の規範を、おそらくこれまで以上にはっきり明白に定めている。そのため最高裁が米国の中心的存在だという主張もなされている」。こう語るのは、大恐慌時代のフランクリン・D・ルーズベルト大統領と最高裁の対立を取り上げた権威本の著者で、歴史学者のジェフ・シェソル氏だ。

ジョン・ロバーツ最高裁長官は上院指名承認公聴会で、最高裁を公明正大な「審判」だと例えたことで有名だ。だが保守派が過半数を占める最高裁は、幅広い社会・人種・経済問題政策に関して、自分たちを指名した共和党大統領と過半数票で承認した共和党上院議員が有利になる方向へと着実に誘導している。

近年、とりわけ2020年に故ルース・ベイダー・ギンズバーグ判事に代わってエイミー・コニー・バレット判事が6人目の共和党指名判事として任命されるまでは、最高裁の判断でリベラル派が大喜びするケースも何度かあった。バレット判事が任命されてからも、最高裁は共和党寄りの州が制定した20年大統領選の結果を無効にしようとする訴訟を退けるなど、トランプ氏の意図に反する裁定を度々下している。

だが21世紀を通してみると、議会や大統領令ではなく、最高裁で最終的に保守勢力に勝利がもたらされるケースがはるかに多い。確かに、多数派の共和党指名判事の判断が保守派に勝利をもたらしたのは、連邦投票権の縮小から連邦および州の銃規制法の制限、憲法で認められた中絶の権利の撤廃にいたるまで、共和党が議会や大統領令では達成がほぼ不可能だった問題ばかりだ。

共和党指名判事の判断は約20年間、次々と政策変更をもたらした。「その規模はどんな政権にも実現できない。ねじれ議会ではない政権ですら及ばない」と、カリフォルニア大学バークレー校で政治学を研究するポール・ピアーソン氏は語る。同氏は最新刊『Partisan Nation: The Dangerous New Logic of American Politics in a Nationalized Era』の共同著者でもある。

民主党にとっては最高裁の多数派判事をどう扱うかが根幹にかかわる課題となり、最高裁の審理期間の終盤は、その年の重要案件に関する判断を待つ落ち着かない時期になった。今年もそうした緊張の中、最高裁は意見が真っ二つに割かれた案件で判断を下す。そのうちのひとつが、大統領経験者の任期中の行動に対する刑事訴追の免責特権を巡る問題だ。

だが最高裁が最終的にトランプ氏の主張をどう判断しようとも、悠長な審理手続きのため、トランプ氏に対する連邦選挙結果の転覆容疑の裁判が11月前に行われる可能性は大幅に低くなった。これもまた最高裁の絶対的影響力の現れだというのが大方の意見だ。

トランプ氏は最高裁における保守派判事の優勢を確実にした中心的人物だが、同氏と最高裁の関係は複雑だ。トランプ政権の政策絡みの訴訟でおそらくもっとも重要だったのが、イスラム教国家からの渡航を禁じた政策だ。最高裁は18年、5人の共和党指名判事が4人の民主党指名判事を数でねじ伏せる形で、この政策を支持した。だが同じ5対4の構図でも、国勢調査で市民権の有無を問う質問を追加する案や、両親に連れられて米国に不法入国した子どもを法的に保護するバラク・オバマ政権時代の政策の廃止は、手続き上の不備を理由に却下された。いずれの場合もロバーツ長官が民主党任命の4人の判事に加担し、トランプ氏にノーを突きつけた。

また最高裁はマンハッタン地方検事にトランプ氏の納税申告書の閲覧を認め、1月6日連邦議会襲撃事件の調査では、民主・共和両党で構成される下院委員会の要求通りにホワイトハウスの記録閲覧を認めるなど、捜査関連でトランプ氏の意にそぐわない裁定を下し、同氏からこき下ろされた。またトランプ氏が支持する共和党州の司法長官や州議員が、20年大統領選でジョー・バイデン大統領が勝利した4州の選挙結果を無効にしようとする無謀な試みも却下した。

