路地裏を愛するイラストレーター・指宿「自分の描いた絵のなかを歩きたい」

路地裏などの生活感あふれる風景画を、異常なまでの細かい描き込みで表現し、人気を集めているイラストレーターの指宿さん。

こだわりを英語にするとSticking(スティッキング)。創作におけるスティッキングな部分を、新進気鋭のイラストレーターに聞いていく「イラストレーターのMy Sticking」。今回は、指宿さんに路地裏や室外機への愛、風景を描くうえでのこだわりなどをインタビューで聞きました。

大人になってから急に絵を描き始めた

ペンネームの由来が気になって聞いてみたところ、幼少期は東京で過ごしているが、生まれたのは鹿児島で、“指宿”という名前も関係している、とのことだった。

「この活動を始めたのが冬で、“温泉に行きたいな。そういえば鹿児島に指宿(いぶすき)温泉があったな”って感じで、なんとなくつけました。実際には指宿に行ったことはないんです(笑)」

幼少期はとくに絵を描くことが好きというわけでもなかったが、両親の影響で漫画はたくさん読んでいたという。

「親が漫画を好きだったので、家にはたくさんありました。とくに楳図かずお先生の作品が好きで、ほぼ家にあったんです。幼い頃からよく読んでましたね。子どもながらにあの絵は衝撃でした。楳図先生の漫画に慣れちゃって、あれくらい描き込まれてる絵が普通だと思ってました」

▲描き込みもすごいが影の描写も素晴らしい 指宿さんX(旧Twitter)より

しかし、その頃は自分で描いてみようという発想にはならなかったようだ。

「中学生の頃の美術の先生が苦手だったんです。それで美術の授業がイヤになっちゃって。高校生になっても、美術の授業は選択してなかったので、ほとんど絵は描いてきませんでした。なので、大人になってから急に描き始めたので母が驚いてました(笑)」

指宿さんが絵を描くようになったきっかけは、転職するときに時間が空いたから、だった。

「もともとは銀行で働いていたんです。いろいろあって辞めたんですが、次の仕事を始めるまで暇で。それで、新しい趣味がほしいなと思って、まずX(旧Twitter)を始めてみたんです。そしたら、おすすめに風景画が流れてきて。それを見たときに、“絵なんて描けないけど、描けるようになったらカッコイイな”と思ったんです。それから暇な時間に独学で描き始めました。

描いてみたら“おもしろい!”と思って、毎日描いてました。初めの頃は、ヨーロッパのきれいな風景とかを描いてましたね。難しくて全然うまく描けなかったんですけど、それでも楽しかったです。“描けないな、でも面白いな”と思って、どんどんハマっていきました」

SNSに作品をアップし始めた当初は、知り合いが反応する程度だったが、先述した楳図かずお先生の影響もあって、細かく描き込んだ絵をアップすると、どんどん反響が増えるようになった。

「細かさが増せば増すほど、見てくれる人が増えていく感じがありました。細かく描くのが自分にも合ってるなと思って、これまで描き続けてきました」

それから1年が経った頃、知り合いから「九龍城を描いてみたら?」と言われたという。

「もともと九龍城や路地裏は好きだったんです。でも、描こうとは思わなかったんですよね。私の中に、風景画といえば風光明媚なものという固定観念があって。“みんなに見てもらえる風景画はそういうものだろう”と思ってました。

知り合いに言われたこともあって九龍城を描いてみたら、“これが自分の描きたいものかも!”ってすごく衝撃を受けまして。これまでよりもさらに描いていて楽しいし、筆も乗る。“これならずっと描いてられる”って思いました。

そこから路地裏などにシフトしていったんですが、見てくれる人がどんどん増えていきました。いま考えると、初めから自分が好きな風景を描けばよかったなと思います(笑)。気づくまでにちょっと時間がかかりましたね」

路地裏に垣間見える“人の生活”が好き

指宿さんが路地裏が好きな理由。それは“人が生活している跡”に惹かれる、とのことだ。

「人の生活が好きなんですよ。路地裏って室外機がごちゃごちゃしてたり、メーターがいっぱいあったり、ダクトが全部出てたりしてますよね。あれは、誰かが住んでないと絶対に置かれていないものじゃないですか。そういう“人が生活してる跡を見るのが好き”なんですよね。無機物なんだけど、人の気配がするんです」

