26年ぶりに映画で主演を務めた岩城滉一さん「“老い” “妻への愛”、役に共感しながら演じました」

26年ぶりの主演映画が公開される岩城滉一さん。ワイルドなイメージから一変、妻に先立たれて人生を模索する、ごく普通の男を好演。家族思いの優しい素顔をのぞかせ、映画のこと、夫婦のことを語ってくれました。ユーモラスでキレのいい“岩城節”をお届けします。

PROFILE
岩城滉一さん・俳優

いわき・こういち●1951年、東京都生まれ。
75年、映画『新幹線大爆破』で俳優デビュー。同年の『爆発!暴走族』で主役を務める。
80年代以降は「北の国から」「抱きしめたい!」など数々の人気ドラマに出演。
近年は映画『土竜の唄』「HiGH&LOW」シリーズなどで独特の存在感を放つ。
レーサーとしても活躍。妻はモデルの結城アンナさん。

“老い” “妻への愛” 役に共感しながら演じた

チャコールグレーのジャケットをすっきりと着こなし、腕を組んでも足を組んでもさまになる。70代になり、“ちょいワル”な魅力に渋みが加わった岩城滉一さん。

この5月に、なんと26年ぶりという主演映画『ラストターン 福山健二71歳、二度目の青春』が公開される。主人公の健二は、目の前のダンディな岩城さんとはかなりイメージが違う。定年退職し、妻に先立たれて、空虚な日々を過ごす男やもめ。もの忘れが増え、健康維持に努めるも、バランスボールから落ちて脚を痛め、風邪をこじらせて寝込んでしまう……。“老い”に直面する70代のリアルな姿を、岩城さんは静かに、ときに弱々しく演じている。

「撮影の頃は僕も健二と同じ71歳。僕は今でもバイクに乗ってツーリングもするからね」と自分とのギャップを話したあと、こう続けた。

「いや、オレだって体は弱っているよ。(ボクシングのファイティングポーズをとって)瞬発力も衰えたし(笑)、もの覚えも悪くなった。目も近視と老眼で見えづらい。健二に共感するところはたくさんあります」

なかでも、最も自身の思いを役に投影したのが、妻への愛だという。

「僕自身、家族や女房を守るために頑張って生きてきた。健二も奥さんを大事にし、家族のありがたみを感じていた人だと思う。でも、妻は認知症になって、健二は最期を看取る。落ち込んで気力を失うのも当然ですよ。たぶん、世の男の8割はそうなるでしょう。僕は、女房がいなくなるなんて想像もしたくないけど、自分だったらこうなるんじゃないかというイメージの中で健二を演じました。でも実際にそうなったときの悲哀は、あんなもんじゃすまないでしょう」

岩城さんにとって、妻である結城アンナさんの存在の大きさがうかがえる。おしどり夫婦として知られ、最近はインスタグラムなどで仲睦まじい姿を公開している。

「実は、今回の映画のお話をいただいたときに、プロデューサーから『Webに岩城さん夫婦の写真がアップされていて、岩城さんの優しい笑顔を見てキャスティングした』と言われて嬉しかった。というのも、昔から女房が言ってたんですよ。『ダディには、ファミリー映画が合うんじゃない?』と。僕には強面のイメージがあるからか、オファーがくるのは、ファミリーといっても、ギャングのファミリーばかりだから(笑)。女房から見ると、そういう役のほうが違和感があったようで、今回の役を喜んでくれました」

映画に影響されて料理を手伝うようになった

健二は、妻亡きあと、自分でさばの煮つけやみそ汁を作り、ひとりで自立した生活を送っている。岩城さん自身は、「オレはできない。女房がいないと、靴下がどこにあるかもわからないよ」と苦笑い。

「健二を演じてから、僕も料理を手伝うようになったんです。本当はそんなこと公にしたくないけど、女房がインスタグラムにオレが春巻きを作っている画像をアップしちゃったから、世間にバレてる(笑)」

照れながら話す岩城さん。健二役がもたらした大きな変化だ。きっとアンナさんは嬉しかったのでは?