ごく最近では、反乱に関与した公職者の再選を禁じる憲法修正第14条を理由に州が24年大統領選でトランプ氏の出馬を禁じることはできないと判断し、同氏に大事な勝利をもたらした。だが全員一致で下されたこの判断も、同氏の免責特権での対応ほど波風は断たなかった。

この件は、最高裁の決定により何度となく審理が延期されてきた。今週予定されている審理も、行われるのは口頭弁論の期間の最終日だ。それでも最高裁を擁護する司法専門家に言わせると、普段のスピードと比べればかなり速いペースで進んでいるという。「何はともあれ、通常よりやや速いペースで進んでいると思う」と語るのは、スタンフォード大学ロースクールの憲法センターで所長を務めるマイケル・マコネル氏だ。「中には最高裁判事をロケットに乗せたがる人もいるが、そうするべきだという理由も見当たらない」

だが最高裁は審理の日取りを決める段階で、すでにトランプ氏の一番の望みをかなえたという批判的な意見もある。審理日程が大幅に延期されたため、ジャック・スミス特別検察官が申し立てた20年大統領選介入を巡る裁判で、トランプ氏が11月前に陪審員の前に立つ可能性が低くなったからだ。免責特権の件で最高裁の対応に懐疑的な人々からは、ブッシュ対ゴアの裁定と同じだという声もしばしば聞かれる。当時、共和党から任命された5人の判事は、民主党から任命された4人の判事を抑えてフロリダ州の再集計を終了させ、実質的に00年大統領選でのジョージ・W・ブッシュ氏の当選を宣言する形となった。

「今までの最高裁は保守派だったが、MAGA(トランプ氏の掲げるスローガン『米国を再び偉大に』の頭文字)派ではなかった。トランプ氏を窮地から救う、あるいは同氏の職権乱用をかばうことには一切関心を示さなかった」。ニューヨーク大学ロースクールのブレナン司法センターの所長兼最高経営責任者(CEO)で、23年には当代の連邦最高裁をテーマにした書籍『The Supermajority』を上梓(じょうし)したマイケル・ウォルドマン氏はこう語る。「州が憲法修正第14条を理由に候補者の出馬を禁じることはできないという判断は間違っていないと思う。だが免責特権での対応は、党派的な大統領選の駆け引きにおいて最高裁による最も甚だしい介入だ。少なくともブッシュ対ゴア以来――いや、実際のところ前例がない」

ホワイトハウスでビル・クリントン元大統領のスピーチライターを務めていたウォルドマン氏は、最高裁はすでにトランプ氏の選挙転覆裁判を数カ月先送りにしているものの、過去の様々な前例から、ここからはスピーディーに進むだろうと指摘する。同氏は最新の分析記事で、口頭弁論の後速やかに最高裁が裁定を下し、大統領権限の上限を定めたケースが他にもあると記している。例えばブッシュ対ゴアの件では、審理からわずか3日後に最高裁の裁定が下った。ウォーターゲート事件の裁判でも審理からわずか2週間後、最高裁は全会一致でリチャード・ニクソン元大統領に関連テープの提出を命じ、ニクソン氏はその2週間後に辞任した。こうした例からも、最高裁が免責特権について5月半ばまでに判断を下し、トランプ氏が有権者よりも先に、陪審員と対面する可能性も増すだろうとウォルドマン氏は言う。

「いったん審理が始まれば、最高裁が2カ月もかけて注釈を練ることはない」とウォルドマン氏。「いただけないのは、(最高裁判事が)有権者の権利について否定的なふりをすることだ。過去に憲法の転覆を図った人物の名前が再び投票用紙に載るのか否か、有権者が知る権利の有無に関して、それがないかのような雰囲気を見せるのは誠意に欠ける」