▲人影はないが人の気配を感じる路地裏 指宿さんX(旧Twitter)より

指宿さんが描いている絵は、自分で探し歩いた場所がモデルになっていることが多い。

「描いてる作品は、自分で歩いて自分で見つけた場所です。その場で写真をたくさん撮って、家に持ち帰って構図を考えて描いてます。一緒に路地裏巡りをする友人がいるんですけど、めちゃめちゃ楽しいです。周りの人から変な目で見られながら、意味のわからないところの写真を延々と撮っていくんですよ。“なんでこんなところで写真撮ってるの?”って、怪訝な目で見られるのに慣れてきた頃からが楽しいですね(笑)。

家の近所も歩きますし、たまに遠出もします。去年は岐阜の飛騨金山というところに行きました。細くて古い建物がひしめいてる路地があったりして、とても良い場所でした。以前は台湾やシンガポールに行ったりもしたので、その頃に撮った写真も重宝してます。路地裏を描いてると、そういう界隈の人と仲良くなるので、良い路地裏を教えてもらえるんですよ。

東京は再開発されているので、良い雰囲気の路地がどんどんなくなってきています。だから、今のうちにたくさん撮っておかないと……悲しいです、もったいないと思います」

先日アップした、大阪の中津商店街もとても味のある場所だったそうだ。

「商店街にあるギャラリーで個展をやらせてもらって、それで描いた絵です。想定以上にボロボロに描いちゃったので、中津商店街の方にどう思われたのか心配だったんですが、ギャラリーさんがバンバン宣伝してくれて。“こんなもんだから大丈夫”と言ってました(笑)。すごくステキなところだよっていう気持ちは伝わったと思うんですけど。貴重なので、あの雰囲気を保ってほしいですね」

▲ 中津商店街 指宿さんX(旧Twitter)より

室外機って“カワイイ”ですよね

指宿さんといえば、室外機に手足が生えた「室外機くん」のイラストも印象的だ。室外機くんが誕生した経緯を聞いてみた。

「ふと、室外機が“カワイイ”って気づいたんですよ。すみません、説明が必要ですね(笑)。室外機を見るのがそもそも好きだったんですけど、あるとき、吹出口のファンが目に見えてきたんです。“一つ目の目玉みたいだな”って。そこから妄想が広がって、“何かを見てるみたいだな、動きそうだな”って考えました。

路地裏って人がいないじゃないですか。だから、誰も見ていないところで動き出しそうだと思ったんです。トイストーリーみたいな感じで。室外機が壁にフジツボみたいにびっしり貼りついてる場所を見てたら、“こんなにいたら、一人くらい動き出してもおかしくないんじゃないか”って。そういうことを妄想するようになったら、それがどんどん楽しくなってきちゃって。

室外機に手足が生えて、隣の室外機と喋ってそうとか、アイス食べたりしてんじゃないかとか、そんなアイデアを思い浮かべていって、室外機が動いてるような絵を描き始めました」

▲路地裏を覗いてこんな感じだったら楽しそう 指宿さんX(旧Twitter)より

指宿さんの室外機に対する愛は止まらない。

「路地裏にあるものは、“表には出ないでね”って言われてる気がするんですよ。室外機って、きれいな建物の外観には絶対に出てないじゃないですか。普段、あんなに頑張ってるのに。そんな姿にグッときて愛が深くなってきました。路地裏のアイドルですね。私の推しです」

▲これだけあれば確かに一つは動き出しそう… 指宿さんX(旧Twitter)より

写経みたいな気持ちで描いてます

指宿さん描いている絵はアナログだ。ボールペン、製図ペン、ミリペンなどを使用して、すべての絵を描いている。

「ボールペンはシグノが一番描きやすいですね。ミリペンはすごくこだわりがあるという感じではなくて、使いやすいのを探してる感じです。紙は水彩紙を使ってます。私が描く絵は、ザラザラした質感のものが多いので、厚手の水彩紙だと、その質感が描きやすいんです。あと、モノクロの絵にしようと思ってたけど、やっぱ途中で色付けしようということがあるので。いつ色を塗りたくなってもいいように、基本的には水彩紙で描くようにしてます」