「僕が手伝ったから嬉しいとか、そういうふうに思う人ではない。別に僕がいなくたって、女房は料理を楽しんで作っているわけだから。ただ、手伝おうという気持ちになった、そういう僕の変化を喜んでいたね。料理を楽しいとは思わないけど(笑)、作りながら夫婦で会話が生まれるでしょ? 『春巻きの具は何を入れる?』とか。そういう会話の時間をもてるのがいいね」

実は岩城さんとアンナさんは、二人で一緒に行動することはほとんどないという。

「一緒に暮らして48年になるけど、うちは“動と静”、性格も趣味も全く違うんですよ。僕は若い頃からバイク、車、ダイビング、スノーボードとアウトドア派で、女房は家でハーブや花を育て、料理を楽しむインドア派。家にいても僕は車やバイクが置いてある自宅のガレージにいることが多いし、女房は最近、時間があると絵(イラスト)を描いている。お互いに趣味があって、やりたいことがたくさんある。それを尊重しているんです。共通の趣味というか話題は愛犬Ozzy(オッジィ)のことぐらい」

夫婦が同じ方向を見るのではなく、ベクトルが違うからこそ、「話が弾む」と言う。

「お互いがやっていることに対して、『それ何? どこが面白いの?』と興味が湧くし、違う角度から感想やアンサーを言い合えるから、話題が広がっていくんですよ。仕事のフィールドも違うしね。たとえば今日帰宅したら、『雑誌の取材を受けたよ』『ダディ、失礼なこと言わなかった?』『言わないよ、こんなこと話したよ』みたいな会話をすると思う(笑)」

衰えぬチャレンジ精神。 再びカーレースに参戦

『ラストターン』の健二は、シニア向けのコミュニティクラブに参加し、同年代の橋本と友好を深め、橋本に誘われて水泳教室に参加する。全く泳げなかった健二は水泳という新たな挑戦と、周囲の人々との心のふれ合いを通して、人生の輝きを取り戻していく。

「何歳になってもね、どんな状況にあっても、一日一日を楽しくしっかりと生きていくことは大切だと思うんです。この映画は特に同世代の方々に観ていただきたいなぁ」

1980年からカーレースに参戦してきた岩城さん。近年はレーシングチームの監督業や若手選手の支援に力を注いできたが、健二のように、岩城さん自身も今まさに挑戦しようとしていることがある。

「レーサーとしては65歳のとき優勝して引退しました。でも、今年また参戦することにしたんです」

73歳。岩城さんのチャレンジ魂を突き動かしたものは何だったのか。

「僕の参戦を望んでくれる人たちがいるからです。昔F1がはやった頃は、どこのレース場もお客さんでいっぱいだったでしょ。でも今は見に来てくださる人も少ない。そのうえ、僕らが出場していたときより、同じカテゴリーのレースでも優勝タイムが落ちているんです。車の性能が上がっているにもかかわらず。それで『岩城さん、また走ってくださいよ、待っているファンがいますから』と声がかかったわけです。ありがたいよね。僕は俳優の仕事でも何でもそうなんだけど、喜んでくれる人のために、やってやろう!と思うタイプ。73歳の岩城が出場したら、他のレーサーは『負けられないぞ』って奮起するでしょうしね」

8年ぶりのレースに向け、体力づくりに励んでいるかと思いきや―。

「いや、何も準備していない(笑)。準備万端整えてから挑戦しよう、なんて思っている人は結局何もトライできないんですよ。まずトライしてみる。レースに出なければ何も始まらない。どう鍛えるか、何をすべきかを考えるのは、そのあとでいい」

岩城さんらしいセオリーだ。

「僕はあまり健康管理もしていなくてね。実は4年前に撮影で雪山に行き、肺炎になって入院したんです。回復して、こうして元気でいるわけですが、その後も特に節制はしていません。たばこも吸うし、お酒も飲む、好きだからね。目いっぱい好きなことをして、ピンピンコロリが理想。だから延命治療は勘弁してくれと終活ノートにも書いてあります。その時がきたら、じたばたせず、笑って死ぬ。そうありたい」

岩城さん夫婦は、寝るとき「おやすみなさい」とは言わないそうだ。

「『明日ね』って眠りにつく。翌朝、二人とも目を覚まして、また会えるって幸せなことだよね」

INFORMATION

『ラストターン 福山健二71歳、二度目の青春』

認知症の妻(宮崎美子)を看取って、空虚な日々を過ごす福山健二(岩城滉一)。自身のもの忘れに不安を覚え、市のコミュニティクラブに参加。さらに苦手な水泳に挑戦する。友人の橋本(田山涼成)や水泳教室のコーチ(高月彩良)と交流する中で、人生の希望を見いだしていく。

出演/岩城滉一、高月彩良、田山涼成、宮崎美子 他
脚本・監督/久万真路
●5月10日(金)全国公開
配給/イオンエンターテイメント

©2023『ラストターン』製作委員会

※この記事は「ゆうゆう」2024年5月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

撮影/広岡雅樹 取材・文/村瀬素子

© 株式会社主婦の友社