だがマコネル氏は、想定される最高裁の判断の内容次第では、タイミングを巡る議論は無意味になるだろうと主張する。同氏の予想では、最高裁は大統領としての責務の範疇(はんちゅう)に収まる行為についてはトランプ氏を刑事訴追することはできないが、責務を超える個人的行動に対しては訴追可能だという判断を下し、裁判を下位裁判所に戻して、どの訴因がどちらの区分に収まるのかという判断をゆだねるだろう。「起訴内容を洗い出し、どの部分が刑事訴追に値するかを判断するにはしばらく時間がかかるだろう」と言うマコネル氏は、ジョージ・W・ブッシュ元大統領から任命されて上訴裁判所の判事を務めた経歴を持つ。「裁判が行われ、大統領選当日を迎える前に判決が下るという考えは非現実的だと思う」

最高裁がいつ、どんな裁定を下すにせよ、免責特権の一件は毎度おなじみのパターンで、民主・共和両党の対立構造を形成する重要な役割を果たしている。

最高裁の影響力が次第に強くなっている理由のひとつは、共和党が任命した判事が過半数を占め、政治が不安定要素で彩られた時代に揺るぎない影響力を放っているからだ。

民主党、共和党いずれも、政権並びに上下両院の同時支配を連続4年以上維持した事例は1968年以降存在しない。21世紀に入ってからは、政権と議会の同時支配が成立したのは共和党の場合わずか6年間、民主党はわずか4年間だった。つまりいずれの政党も、政党間での長い膠着(こうちゃく)期間の合間に、ほんの束(つか)の間優先事項の法制化にこぎつけることができたにすぎない。これとは対照的に、最高裁では保守派判事の優勢が途絶えることなく続き、年々影響力をふるっている。最高裁で確立された保守派の優位性が「ある種の力関係を作り出し、それが常態化している」とウォルドマン氏は言う。

最高裁の影響力が高まっているもうひとつ重要な理由は、多数派の保守派判事が以前よりも結束していることだ。最高裁は70年以来ずっと共和党大統領が任命した判事が多数派だった。だが過去50年間、そうした判事がイデオロギーの面で必ず過半数を占めたケースはほとんどなかった。ロナルド・レーガン元大統領から指名されたサンドラ・デイ・オコナー氏やアンソニー・ケネディー氏のように穏健派で浮動票を投じる判事もいれば、ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領から指名されたデイビッド・スーター判事のようにリベラル寄りもいた。

だが近年民主・共和両党は徹底した組織固めを行って、自分たちの選んだ最高裁判事から寝耳に水をかけられる可能性を減らそうとしている。こうした動きはとくに共和党で組織的に行われており、保守派「フェデラリスト協会」率いる各種団体が最高裁判事の指名プロセスに甚大な影響力を行使している。「最高裁判事の指名には、以前にもまして厳しい審査が行われるようになっている」とピアーソン氏は言う。

5対4で共和党が多数を占めていた時期も、バレット判事の承認で6対3の「超過半数」が確実となった今も、最高裁は何度か政策問題で共和党主流派の意見とは相対する判断を下してきた。

5対4の時代には、オバマ政権の「医療保険制度改革法(ACA、通称オバマケア)」を僅差(きんさ)で支持し、連邦レベルで同性婚の権利を認め、職場における市民権保護の適用範囲を同性愛者やトランスジェンダーに拡大した。6対3の時代にも周囲の予想に反し、アラバマ州が選挙区分で黒人有権者の権利を侵したという下位裁判所の判決を支持した。また有権者の投票集計結果にかかわらず、選挙人票を採用する絶対的権限を州議会に与えるという一部保守派が推し進めていた方針も却下した。