▲針のような細さのペーンで描き込んでいく 指宿さんX(旧Twitter)より

作業していて一番好きな工程は、細かくカケアミを描いているときだという。

「カケアミを延々と描き込んでいくときが、本当に楽しいですね。基本的にあまり集中して描いてないんです。あんなに細かいものをずっと集中して描いてたら、頭が壊れてしまうので(笑)。

いつも動画を流しながら描いてます。YouTubeを流しながらじゃないと作業ができないんです。描き進めて、たまに作品を遠くに置いて、仕上がり具合を見て、また描く、ってことを繰り返してます」

異常なまでの細かい描き込みが特徴の指宿さんだが、無理している意識はまるでなく、そこに大変さは全く感じていないということに驚いた。

「写経みたいな気持ちで描いてます。絵を見た人からも“頭おかしくならないの?”って言われるんですけど、むしろ心が洗われます(笑)。絵を描くのが生活の一部みたいな感じなんです。普通に生活してるとき、絵を描いてるとき、テンションの差がないんですよ。朝起きて、ご飯を食べて、そのまま絵を描いて、動画を見て、お昼を食べて、絵を描いて……ずっとテンションが同じなんです。

絵を描くことに気合いを入れるってことがないですね。時間もあまり関係なく、暇な時間はずっと絵を描いてます。電子レンジでチンするのを待つ3分間であっても、ちょっとでもいいから絵を進めたいので描いてます。場所もどこでも大丈夫です。人と話しながらでも描けます。

“こんなに描くの大変でしょ”とか展示会で言われるんですけど、本当に申し訳ないくらい全然大変じゃなくて(笑)。こんなに自分が好きなものを描いて、こんなに人が見に来てくださることが、本当にありがたいと思いますね」

▲細部まで描き込まれた町並み、見ていたら吸い込まれそうになる 指宿さんX(旧Twitter)より

記憶にある風景にすごく似てると言われたい

楳図かずお作品以外に影響を受けたものを聞いてみると、1997年に発売されたゲーム『クーロンズ・ゲート』を挙げてくれた。

「かなり奇妙なゲームで、内容はめちゃくちゃなんですが、不条理な世界観とか、九龍城のごちゃごちゃした感じとかが好きになったのは、このゲームがきっかけだと思います。最近描いた九龍城にいる女の子の絵を描いてるときにも、頭の中に『クーロンズ・ゲート』がずっとありました。かなり影響を受けて描いてるなって自分でも思います。

不思議な世界なんだけど、なぜかまとまってるというか、なんとなく納得してしまうんです。てんでおかしな世界なんだけど、“もしかしたら現実のどこかにあるかも?”って思わせてくれるんですよね。自分の作品作りでも、見たことないけどなんかありそう、私の記憶にある風景にすごく似てる”と思わせられるような景色が描けたらいいなと思います。

おかしな世界、それこそ室外機がうじゃうじゃ動き出したりしてたりとか、すごい量のダクトがあったりとか、さすがに現実としてはおかしいけど、でも一瞬、頭が納得しちゃうような絵を描きたいです」

▲独特の建築物に目が奪われる 指宿さんX(旧Twitter)より

最後に、今後やってみたいことを聞いてみると、自分の絵を動かすことだと教えてくれた。

「野望としては、自分の絵を動かすのが夢なんです。アニメーションとかゲームとかにしてみたいですね。今は平面で自分の世界観を表現してますが、もしできるのであれば、それを動かして、自分の世界を自分で動かせるようになれたら最強だなって。

私が描いている絵も、自分が欲しい風景を描いてるので、自分の絵のような雰囲気のゲームがあったら私がやりたいんですよ(笑)、私が作った世界を歩き回るだけでもいいんですけど。それが大いなる野望ですね」

(取材:山崎 淳)


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