約束手形の決済期限を60日以内に短縮へ 支払いはマイナス影響 約4割、回収では 5割超がプラス影響

「手形・でんさいに関するアンケート」調査

これまで120日だった約束手形の決済期限を、60日に短縮する方向で下請法の指導基準が見直される。約60年続く商慣習の変更は、中小企業の資金繰りに大きな転換を迫る。東京商工リサーチは4月1~8日に企業アンケートを実施し、手形・電子記録債権(でんさい)のサイト短縮の影響を調査した。
サイト短縮は回収側で5割超(56.0%)がプラスの影響を受けるとしたが、支払いは約4割(構成比39.6%)がマイナスの影響を回答した。政府は、約束手形を2026年までに廃止する方針で、手形決済の改革を契機に、支払・回収サイトの短期化は中小企業の経営に大きな変革をもたらしそうだ。

2024年2月、公正取引委員会は手形や電子記録債権の指導基準を変更し、これまで120日(繊維業90日)が中心だった振出日から支払いまでの期間(手形サイト)を、60日以内に短縮する改正案を公表した。長期サイトの約束手形は、支払側は決済日までの資金計画を立てやすいが、手形を受け取る下請業者は、手形を早期現金化するため割引いたり、運転資金の調達に苦慮していた。また、信用力の高い企業でも、割引料(金利)が収益の足かせになっていた。

今回の調査は、サイト短縮に伴う支払い側のマイナス面として4割超(43.0%)の企業が「新たな借入の必要はないが、資金繰りがタイトになる」と回答した。手形やでんさいを支払に利用している企業は42.6%だった。国や金融機関は周知徹底のほか、長期サイトの手形に頼った企業への短縮化による悪影響を抑えるため、一時的な資金繰り緩和への支援策の拡充すべきだろう。

※本調査は、2024年4月1~8日にインターネットによるアンケート調査を実施し、有効回答4,501社を集計・分析した。
※資本金1億円以上を大企業、1億円未満(個人企業等を含む)を中小企業と定義した。
※今回の調査が初めて。


Q1.政府は11月1日から手形や電子記録債権などの下請代金の支払期限を120日(繊維業は90日)から60日以内にする下請法の運用見直しを検討しています。そこで、手形や電子記録債権について伺います。貴社は支払いに手形や電子記録債権を利用していますか?(択一回答)

◇「手形、でんさい利用」が42.6%
支払いに「手形も電子記録債権(でんさい)も利用していない」は企業は、57.3%(4,501社中、2,582社)と約6割だった。一方、「手形もでんさいも利用している」は18.3%(827社)、「手形を利用している」は15.0%(676社)、「でんさいを利用している」は9.2%(416社)。手形・でんさいのどちらか、または両方の利用は42.6%(1,919社)だった。
規模別では、「どちらも利用」は大企業が27.8%(381社中、106社)、中小企業が17.5%(4,120社中、721社)と中小企業が10.3ポイント下回った。
産業別では、「どちらも利用」の最高は、卸売業の29.0%(981社中、285社)。次いで、製造業の25.7%(1,390社中、358社)、建設業の17.0%(663社中、113社)と続く。
「どちらも利用していない」が最高だったのは情報通信業の93.4%(246社中、230社)だった。

Q2.手形や電子記録債権の支払い期限が60日以内と定められた場合、貴社への影響はどのように考えますか?支払う立場から回答ください。(択一回答)

◇「マイナス影響」は39.6%
「あまり影響はなさそうだ」が48.0%(1,857社中、893社)で最も多かった。次いで、「どちらかというとマイナスの影響を受けそうだ」が28.2%(524社)、「マイナスの影響を大いに受けそうだ」が11.4%(213社)で、マイナスの影響は39.6%(737社)と約4割に達した。
規模別では、マイナスの影響は大企業が44.4%(209社中、93社)、中小企業が39.0%(1,648社中、644社)と下請法の関係で大企業がマイナスの影響を大きく受けるようだ。
産業別では、マイナス影響が高かったのは、「製造業」44.7%を筆頭に、「小売業」41.1%、「卸売業」39.1%、「不動産業」37.5%、「建設業」37.1%と続く。

「マイナス影響」の業種別(母数10以上)では、「印刷・同関連業」の67.4%(43社中、29社)が最も高かった。印刷用紙などの仕入に長期サイトの約束手形を利用しているようだ。
次いで、「非鉄金属製造業」の63.6%(11社中、7社)、「ゴム製品製造業」の57.1%(14社中、8社)、「鉄鋼業」の55.2%(38社中、21社)、「パルプ・紙・紙加工品製造業」の54.5%(33社中、18社)と製造業が上位に並ぶ。
製造業以外では、「繊維・衣類等卸売業」の47.3%、家具小売業など「その他の小売業」の47.0%、「総合工事業」の45.2%だった。

Q3.マイナスの影響として、最も大きいことは何ですか?(択一回答)

◇「新たな借入が必要」が約3割
最多は、「新たな借入の必要はなさそうだが、資金繰りがタイトになる」が43.0%(727社中、313社)だった。次いで、「資金繰りがタイトになり、新たな借入が必要になる」が28.8%(210社)、「長年の慣習を変えるため、資金繰りを再点検する負担が生じる」が27.0%(197社)と続く。また、その他の自由回答では、「回収に期日現金支払い(120日後)があり、これも手形同様に短縮してもらわないといけない」など、支払手形のサイト短縮の影響は広がっている。