だが多くの場合、米最高裁は立て続けに共和党に大勝利をもたらしてきた。5対4時代には選挙資金法を大幅に緩和する歴史的判断を下し(シチズンズ・ユナイテッド裁判)、65年の投票権法に基づく連邦政府の州投票手続きの事前承認も事実上廃止した(シェルビー郡裁判)。またACA法に基づいてオバマ政権が州にメディケイド(低所得層向け医療保険)適用拡大を義務付けることも禁じた。ブレット・カバノー判事とバレット判事が任命されてからは、高等教育でのアファーマティブアクション(積極的差別是正措置)を事実上廃止し、銃所持を規制する州の権限を大幅に制限するとともに、バイデン政権の学生ローン返済免除計画を却下した。なにより衝撃だったのは、50年間憲法で認められてきた中絶の権利を覆したことだ。5対4、6対3いずれの時期も、最高裁の裁定は宗教と政治の隔たりを低くし、気候変動などの環境問題を中心に連邦政府の行政権限を弱めた。

オバマ政権下で国内政策首席顧問を務めたセシリア・ムニョス氏いわく、バレット判事が6人目の保守派判事として加わったことで、民主党大統領の算段に具体的な変化がもたらされたという。オバマ大統領時代、政府は主要な決定がことごとく訴訟に持ち込まれるだろうと予想していた。それでも5対4という勢力図ゆえ、裁判所が政権の計画を覆すことが「既定路線」にはならないと信じていたという。ところが6対3の構図になると、「そうした期待もこの数年で薄れてきている」と同氏は続けた。「ここ数年の最高裁の判断がもたらした結果からも分かるように、根本から変わってしまった。1回目のACAの裁定で手腕を発揮したことで知られる(ロバーツ)長官のような人物でさえ、もはや最高裁をコントロールできない」

多数派の保守派判事の結束と野望により、民主党大統領は手も足も出ない状況に追い込まれているというのが多くの専門家の考えだ。議事妨害のために、いずれの政党の大統領も議会での法案可決が難しくなった。だがこれに対抗してオバマ政権やバイデン政権が大統領令を発令し、一方的に事を進めようとしても(オバマ政権の場合は移民問題、バイデン政権の場合は学生ローン返済免除)、つねに最高裁の共和党任命判事がそうした措置を無効としてきた。民主党の政策実施において、「議事妨害と共和党支配の最高裁の組み合わせは効果的な足止めになっている」とピアーソン氏は言う。

スタンフォード大学憲法センターのマコネル氏はこれに反論し、多数派の保守派判事は何度か必要以上に影響力が大きい判断をしたものの、全体的に言えば全国レベルの議論に今まで以上にしゃしゃり出ているわけではないと考えている。「最高裁は左より右に偏りがちなだけで、あまりにも突然なために、今まで最高裁の影響力を喜んでいた人々が苦虫をかみつぶしているだけだ」

古参のサミュエル・アリート判事やクラレンス・トーマス判事はいずれも70代半ば。人口動態や社会の変化が急速に進む中、現在の最高裁のバランスが2030年代まで続く可能性もある。クリントン政権でスピーチライターを務めたシェソル氏は、保守派多数の最高裁がもたらす長期的な影響力は、20世紀初頭からフランクリン・D・ルーズベルト政権にかけて見られた影響力をしのぐのではないかと考えている。当時の最高裁の保守派判事は、最低賃金と勤務時間の上限を定めた法律など、長年施行されてきた連邦・州・自治体の革新的な法律を無効とした。

「期間と影響力の両側面からも、1920年代と30年代の保守派の影響力をはるかに超えるだろう」とシェソル氏。当時ルーズベルト大統領率いる民主党は、議会で圧倒的多数を誇っていたおかげでニューディール政策に反対する最高裁の裁定を覆すことができ、長い在位期間中に最高裁判事に十分な空きが生まれたために、最終的にイデオロギーのバランスを逆転した。

分断が進み、議事妨害が横行する現在、保守派寄りの最高裁の決定を民主党が議会の力で覆すのはかなり難しい。今の共和党が議会で法案を可決し、ニューディール政策や「偉大な社会」政策の時代に民主党が成し遂げた功績を覆す見込みはほぼゼロだが、「最高裁で過半数を確立すれば、こうした功績をごっそり崩壊させることは可能だ」とシェソル氏は言う。

本稿はCNNの政治担当シニアアナリスト、ロナルド・ブラウンスタイン氏による分析記事です。

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