アナログサインのデジタルサイネージ化について考える[江口靖二のデジタルサイネージ時評] Vol.91

これまでアナログだった駅などの案内サインのデジタル化について、いまとても重要な事案が生じている。今回はその内容を紹介しながら、デジタルサイネージはどう利活用されるべきなのか、という本質論を考える材料を提供したいと思う。

今回の事例は、常に工事をしている新宿駅エリアである。昨年から新たな大規模再開発事業がスタートしている。それは新宿駅西口地区開発計画で、シンプルに言うと小田急百貨店新宿店本館が建て替えられるということだ。2029年には地上48階建ての建物が竣工する予定である。

この場所にはJR、小田急、京王、東京メトロの新宿駅があり、地下通路も非常に多い。現在再開発が進行している渋谷駅がそうであるように、工事はこうした既存の鉄道や施設を運用しながら行われるので、長期間に及ぶ難工事であることは間違いない。そして何よりも、人々の動線が工事の進捗によって刻々と変化していくことで、少なからざる混乱が生じるのは想像に難くはない。

そこで案内サインをデジタルサイネージ化して、適切な情報提供を行っていこうという話である。工事の進捗によってデジタル化された案内サインの設置場所と表示内容が刻々と変わっていくわけだ。これはデジタルサイネージのまさに教科書的な使い方と言える。

まずは当該サイネージの表示内容を動画でご覧いただきたい。2分で1ロールの構成になっている。

ディスプレイ筺体はキャスター付きで簡単に移動できるようになっている

このデジタルサイネージを先日「ねとらぼ」が記事にしたところ、とても大きな反響を呼んだのである。Xに書き込まれたものの中から、様々な意見をピックアップしてみる。

  • 見入っちゃいそうですね。
  • この手のサイネージは見づらいですよね
    大きさ考えたら同時表示できそうですし
    行先表示の日本語→英語→中国語→韓国語(以下ループ)に似たものを感じます
  • 人間は動くモノを優先的に見つけるようにできてるらしいからよく聞かれるあるある質問を視認性良くしたのかな、おしゃれでかっこいい
  • 好きじゃないデザイン。行き先方向は常に表示しててほしい。ほんの数秒でも情報表示を待たされるのわりとストレス高い
  • 見た目がかっこいい、だけ
    情報を必要としてる人に届きにくい、デザイナー自己満の悪い例
    目的は情報表示であって広告ではない
  • ループの中に必要な情報があるのかどうかが一目で判断できない
    どれだけ待てばループするのかもわからない
    急いでる人も初見の人も、ぼんやり眺めて待つしかない最悪

どの意見もなるほど確かにその通りである。少なくとも間違っているとは言い切れない貴重な意見が並んでいる。

駅や建物におけるこうした案内サインのような情報提供をする際に、留意すべき点は次の3点である。

  • 適切な場所か
    サインの設置場所は利用者の動線を考慮し、よく目につく場所に設置する必要がある。また視認者が移動(歩く)していることが多いので、デジタル化によって表示内容に動きがある、または変化がある場合、すなわち情報の認識に時間が必要な場合は、移動者にとっては有効ではない可能性がある。
  • 適切な時間(タイミング)か
    情報は常に最新のものを提供する必要がある。古い情報はかえって混乱を招く可能性があるので、常に工事の進捗と連動されている必要がある。
  • 適切な情報か
    情報は簡潔かつ明確である必要がある。また情報量は必要最小限に絞り込むべきである。文字の大きさ、配色、デザイン、レイアウトなどは見つけやすく読みやすいものであるべきだ。

こうしたサインをデジタルサイネージ化することによって、静止画像よりも動画や回転表示により多くの情報を提供できる。しかし、あまり情報量が多すぎると情報過多になってしまう可能性がある。

それでは続いて、表示されている内容を詳しく見てみる(2024年4月19日時点)。

この時に表示されていた情報は次の4つと、小田急のロゴ、完成予想写真が表示されてから最初に戻ってリピートされる。

  • 駅構内でよく見かける見慣れたピクトグラムを使ってJR、丸ノ内線、大江戸線の方向と、小田急線の方向を矢印を動かして表示している。表示時間は20秒。
  • 現在地付近の構内図と僅かに動く矢印を表示。表示時間は30秒。
  • バス乗り場、地上行きの階段、観光案内所の方向を矢印と動きをつけたピクトグラムで表示している。この時だけ背景色が3色に分けて使われている。表示時間は20秒。
  • もう一つ現場付近の構内図だが、階段やエレベーターの情報が表示されている。2枚目の構内図との違い、2つに分けている理由が正直良くわからない。表示時間は30秒。
  • 小田急ロゴ、完成予想写真

これらのコンテンツによって1ロールが2分で構成されていて、リピート再生される。音声はない。そして実際にここを歩いた時の見え方が次の動画である。

いかがだろうか。

やはりここで伝えるべき情報、逆に知りたい情報は何なのか。それをこの環境で歩いて通過する人に認識させるための情報の絞り込み、デザインはどうあるべきか。この場所にはサイネージ以外に様々な情報が掲出されていて、通行者にはそれらも含めて情報として入ってくる。こういった環境下において動画化して表示するメリットは何か。全体尺の2分というのは適切なのか。ここではあえて、筆者の意見を述べるのは控えておく。前述のXに寄せられた意見に耳を傾けて、最適な方法を考えることが市場の発展につながる。こうした案内サインのデジタルサイネージ化がきちんと実装されれば、デジタルサイネージ業界にとってはビジネスチャンスであるし、来街者にとってもメリットが多い。

たとえば道路標識を交通管制情報と連動させれば、渋滞や混雑回避ができるのではないか、といったことである。実際すでに交通信号機は、ディスプレイではないがLED化しているではないか。場所によっては道路の中央線が時間帯によって変更されたり、最高速度表示が変わったり、時間帯によって侵入禁止になる場合に、アナログやデジタルによって情報が可変されている例もある。LEDディスプレイが高精細で高輝度化して価格が下がっていることを考えれば、道路交通標識こそデジタルサイネージ化するべきだと思う。

必要な情報を、必要なタイミングで、必要な人に伝える。繰り返すがこれがデジタルサイネージの意義である。利用目途がなんであろうがこれだけが真理である。非常に本質的な課題であり、こんなワークショップかハッカソンイベントを企画してみようかなとふと思った。

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