頑張る自分に! 自由が丘デパート『味の一番』で、すき焼き&とんかつのごほうびを!

どちらかというと、子供の頃は裕福な家庭に育った。親に欲しいおもちゃをねだった記憶がないし、週末は外食で焼き肉か寿司を食べに行くのが当たり前。旅行だって年に何度も行っていた。今思えば考えられないが、小学生の頃のお小遣いは1万円で、さらにプラスアルファ。例えば、自分の部屋を掃除や犬の散歩をすると1000円がもらえるなど、激甘クレイジーモードの幼少期であった。

当然、こんな環境にいるものだから“ごほうび”というありがたみを全く知らずに育った。勉強や部活を頑張ったらごほうびがもらえるという考え方を養うことができなかったので、大人になってから相当苦労した……というより、現在進行形で苦労している。

未だに“お坊ちゃん”的な甘い考え方なので、基本的に頑張らないのだ。それでも、最近ではダラダラと仕事や問題を片づけつつ、その達成感に浸ることができるようになった。先日も、とある厄介な仕事を終え、これはぜひともごほうびが欲しくなった。

酒飲み中年男のごほうびといったらなんだろうか。答えは“ウマい料理”しかない。それを目指して向かったのが、自由が丘である。

おしゃれな街でごほうび料理をいただくとなると、それなりに先立つものが必要だが……否。あるんですよ、“庶民的”な店が。

自由が丘で唯一かもしれない“庶民的”が、駅からすぐの「自由が丘デパート」で、その昭和レトロな細長い建物の2階にその店があるのだ。

出たっ、『味の一番』だ! なんですか、このおしゃれとは無縁な豚ちゃんの看板は。店名より大きく書かれた文字、「すき焼き とんかつ」こそが、お目当てのごほうびなのだ。

この雰囲気だけですでにごほうびだが、まずは中に入ろう。中に入って、もっと歓喜しよう。

「いらっしゃいませ~」

くぅぅぅぅっ、いいですねぇ~! 外観からは想像がつかないほど中は広く、大きなテーブルが数台とリザーブ酒で占領されたカウンターがある。

さらに奥には座敷まで! 本格的な料亭風で“畳テーブル”まである……これは確実に座敷がいい。いや、昔からごほうびは座敷で正座でと決まっている。畳にドッカリと胡坐(あぐら)をかいて、まずは祝杯だ。

この分厚いテーブルに、瓶ビールとグラスがよく画(え)になる。さて、ごほうびを始めましょうか!

ごぐんっ……ごぐんっ……ごぐんっ……、ごごごごごほうびさいこぉぉぉぉっ!! 畳に足をバタバタさせて、歓喜の踊りだ。そしてだよ、これから店先の豚ちゃん看板のアレたちがやってくるのですよ。

「前、失礼しますね」

女将さんがやって来てテーブル中央の丸フタを開けると、中からよく磨かれたガスコンロが現れた。

そこにゴツンと重厚な鉄鍋が置かれる。この時点で、もう、何だかいい匂いがしてきた。カチャポンと火を点け、そのまましばらく待つ。うわぁ、緊張してきたかと思うと……やってきました。

「こちら、すき焼き2人前です」

「うわっ!」

美しいが過ぎるっ! なんスか、この霜降りのお肉は……なんかもう、自然界にこんな美しい色どりが存在するのかと疑ってしまう。このまま景色のようにずっと眺めていたいものだが、そうはいかない。ありがたいことに、最初だけ女将さんがすき焼きのアテンドをしてくれるようだ。

うっすらと白い煙が鍋から上がると、女将さんは牛脂をトンッと鍋に入れる。ジュワァっという音と共に脂のいい香りが漂い、菜箸でまんべんなく鍋に脂を塗る。

そこからネギ、シメジ、椎茸、しらたきが行儀よく並べられ、

ついに……

いやぁぁぁぁ!と、悲鳴にも似た歓喜。野菜たちを踏み台にするかのごとく、霜降り肉が野菜の上に並べられていく。

それが終わると、ダシが鍋にジョバリと浸されていく。シンジラレナイ、トンデモナイ、いい香りが店の中を充満させていく。

「しばらくお待ちください」

女将さんのブレイクで、やっと一呼吸……と思ったのも束の間。本日、2つめのごほうび料理がやってきたのだ。

とっ、とっ、とっ、とんかつだぁぁぁぁぁっ!! 大好物中の大好物、こいつをごほうびに入れないワケがない。衣の立った黄金色のとんかつと、ツンモリとしたキャベツ。すき焼きに火が通るのを待ちながらとんかつをいただけるって……前世にどれだけ良い行いをしたら、こんなごほうびをもらえるのか。

箸先に伝わる衣のカリカリ感、旨脂が滴ってしかたがないとんかつの断面。ソースなんていらない、そのままガブリと食らいつくと──ウマいっ! そんでもって、なんて柔らかいのでしょう。ひと噛みひと噛み、おいしいとんかつジュースが口の中にあふれ、どうしても咀嚼を止めることができない。過去最高にウマいとんかつだ。

「コトコト……、グツグツ……」

あっ、あああああ……!!

今しがた、とんかつに魅了されていたと思ったら、追い打ちをかけるように、もうひとつのごほうびが仕上がった。

“完璧”という言葉以外、なんと表現したらいいのか。沸騰したダシの泡……泡がウマそうだなんて、初めて思った。

生卵をチャッチャとかき混ぜる。決して、かき混ぜ過ぎはいけない。軽く、気持ち程度でいい。

赤みが少し残った牛肉を、サッとダメ押しでダシに潜らせ、生卵に潜らせ……いざ!

はふっ、ほふっ、あちちっ……

う──ん──め──えぇぇぇぇッ!!

口に入れた瞬間、すき焼き全体の香りがグワンと鼻孔を突き抜け、舌の芯まで牛肉の旨味が染みわたり、形は留めずともその存在は強烈に残る。

その旨味をしっかりと受け止めたネギや春菊、椎茸にしらたき、そして豆腐。豆腐……なんだこれは……こんなに、ウマいことがあっていいのか? いや、いいのだ。何度も言おう。ウマい、ただひたすらにウマい……おや?

う・ど・ん、だと!? 具材の乗った皿の下に隠れうどんがあった! ちょっと待ってくれ、まさかこれをウマすぎるダシの中に投入なんてしようもんなら……

そりゃ、こんなんなっちゃうでしょうよ! こんなんなっちゃったところを、ズルッ、ズルルルルッとツユが飛び散るのも気にせずすする。こんな短期間で、こんなにダシを吸って、こんなにもウマくなるものなのか。うん……もうね、これはただの奇跡だ。奇跡の“ウマい”だ。

圧倒的、圧倒的なウマさに、もはやごほうびどころか罪悪感すら感じる。人生で“ウマい”という言葉を発する回数が決まっているのであれば、間違いなく今日で制限がかかっただろう。

私は、ふと、思い出していた。裕福だった実家の現在は、屋根に大きな穴が空いて雨漏りし放題、トイレもまともに水が流れないほど落ちぶれた状態だ。

明日も頑張ろう、ごほうびのために。決して屋根やトイレの修理費を稼ぐためではない。このすき焼きととんかつというごほうびのために、頑張ろう。

『味の一番』

住所: 東京都目黒区自由が丘1-28-8 自由が丘デパート2F
TEL: 03-3717-4855
営業時間: 11:00 ~21:00
定休日: 水
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)

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