「教会が6歳の少年を連れ去り返還拒否」の超ド級スキャンダル描く『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』鑑賞前ザックリ予習

『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』©︎IBC MOVIE / KAVAC FILM / AD VITAM PRODUCTION / MATCH FACTORY PRODUCTIONS (2023)

19世紀“勝手に洗礼&少年連れ去り”事件

“19世紀のバチカン・スキャンダル”を描いた衝撃作『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』が、2024年4月26日(金)より全国公開。本作は、ユダヤ人の少年が(何者かによって)カトリックの洗礼を受けたとされて教会に連れ去られるという、耳を疑うような実際の事件を映画化したものだ。

ちなみに(逆に混乱するかもしれないが)本作の時代背景を補足すると、日本では年号が天保から嘉永となり、ペリーが来航。新撰組や坂本龍馬のあれこれを経て明治時代に……な頃である。

カトリック教会 VS ユダヤ人ファミリー

1800年代なかば、ローマ教皇ピウス9世統治下のイタリア・ボローニャ(教皇領)。補佐官を名乗る男と警官たちが慎ましく暮らすモルターラ家を訪れ、「何者かによって密かに洗礼を受けた」として、まだ6歳のエドガルドを連れ去ろうとする。当然ながら家族は猛反発するが、教会法ではキリスト教徒以外には教徒を育てる権利がなく(=カトリックの教育を受けさせる義務がある)、家族も認知していない洗礼が有効とされてしまったのである。

つまり異端審問からの連れ去りなのだが、“誰がエドガルドに洗礼を授けたのか”は劇中で明らかにされる。とはいえ文字通りの意味の“連れ去り”であることには変わりなく、本作の原題/英題も『RAPITO/KIDNAPPED(誘拐)』と、まんまである。もちろん実際にモルターラ夫妻は泣き寝入りしなかったし、息子を取り戻すべく徹底的に戦った。欧米ユダヤ人コミュニティの協力や教皇の横暴に反発する世論の後押しもあったのだが、教会側は断固として返還を拒否したという。

「誘拐ダメ絶対! でも…」の複雑怪奇な理由

スティーヴン・スピルバーグ監督が映像化を希望したものの断念したという原作を、イタリアの名匠マルコ・ベロッキオ監督が映画化した本作。自身もユダヤ系であるスピルバーグにしてみれば、真正面から<カトリックVSユダヤ>を描くことは、とくにアメリカ社会に与えるリスクが大きすぎると考えたのかもしれない。そう推察すれば私たちにも、この“事件”の重大さ、背景の複雑さが理解できなくはない。

本作はモルターラ家の悲しみと抵抗を描く序盤から、意外なほど淡々とした法廷劇によって徐々に実情が明らかになる中盤を経て10年後、“立派な教徒”となった青年エドガルドを映し出す。同時に、ピウス9世を権力に固執するコッテリ居丈高な人物として描くことで信仰の歪み(ひずみ)も印象づけ、わかりやすく“因果応報”的な描写すらある。そして国家統一の気運が高まっていたこともあり、やがてこの騒動は教皇領のイタリア併合へとつながっていく――。

当時の権力・司法構造や宗教テーマなど、とくに日本の観客は少なくないハードルを実感するはずだ。それでも物々しい音楽や演劇的な演出でダレさせず、純粋に実話もののサスペンス劇として仕上がっているので、過剰に構える必要はない。むしろ注意すべきなのは、本作を観る前から抱くであろう「悪のカトリック/善のユダヤ」という極端なイメージに流されてしまうことではないだろうか。

揺るぎない“神の意志”と、人間的道徳の“当たり前”

マルコ・ベロッキオ監督は、『シチリアーノ 裏切りの美学』(2019年)では巨大マフィア組織を多面的に描くことで、社会における善悪の境界の曖昧さを我々に突きつけた。国家や宗教、政府や運動組織を両面からフラットに見ることは必要不可欠で実際に有益だが、本作では少年期エドガルド視点の描写こそ薄いものの、ほぼ完全に被害者側に寄り添って描かれている。

もちろん愛する子どもを奪われた親の悲しみは同情すべきものだし、教会側の言い分が屁理屈にしか聞こえないのも事実だが、同時に“神の意志にのみ従う”熱意にも偽りはない。さらに、かつてのユダヤ人への抑圧(反ユダヤ主義)から目を背けるわけにもいかず、それは“被害者”となった6歳の子どもの“解放”がいかに困難であるかを訴える、怒りと悲しみと愛情が混在したクライマックスからも伝わってくる。

本作で描かれるあらゆるものを理解しようとすればするほど、時代や民族・宗教の壁が立ちはだかり、遠い異国で間接的に強者の側に寄り添っている私たちは、ますます頭を抱えてしまう。とはいえ、こうした歴史的抑圧の帰結するところが他民族への侵略であるのならば、それは絶対に受け入れられない。一部始終を見せられているはずの我々観客が、「息子はローマで嘘を刷り込まれる」という母マリアンナの言葉を真正面から受け止めることができないとしたら、それは理を失った現代社会と無関係ではないだろう。

『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』は2024年4月26日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか公開

実話に基づいた物語『グロリアス 世界を動かした女たち』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2024年5月放送

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