Q4.手形や電子記録債権について伺います。貴社は代金の回収に手形や電子記録債権を利用していますか?(択一回答)

◇回収「手形、でんさい利用」が61.1%
回収では「手形も電子記録債権(でんさい)も利用していない」と回答した企業は38.8%(4,497社中、1,747社)で、4割に届かなかった。「手形もでんさいも利用している」は37.8%(1,703社)、「手形を利用している」は14.1%(637社)、「でんさいを利用している」は9.1%(410社)。手形・でんさいのどちらかまたは両方の利用は61.1%(2,750社)。
規模別では、「どちらも利用」は大企業が50.5%(384社中、194社)、中小企業が36.6%(4,113社中、1,509社)で大企業が13.9ポイント高かった。
産業別では、「どちらも利用」が最も高かったのは、製造業の53.6%(1,395社中、748社)、次いで卸売業の53.1%(990社中、526社)、建設業の38.1%(655社中、250社)の順。

回収に 「手形を利用している」の業種別(母数10以上)では、「木材・木製品製造業」が最高の86.2%(29社中、25社)だった。

次いで、「パルプ・紙・紙加工品製造業」の82.3%(51社中、42社)、「プラスチック製品製造業」の81.0%(95社中、77社)、「金属製品製造業」の79.3%(194社中、154社)と続き、支払いでマイナス影響の構成比が高い業種と関係性が深そうだ。

Q5.手形や電子記録債権の支払い(回収)期限が60日以内と定められた場合、貴社への影響はどのように考えますか?回収する立場から回答ください。(択一回答)

◇「プラス影響」が56.0%
最多は、「どちらかというとプラスの影響を受けそうだ」と回答した企業が40.5%(2,705社中、1,097社)だった。「プラスの影響を大いに受けそうだ」が15.5%(420社)で、「プラス影響」は56.0%(1,517社)と約6割を占めた。また、「あまり影響はなさそうだ」が37.8%(1,024社)、「マイナス影響」は6.0%(164社)だった。
規模別では、「プラス影響」は大企業が46.0%(250社中、115社)、中小企業が57.1%(2,455社中、1,402社)で、下請法の関係で回収サイトの短期化が見込まれる中小企業が大企業より10ポイント超高かった。
産業別で、「プラス影響」は「農・林・漁・鉱業」の71.4%(7社中、5社)が最高。次いで、「不動産業」の66.6%(9社中、6社)、製造業の58.6%(1,126社中、660社)、卸売業の58.2%(743社中、433社)と続く。

「プラスの影響」の業種別(母数10以上)では、「自動車整備業」が最高の76.4%(17社中、13社)だった。
次いで、「繊維工業」の69.6%(33社中、23社)、「家具・装備品製造業」の69.5%(23社中、16社)、「電子部品・デバイス・電子回路製造業」の68.7%(32社中、22社)、「窯業・土石製品製造業」の65.6%(32社中、21社)と続く。
回収で大手企業からのサイトの長い手形やでんさいの利用が多い業種が並んでいるとみられる。

Q6.プラスの影響として、最も大きいことは何ですか?(択一回答)

◇「借入金を圧縮できる」が22.0%
「借入金の圧縮には至らないが、資金繰りが緩和される」が58.6%(1,445社中、848社)が最多だった。「資金繰りが緩和され、借入金を圧縮できる」が22.0%(319社)、「資金化のための手形割引が圧縮できる」が12.9%(187社)だった。
その他の自由回答では、「資金回収管理の期間短縮による事務上の手間削減」「資金繰りが緩和され、仕入先に対しても支払条件を優遇することができる」「回収期間の短縮により、リスクが減る」「取引条件が改善され、断っていた仕事も受けやすくなる」など、資金繰りの緩和やリスクの減少の回答が目立った。


TSRが今年3月、14万2,309社を対象に実施したでんさいを含む受取手形等の動向調査によると、企業の手形等の残高が大手企業を中心に増加していることがわかった。2023年(2022年10月期-2023年9月期)に財務諸表に計上された受取手形等の総額は13兆9,779億円で、売上高に占める受取手形等の比率は3.2%を占める。それだけに手形やでんさいなどの決済期限を60日以内に短縮する影響は、プラス面もマイナス面も大きく振れている。

支払いではマイナス影響が約4割なのに対し、回収ではプラス影響が5割超と一筋縄にはいかない。特に、支払いでは、「資金繰りがタイトになり、新たな借入が必要になる」とマイナス影響を回答した中小企業が30.6%に及び、大企業の16.4%の倍近くあり、サイト短縮に伴う資金需要への対応が問題に浮かび上がっている。

企業のキャッシュ・コンバージョン・サイクル(現金循環化期間)の基本は、早期回収に対し、遅い支払いだが、手形サイトの60日への短縮は回収を早める一方で、支払も早めることになる。

コロナ禍後に押し寄せる物価高、賃金上昇、過剰債務の解消遅れで苦慮している企業は多い。この状況下で、手形の決済期限の短縮が中小企業にも浸透すると、資金調達の難航から事業規模の縮小を迫られる可能性もある。ただ、賃上げや設備投資などに資金を回すことができれば、成長につながる。約60年ぶりの手形「指導基準」の見直しは、資金余裕や取引先の対応次第で、企業の明暗を分ける契機になるかもしれない。

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